158キロ左腕“二人三脚”でつかんだ剛速球 日本ハム 細野晴希

26日に行われた日本ハムの新人選手の入団会見。ドラフト会議で指名された選手たちがプロとしてのスタートラインに立ちました。

中でも大きな注目を集めたのが1位で指名された東洋大学、細野晴希投手。ストレートの最速はなんと158キロに達し“アマチュア球界歴代最速左腕”とも言われた逸材です。

「エスコン初の160キロ目指したい」と活躍を誓った細野投手。家族の支えを受けながらドラフト1位候補になるまで地道に磨き上げ、今では絶対の自信を持つみずからのストレートへのプライドがありました。
(スポーツニュース部 記者 城之内緋依呂)

最速158キロの左腕 日本ハム1位指名に

ことし8月、東京ドームで行われた大学日本代表と高校日本代表の試合。5回から登板した1人のピッチャーの剛速球に、集まったファンやスカウトの目はくぎづけとなりました。

大学と高校の日本代表の試合(8月)

最初のバッターを156キロのストレートで空振り三振。

2人目は157キロで空振り三振。

そして3人目に対して投じた1球はなんと158キロ。

スコアボードの数字が更新されるにつれスタンドは大きなどよめきに包まれました。

夏の甲子園の熱気が残る中、どちらかというと高校生に注目が集まっていたこの試合。圧巻の内容でマウンド上で一身に視線を集めたのが細野投手でした。

木のバットに慣れていないとはいえ、一矢報いようと打席に立った高校生の打球はほとんど前にすら飛ばず、文字どおり相手を寄せつけずに3人で打ち取ったのです。

のちに“アマチュア球界 左腕最速”とも言われ、代名詞ともなるこの1球を投げたとき、頭をよぎったのは意外にも憧れだったプロの舞台で、すでに活躍する同学年の剛速球投手の姿だったと言います。

細野晴希投手
「今までにないような感覚だった。意外に球速が出ると思って投げようとした時に急に頭の中に佐々木朗希投手の投げている映像が流れて、行けるんじゃないかと思ったら158キロが出た」

高校時代 あだ名は“もやし”

ここから一気に“剛腕”と呼ばれることが増え、スカウトからの注目も高まった細野投手。しかし、ここまでの野球人生は平たんではありませんでした。

高校時代の細野投手

東亜学園時代はストレートの最速は140キロの自称「技巧派」。

2年生の時に東京都の代表に選ばれるなど才能の片鱗は見せていましたが体の線が細く、チームメイトからのあだ名は「もやし」だったといいます。

最後の夏は地方大会で初戦敗退、甲子園は遠くプロはさらに手の届かない舞台と感じていました。

「(プロには)行きたかったけど、さすがに同世代がすごすぎて、自分は無理だと思ってやめました。絶対4年後、行ってやるぞっていうのを言い聞かせていました」

同世代は“令和の怪物”と呼ばれ高校時代にすでに160キロ超えをマークしていた佐々木朗希投手(ロッテ)に、甲子園で活躍した奥川恭伸投手(ヤクルト)、ほかにもことしの日本シリーズでの活躍も記憶に新しい宮城大弥投手(オリックス)や西純矢投手(阪神)。4人の高校生投手がドラフト1位指名される、まさに逸材ぞろいの年でした。

(左)佐々木投手(右)宮城投手はWBC日本代表に

細野投手は「プロ野球志望届」の提出すらしませんでした。

兄と二人三脚で

取材をしていてもギラついた様子は感じず、おっとりとした語り口と人なつっこさのほうが印象に残る細野投手、ただその内面は違いました。

才能あふれる同期との力の差を強く感じながらも小さい頃からの「プロ野球選手になる」という夢を諦めない芯の強さと、高校野球の引退後にすぐに動き始める“行動力”がありました。

すぐに取り組んだのが「もやし」と言われたか細い体の“肉体改造”です。

(左)兄・晟哉さん

力を借りたのが細野投手の2歳上の兄、晟哉さん。

大学ではやり投げの選手で、野球のボールよりも重い「やり」を投げることから体を鍛える上でピッチングにつながる部分があるのではと相談し、2人のトレーニングが始まりました。

兄・晟哉さん
「彼が真剣に向き合っていることに対して力になれることがあれば力になりたいと思っていました」

高校3年夏の引退後から取り組み始めた、地道な筋力トレーニング。

最初は兄の作ったメニューをこなすだけでしたが、自分の要望なども伝えるようになり、兄弟ならではのコミュニケーションを取る中で行う「共同作業」になっていったと言います。

兄の晟哉さんは大学卒業後にトレーナーの資格を取得。
“兄弟二人三脚”のトレーニングは細野投手が東洋大学に進学してからも欠かさずに続きました。

兄のアドバイスの下、特に力を入れてきたのがピッチングの土台となる下半身です。

「デッドリフト」と呼ばれる背筋と下半身を鍛えるメニューの重量は現在マックスで250キロを持ち上げます。4年で100キロも増えました。

現在では身長1メートル80センチに対し体重は大学入学時より10キロ増えて87キロ。かつての「もやし」の面影は全くなく、はち切れんばかりの太ももが嫌でも目につく堂々たる体に鍛え上げられました。

体が出来上がっていくにつれて、ストレートのスピードは着実に上昇し150キロを突破、そして兄とのトレーニングを始めてちょうど4年となるこの夏、プロのスカウトも舌を巻く158キロにまで到達したのです。

スマホで定期的にメニュー送信

弟にスマホで定期的にメニューを送ってきた兄の晟哉さん、弟のコンディションや要望に合わせて作成したメニューの最後には、その成長を後押しするメッセージを欠かさず添えてきました。

“怪我をしないアスリートは1流”

“学生最後の年だから、いろいろなことをかみしめて生活して”

“これまで積み上げてきたものがあるので焦らず、集中して取り組むこと”

兄・晟哉さん
「トレーナーと選手ではなくて兄から弟へのエールというかメッセージというか僕も面と向かっては照れくさかったりするので文章で応援のひと言を添えたりしています」

細野晴希投手
「ウエイトトレーニングなしでは限界があったと思います。僕のことをちゃんと考えて作ってくれているというのは感謝もあり、尊敬の気持ちもあります」

運命のドラフト

そして迎えた10月26日、ドラフト会議当日。

ドラフト会議(10月26日)

細野投手は東京・文京区の大学キャンパスで会議の様子を見守りました。

兄の助けを借りながら4年間で着実に成長を遂げ、ドラフトイヤーで一気に才能が開花と理想的なステップを踏み、一時は1位で複数球団の競合も確実と言われた細野投手。

ただ秋が深まるにつれて不安もよぎるようになりました。

ことしのドラフトは史上稀に見る“大学生投手の豊作年”と言われ、特に同じ東都大学野球で戦うライバルたちが評価を高めていきました。

(左から)常廣投手・下村投手・武内投手

“大学ナンバーワン右腕”と言われた常廣羽也斗投手(青山学院大)。

コントロールは抜群の下村海翔投手(青山学院大)。

ゲームメイクの能力と安定感が光る武内夏暉投手(国学院大)。

周囲が秋のリーグ戦で結果を残す中、細野投手は課題としていたコントロールの乱れから思うような成績を残せない試合もあり、東洋大はなんと最下位に。

2部との入れ替え戦に回る結果となっていました。

兄と磨いた「158キロ」について、プロはどう評価しているのか。コントロールに課題を残し「粗削り」との声も聞かれた“剛腕”は何位で指名されるのか。

注目が集まった1回目の1位指名。

東都のライバルが競合する中、細野投手の名前は呼ばれず。

天井を見上げ、悔しそうな表情をみせました。

2回目。

ここでも東都のピッチャーの名前が呼ばれましたが、細野投手の名前は出ず。会見場の空気は緊張感から悲壮感に変わりつつありました。

そして3回目の1位指名。

「細野晴希、東洋大学、投手」

日本ハムとロッテの2球団から相次いで指名を受けると、ほっとした表情をみせ、抽せんの結果、日本ハムの交渉権獲得が決まると、少しだけ笑顔がこぼれました。

細野晴希投手
「選んでもらえて光栄だが同級生のライバルが先に呼ばれていくというのは悔しい思いもあった。この気持ちが自分の成長につながると思ったので忘れず、頑張っていきたい」

うれしさと悔しさの入り交じった正直な気持ちが口を突きました。

一方で初戦敗退に終わった高校最後の夏から悔しさをバネに大きく成長してきた細野投手にとって今回の悔しさも成長への糧にしていくのかと感じさせることばにも聞こえました。

そして対戦したい相手にあげたのが、日本ハムで大きく成長した、あの選手でした。

大谷翔平選手と対戦できる機会があれば“自分のストレート”がどこまで通用するのか試してみたい」

プロ野球を飛び越え、思わず飛び出した名前に、4年間をかけて兄と磨いてきたストレートへの自負が少しだけ漂いました。

新庄監督率いる日本ハムは2年連続で最下位に沈みましたが、若手に数多くのチャンスが与えられ、今シーズンホームラン25本を打った万波中正選手など若き才能が少しずつ開花しています。

日本ハム 新人選手入団会見(11月26日)

日本ハム 新庄監督
「自分でつかんだプロの世界、1年目は好きなようにやってもらいたい」

日本ハム 稲葉篤紀GM
「伸びしろのある選手なので、一緒に北海道を盛り上げていけたら」

ドラフト1位投手としてある程度の結果は求められるものの、首脳陣が話すとおり、みずからの課題と向き合い、その潜在能力をじっくりと伸ばしていける素地があるチームとも言えます。

細野投手は左から5人目

プロのスタートラインに立った細野投手が北の大地でどのような一歩を踏み出すのか。

その左腕に注目していきたいと思います。