「聞いたことがない」が約7割 巨大地震対策の情報浸透進まず

「聞いたことがない」が約7割 巨大地震対策の情報浸透進まず
“死者20万人とも言われる巨大地震の犠牲者を、事前の備えと迅速な避難で8割減らせる”

そう掲げて2022年12月に運用が始まった「北海道・三陸沖後発地震注意情報」。

あれから1年、理想と現実に差があることがわかりました。NHKが対象地域に住む1000人にアンケートを行ったところ、7割近くが「聞いたことがない」と回答するなど、情報の普及や理解が十分進んでいませんでした。

さらに、寒冷地ならではの備えにも課題があることが明らかになりました。

巨大地震に備える「後発地震注意情報」

北海道の広大な大地に掘られた、深さ2メートルほどの巨大な穴。

この中で研究者たちが熱心に探しているのは、過去の巨大津波の痕跡です。
北海道大学の西村裕一准教授や新潟大学の高清水康博准教授の研究グループが、厚真町の海岸から600メートルほど内陸に入った地点でこの調査を進めています。

これまでに、17世紀前半に起きた地震の津波によって運ばれたとみられる砂が、数センチから20センチの厚さで堆積しているのが見つかっています。

過去、内陸の平野部にまで押し寄せた大津波が、再び北日本を襲う可能性が指摘されています。「千島海溝」と「日本海溝」沿いの巨大地震です。

北海道から岩手県にかけての沖合にあるこれらの海溝沿いでは、巨大地震が300~400年ごとに繰り返し発生していることがわかっています。最後に発生した巨大地震からすでに400年程度経過しているため、次の巨大地震がいつ起きてもおかしくない状況です。
国の想定では、最悪の場合、死者は10万人から20万人近くにのぼると想定されています。この甚大な被害から一人でも多くの命を守るために導入されたのが「北海道・三陸沖後発地震注意情報」です。
想定される震源域やその周辺でマグニチュード7クラスの地震が起きた場合に、国が「その後の巨大地震の発生がふだんより高まっている」として注意を呼びかけます。

東日本大震災をもたらした2011年の巨大地震では、2日前にマグニチュード7.3の地震が起きていて、こうした過去の事例を踏まえて2022年12月から運用が始まりました。

対象となるのは北海道と青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県、千葉県の182市町村です。

約7割「聞いたことがない」

情報はどのくらい浸透しているのか。NHKは11月、対象地域に住む1000人にインターネットでアンケートを行いました。

その結果、「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の名称について、69%が「聞いたことがない」と回答したのです。
情報を多くの人に知ってもらおうと取り組んでいる現場の自治体も、頭を悩ませています。

最大26.5メートルの津波が想定される北海道釧路町。今月、大津波を想定して行った町の避難訓練で「北海道・三陸沖後発地震注意情報」についてのチラシを配り、周知活動を行いました。

しかし、訓練に参加した住民からは……
訓練に参加した住民
「あまり知らなかったです」
「千島海溝の地震は新聞とかで聞いたことがありますが、(後発地震注意情報は)聞き慣れない」

正しい防災行動につながらないおそれも

町は普及にあたる一方で、住民が情報を正しく理解し行動してくれるか不安を抱えています。

後発地震注意情報で国は、住民に「事前避難」を呼びかけない方針を示しています。この情報が出たあと、巨大地震が起きる確率は100回に1回程度で、必ず地震が起きるとは限らないためです。住民には1週間程度、日常の生活を維持しつつ、すぐに避難できるよう備えておくことを求めるとしています。

この方針を受けて、町も事前に避難所を開設しません。ただ、自主的に避難する人がいれば、役場で受け入れることにしています。
役場には、職員の休憩室を改修した避難スペースを設置しました。可動式の畳は災害時にベッドとして活用できるほか、冬の避難に備えてストーブなども備蓄しています。

しかし、収容できる人数は100人ほどと限られているのが現状で、避難者が殺到した場合、町役場で対応できないおそれがあります。
釧路町防災安全課 藤井正樹課長
「私たちの周知不足もあるが、やはり住民にとってわかりにくい情報だと思う。自主避難者は積極的に受け入れたいが、避難者が多いと役場以外にも避難所を開設しなければならなくなる。情報の意味を丁寧に説明していくしかない」
自治体の不安を、アンケート結果がリアルに物語っています。

アンケートに回答した1000人に、後発地震注意情報が出された場合、どのような行動を取るか複数回答で聞いたところ、情報で求められていない「指定された避難所への事前避難」を選んだ人が43%に達したのです。さらに、「何もしないと思う」と答えた人も15%にのぼりました。
情報に対する理解が進んでいないため、このままでは正しい防災行動につながらないおそれがあるのです。

こうした状況を、気象庁のトップはどう受け止めているのか。
気象庁 大林正典長官 
「この1年間、関係機関と連携してさまざまな媒体で周知に取り組んできた。情報が浸透していないという今回の調査結果については重く受け止めるとともに、普及・啓発の難しさを改めて痛感している。後発地震注意情報は極めて不確実性が高い情報で、防災対応もすぐに逃げるということではないため、切迫感があるとは言えず、自分のこととして受けとめづらいかもしれない。運用開始2年目も被害が想定される地域住民に向けて、周知や啓発を強化していきたい」

“社会経済活動は継続”企業の対策は

後発地震注意情報が出ても、社会経済活動は継続されます。このため、津波の浸水域にある企業は、巨大地震や津波から従業員の安全を守るための対策が必要になります。
10メートル近い津波が想定される北海道苫小牧市。港の周辺の浸水域には、およそ100の企業が立地しています。

その一つ、3400人ほどの従業員を抱える自動車関連の工場では、東日本大震災のあと、津波に備えて7つの避難階段を設置したほか、屋上に従業員の3日分の食料などを備蓄しています。

さらに、後発地震注意情報の運用開始を受け、情報が発表されたらハザードマップで構内や通勤経路の浸水想定を確認することにしているほか、1日2回、守衛室からアナウンスをして情報が出ていることを伝え、備えを徹底するよう呼びかけることにしています。従業員の安全を守りながら事業を継続するための取り組みです。
トヨタ自動車北海道 施設・防災管理グループ 大友尚主任
「情報が発表されても生産体制は変わらないが、シミュレーションどおりにできるか不安はある。後発地震注意情報が発表されたら従業員にしっかりと発信し、地震に備えてもらえるようにしたい」

北日本特有のリスクも

後発地震注意情報の対象地域の中でも、特に甚大な被害が想定される北日本では、この地域特有のリスクにも備える必要があります。「冬の寒さ対策」です。

低体温症といった直接的な影響だけでなく、積雪や路面の凍結などで避難にかかる時間がふだんより長くなるおそれがあるためです。
雪道が避難にどう影響するのか。NHK青森放送局の早瀬翔記者が実際に歩いて確かめてみました。

青森市内のNHKを出発し、途中、市内の自宅に立ち寄ったあと、2歳の息子を連れて避難場所の「青い森セントラルパーク」を徒歩で目指しました。直線距離で1キロ余りです。

市内で40センチほどの雪が積もった今月2日と、積雪のない9日に同じ道のりを歩いて比較した結果、積雪のある状態では51分で、積雪のない時の22分と比べて、2倍以上かかりました。
積雪のある状態では、歩道の雪が踏み固められて滑りやすかったうえ、想像以上に足を取られ、急ごうとしても速く歩くことが難しい状況でした。

また、子連れの避難では防寒服を着せて靴を履かせるなど、家を出る準備に時間がかかったほか、子どもを抱えながら移動しなければならない場面もあり、体力の消耗にも差がありました。
青森市では、巨大地震にともない、90分ほどで5メートルを超える津波の第1波が到達すると想定されています。

今回は雪道でも90分以内に浸水域の外に移動することができましたが、さらに積雪が深い時期や高齢者などはより時間がかかるおそれがあります。

こうした寒冷地特有の防災の課題は、アンケートでもかいま見られました。
津波の浸水域に住んでいると答えた人のうち、半数近い人が冬の地震の発生を想定した場合、津波からの避難場所まで「避難できないかもしれない」と回答しました。

さらに、8割を超える人が自力で寒さをしのぐための備蓄をしていないと答えていて、寒冷地ならではの備えも十分ではない実態が明らかになりました。

専門家「住民がとるべき行動とセットで周知を」

さまざまな課題が明らかになった「北海道・三陸沖後発地震注意情報」。

アンケートを監修した災害情報が専門の東北大学・佐藤翔輔准教授は、後発地震注意情報について、浸透すれば大きな効果が期待できるとする一方、このままではパニックが起きて各方面に影響が出るおそれがあると警鐘を鳴らしています。
東北大学 佐藤翔輔准教授
「運用開始から1年がたつが、思っていた以上に情報を知っている人が少ないという印象だ。国や自治体は情報名だけでなく、▽なぜこういう情報が必要なのかや、▽情報が出された際に自治体は何ができて何ができないのか、▽住民がとるべき行動は何なのかをセットで学べる機会を設けて、浸透を進めていく必要がある」
そのうえで、津波の浸水域に住んでいる人は、冬の避難に備えて複数の避難場所を用意したり、積雪などさまざまな状況を想定した避難訓練を行ったりすることが大切だと話しています。
「訓練は必ずしも地域全体で行う必要はなく、各家庭や個人で一度試してみることが大切。備蓄というとハードルが高いと思うかも知れないが、ふだん家にあるものを少し多めに持っておくというふうに考え方を変えてみてほしい」

情報を防災対応に生かすために

「北海道・三陸沖後発地震注意情報」は、いったいどの程度認知されているのか。国に質問しましたが、明確な答えは得られませんでした。それが、今回独自にアンケート調査を行ったきっかけです。

結果は、多くの人に知られていないうえ、理解も十分進んでいないなど、深刻なものでした。

一方、希望もありました。「情報を防災対応に『いかせる』、『どちらかと言えばいかせる』」と答えた人たちが過半数を超えていたのです。この思いに、伝える側がどう応えていくのかが問われています。

情報を受け取る側も、自分の命を守るため、大切な人を守るため、巨大地震が切迫していることに対して意識を高め、備えていくことが強く求められています。

(12月16日 「ニュース7」で放送)

(取材班:釧路放送局記者 島中俊輔/室蘭放送局記者 臼杵良/青森放送局記者 早瀬翔/社会部記者 徳田隼一・及川緑・宮原豪一)