避難後に潜むリスク “リロケーション・エフェクト”とは?

なじみのある時計。愛着のある服。支えてくれる家族のいる家。

そうした環境が一変するとき、お年寄りに起きる「リロケーション・エフェクト」を知っていますか?

死に至るリスクもあるといい、高齢化率が全国的にも特に高い能登半島では避難の際の影響が大きいと指摘されています。

気を付けてほしいことについて専門家に聞きました。

(ネットワーク報道部 記者 杉本宙矢)

“本当によく耐え抜いた”

11日午前10時ごろ。

石川県珠洲市蛸島町の鉢ヶ崎野営場に到着したのは、航空自衛隊の大型輸送ヘリでした。

大きなスペースのある機内に次々と運び込まれていったのは、市内の高齢者施設に入居するお年寄りたちです。ヘリは県営名古屋空港に飛び立ち、お年寄りたちは愛知県内各地の医療機関へ向かいました。搬送を見守った医師たちはこう語りました。

「地震の発生から10日間、お年寄りや施設の方々は本当によく耐え抜いたと思います」

より安全な環境のもとで医療や介護サービスを継続し災害関連死を防ごうと、石川県内では新たな避難の動きが本格化。

特に配慮が必要な高齢者を対象に、一時的な受け入れ先となる「1.5次避難所」や「2次避難所」となる旅館やホテルなどに移ってもらうことになっています。

ただ、たび重なる避難と生活環境の変化には、別のリスクが潜んでいることも、過去の災害の知見から明らかになってきています。

2次避難後でも“リロケーション・エフェクト”のリスク?

「2次避難の後でも、お年寄りには“リロケーション・エフェクト”が生じるリスクがあり、最悪の場合、災害関連死につながるおそれがあります」

こう指摘するのは、高齢者介護や福祉に詳しい東洋大学の高野龍昭教授です。

高野教授

「リロケーション・エフェクト」とは何なのか?詳しく聞きました。

(以下、高野教授の話です)

Q.リロケーション・エフェクトとは?

お年寄りの居住地が変わり、住環境や周囲との人間関係などの社会環境が変化する際に起きる現象です。(「リロケーション・ダメージ」ともよばれます)

一時的な判断能力や認知機能、意欲の低下が起こったり、生活リズムの変化や不活発化によって、歩行や身の回りのことなど、日常生活を送るための動作のレベルが下がり、心身の機能にさまざまなダメージが生じることを指します。

もともとは2~30年以上前から介護の分野で指摘された考え方で、大都市部に住む子どもが、地方に住んでいる高齢の親を呼び寄せる際、新たな疾患は生じていないのに心身の機能が低下するケースが多いことから注目されました。

Q.どんな症状が起きる?

食事量が低下したり、会話が乏しくなったりして、気分が落ち込んでいるよう見えたりするほか、着替えやトイレに行くことが難しくなったりすることがあります。

あるいは、日時がわからなくなったりするなど、一見すると急に認知症が起きたような状態が起こることから、周りの人が驚くことがあります。

身体の面では、転倒して骨折するリスクが高まります。1週間前までは普通に歩いていた人が、歩けなくなるということも聞かれます。また、精神的な面では会話が乏しくなり、孤独感も強まることがあります。体力の低下や肺炎のリスクも高くなり、感染もしやすくなります。

引っ越しや高齢者施設への入所の際に起きるこのような現象が、災害時の避難所や2次避難先でも生じることが、過去の災害の経験から明らかになっています。

Q.ひどくなると、どんなリスクが?

最終的には災害関連死につながるおそれがあります。特に今回の地震では、そのリスクは間違いなく高いといっていいでしょう。というのも、関連死の方のほとんどは高齢者ですが、能登半島は全国有数の高齢化が進んでいる地域です。

能登半島 主な自治体の高齢化率

65歳以上の人の割合は全国平均で29.1%、石川県全体で30.5%なのに対し、輪島市は47.9%、珠洲市が52.8%、能登町52%、七尾市でも40%あります(令和4年時点)。

避難生活後の長期的な話になりますが、過去の災害でも、仮設住宅やみなし仮設に移った後の孤立・孤独死も報告されています。

Q.原因は?

ひと言でいえば「環境の変化」ということですが、「環境」といってもさまざまなレベルがあり、ちょっとしたことでも影響します。

例えば、トイレに行けなくなった人の場合を考えてみます。それまで認知機能に多少の衰えはあっても、自宅ではトイレの場所もわかるし、家族や親しい支援者に手伝ってもらうことができました。

しかし、避難所に入ると、トイレの場所もおぼつきません。夜間にトイレに行きたいと思って、寝床を離れたものの、どこに言ってよいのかわからず、なじみのない人に話しかけて尋ねることもできません。

そのうちにうろうろしていると、周りの人から怒られる。気持ちも落ち込み、トイレを我慢することにもなる。体力も衰えていくわけです。

多くの高齢者が避難生活を送る

一人暮らしのお年寄りが、例えば、いつも買い物に出かける習慣が断ち切られれば、おしゃべりをする機会がなくなるでしょうし、家屋の構造が変化して移動範囲が狭まれば、身体の動かし方も変わります。転倒の危険性を察知して、行動を差し控える高齢者もいるでしょう。

さらに、もともと介護サービスや医療での治療を必要とする人にとっては、デイサービスに行けなくなったり、服薬していた薬が手に入らなくなったりするのは大きな健康上の悪影響があります。こうした住環境や対人関係、生活リズム、ケアや支援の変化が、ダメージにつながっていくのです。

Q.どうすれば?

リロケーション・エフェクトは「愛着関係」や「なじみの関係」が喪失し、いわばもともとの対人関係や生活感覚が失われた状態です。その高齢者にとって、愛着のあったものに触れることは効果があると言われています。

例えば、昔のアルバムを見たり、結婚する時に買った洋服に触れたり、いつも使っていた日用品を身近に取り寄せて置くなどして、そうした感覚を取り戻したという報告もあります。

もちろん避難所ですと簡単なことではありませんが、可能であれば、ふだんの自宅での生活で使っていたものと同じ時計や服、食器などを継続して使うだけでも、元の生活を思い起こすことができると思います。

Q.避難所や2次避難先でできることは?

避難生活が始まって1週間以上が経過し、身体を動かす機会が少なくなっている方も多いと思います。座ってばかりの生活ではなく、誰かと一緒に身体を動かす、そして、会話をする機会を持つなどすると、心理的な孤立も防ぐこともできます。

2次避難の際には、その必要性を1度話しただけでは、状況が飲み込めないお年寄りもいるでしょう。説明や同意がないまま環境が変化すると、より混乱しやすい傾向にあるので、どんな事情でどこに行くのか、丁寧に繰り返し説明することが必要です。

また、衣食住の確保だけでなく、お年寄りの身体的活動や周囲の人との交流も図る工夫が大事です。

Q.症状が強まってしまったら?

もし、明らかに症状が悪くなったり、判断能力が変化してしまったら、医療チームのサポートを受けることを優先すべきです。

避難先の窓口には、保健師の方がいらっしゃると思うので、ささいな変化でも相談して医療分野の専門家につなげてもらうようにしてください。

ただ、予防のためには、専門家だけでなく、当事者や一緒に避難をしている人、ボランティアさんでも可能なことなので、可能なかぎり、基本的な生活習慣やコミュニケーションの機会を取り戻すようなサポートをしてあげてほしいと思います。

(ここまで、高野教授の話)

「なじみ」や「愛着」という視点で

8年前の熊本地震のあと、私(記者)は災害関連死について取材をしていました。

地震の被害で直接亡くなった方が50人だったのに比べ、その4倍以上にあたる218人が災害関連死で亡くなりました。

亡くなった経緯について「生活環境の変化によって…」という自治体の説明を何度も聞いたものの、なかなか具体的にイメージすることができませんでした。

周りの人からはちょっとした変化に思えても、その人にとっての「愛着」や「なじみ」の感覚がいかに大事なことなのか、今回の取材で少し腑に落ちた気がします。

今なお被災地では厳しい状況が続いていると思いますが、避難生活の影響で一人でも亡くなる人が少なくなるよう、生活者の視点に立って伝えていきたいと思います。