「完璧」よりも「すばらしい」を求めて 鍵山優真 新たな世界へ

「完璧」よりも「すばらしい」を求めて 鍵山優真 新たな世界へ
「少しずつやりたい表現、理想のスケートに近づいている実感があります。演技で自分の個性をしっかり見せたいです」

今月18日、1週間後に控えた「NHK杯フィギュア」に向けて自信たっぷりに意気込みを語った鍵山優真選手。

去年2月の北京オリンピックでの銀メダルから一転、左足首のけがによる長期欠場を経て、2シーズンぶりの国際大会への復帰となった今シーズン。スケートに対する考え方を大幅に見直して、さらなる成長を目指しています。

“心の転換点”はどこにあったのか。鍵山選手や、そばで支える人の言葉からヒントを探ります。
(水戸放送局ディレクター 鬼澤昌秀)

五輪「銀」 から“失意のけが”で長期欠場

フィギュアスケート男子では日本人最年少となる、18歳でのオリンピックのメダル獲得。
北京での歓喜から半年あまりの去年10月、鍵山選手はSNSに一通の投稿をしました。そこには左足首のけがで、世界のトップスケーターが出場する「グランプリシリーズ」を欠場することが記されていました。
思うように練習ができない日々が続いた鍵山選手。それまでは365日のうち360日は氷の上に乗って練習していただけに、滑ることができない焦りや大会に出たい気持ちがとても大きかったといいます。

ケガが治りきらないまま出場した去年12月の全日本選手権では、ジャンプのミスが相次ぎ8位。しかし、この大会をきっかけに鍵山選手は自身の現状を知り、これから何をやるべきなのか分かったといいます。
それからはコンディショニングについての考え方をガラッと変え、自分の体のことやこれまでの演技を見つめ直す時間に充てて過ごすようになりました。

スケート以外では特に栄養学や睡眠について学ぶ時間を増やしたといいます。さらに管理栄養士をつけて必要な栄養分をきちんと食事から摂取したり、骨を強くするために積極的に日光を浴びて散歩することでカルシウムの吸収を促したりするなど普段の生活を根本的に見直すことにしました。

さらに、ケガをしてからチェックする回数が増えたのは「自分が演技する動画」。見続けていると自分の演技の粗さに気がついたといいます。
鍵山選手
「改めて映像で振り返って客観視した時に思っていたより体が動いていなかったり、ここはもっと緩急をうまく作れたりするんじゃないかと課題の方が多いと気づきました。演技していた自分自身だからよく分かることもあって、『これはジャンプのことしか考えていないな』とか『振付師の方が教えてくれた振り付けや自分が表現しようと思っていたことがまったく演技にあらわれていないな』と感じることがありました。もっと曲を理解して表現力を高めていきたいと思うようになってきました」
それ以降、練習に対する向き合い方も変わってきました。

これまでは多いときには1日3部練習、時間にして5~6時間ほども滑り込んでいて、フィギュアスケートの選手の中でも指折りの練習量の多さでした。

しかし、ケガをしてからは練習の量よりも内容を意識するようになったといいます。
鍵山選手
「以前はそこまで練習に対して目標を考えていなくて、とにかく数をこなしてやろうと思っていました。そのためそこまでの計画性もなく、ひたすらやり続けてその結果、調子のいい日もあれば悪い日も出てきたりするという感じでした。今は逆にしっかりと“1発1発”を丁寧に意識して練習しているので、2~3時間ぐらいの中で充実した練習ができています

新たなコーチ コストナーさんのアドバイスも力に

これまで2度オリンピックに出場した経験を持つ父・正和さんと二人三脚で成長してきた鍵山選手でしたが、今シーズンに新たな試みを行いました。

表現力にさらに磨きをかけようとイタリア出身でソチオリンピック銅メダリスト、カロリーナ・コストナーさんを新しいコーチとして迎えたのです。

現役時代は滑らかで美しいスケーティングが持ち味で、2012年の世界選手権で優勝、オリンピックには4大会連続で出場しました。
コストナーさんがトップアスリートのコーチに就任するのは今回が初めてです。主な役割は、鍵山選手が3年後のミラノ・コルティナダンペッツォオリンピックで金メダル獲得するために表現力を伸ばすこと。

ことし4月に行ったイタリア合宿では鍵山選手とオペラを鑑賞するなど、スケート以外の部分からも芸術性を高めるようなアプローチも行いました。アスリート時代に得た知識や経験を余すことなく伝えます。
コストナーさん
「私の強みは長年にわたり、選手としてハイレベルで戦ってきたことです。プレッシャーも経験したし、自国開催のオリンピックでの苦労も経験してきました。これらの積み重ねが大きな経験値となりましたし、この経験を優真と共有したいと思っています。(私がコーチになることで)父の正和さんはジャンプの技術指導に集中できますし、私はスケーティングや表現力の部分に専念できます。さまざまな意見の交換が世界一になるための、競争力の高いプログラム作りに役立つと感じています」
ことし11月、愛知県豊田市の中京大学で公開された練習では、コストナーさんから体の使い方の指導を受けながら振り付けの修正を行っていました。

例えば、腕の上げ方一つをとっても、ただ腕だけを上にあげるのではなく、肩甲骨や上半身全体を使ってあげることで演技を大きく見せることができるなど表現のテクニックを学んでいました。
コストナーさん
「自分の周りの空間すべてを使って表現することが大切です。選手はジャッジの前で得点を競うためだけでなく、周囲を360度取り囲む観客のために演技するのです。会場の最上段にいる子どもにも感動を届けるような意識で表現することを優真には伝えています」
鍵山選手
「目線の使い方や指先やつま先の使い方、そういった部分が今までできていませんでした。今まではジャンプにしか意識がなかった部分も、細かい表現のところまで意識して滑れるようになってきているので、そこが成長した部分だと感じています。僕と同じ(アスリートの)目線で教えてくれるのがありがたいです」
練習の途中、コストナーさんは鍵山選手にある言葉を投げかけました。
「競技に向けて練習をすると“Perfect(完璧)”を求めがちになる。そもそも完璧って何だろう?完璧よりも“Excellent(すばらしい)”を求めよう。それだけで十分だよ」
「完璧」よりも「すばらしい」を求める。それは自身が現役時代の経験を元にしたアドバイスでした。

表現力を極限まで磨こうと練習漬けの日々を送っていたコストナーさん。しかし、完璧を求めるがあまり練習していても“できていないこと”ばかりに目がいってしまい、練習は「退屈で“Cold“な(冷たい)時間だった」と苦痛に感じていたといいます。鍵山選手には、自分と同じような経験をしてほしくないと言います。
コストナーさん
「このジャンプをしたら次はこの振り付けを、その次はスピンというように私には、優真が気持ちが焦って演技をしているように見えました。そうではなく、今まさにやろうとしていることをまずは丁寧に行う。多少のミスはあったとしても演技の中で“Excellent”をどれだけ探すことができるのかが大切だと思うのです」
鍵山選手
「僕だけでは100%完璧に(やらなくては)と思ってしまうので、言葉をかけてもらえるのはありがたいと感じました。コストナーさんの1つ1つの言葉に重みがあります。少しずつ自分のやりたい表現に近づいていると思います
持ち前の完成度の高い4回転ジャンプだけではなく、ケガをしたからこそ高めようと磨いてきた表現力。

24日から始まるグランプリシリーズ最終戦の「NHK杯フィギュア」、そして目標とする3年後のオリンピックでの金メダルへ向け、鍵山選手がどんな演技を見せてくれるのか注目です。

鍵山優真選手 略歴

神奈川県出身 20歳
着氷が美しく安定感のある3種類の4回転ジャンプ、スピンを得意としている。コーチはリレハンメル、アルベールビルと2大会連続でオリンピックに出場した父親の正和さん。父の影響で3歳からスケートを始め、2019年、16歳のときに全日本選手権で3位入賞。去年2月の北京オリンピックでは、310点台の高得点をマークして銀メダルを獲得。18歳でのメダル獲得は日本のフィギュアスケート男子では史上最年少。

鍵山選手は今回の「NHK杯」で2位以上、かつ247.71点以上を獲得すると12月に中国・北京で行われるグランプリファイナルに進出できます。
鍵山選手の特集は11月24日(金)「おはよう日本」(7時台)でも放送予定です。

NHK杯フィギュア 男子シングル 放送予定

11月24日(金)SP=ショートプログラム
NHK-BS1 19:00~(生放送)
NHK 総合 19:30~(生放送)
11月25日(土)フリー
NHK 総合 19:30~(生放送)
11月26日(日)エキシビション
NHK 総合 13:05~(生放送)
水戸放送局 ディレクター
鬼澤 昌秀
平成27年入局
鍵山選手が高校1年の時だった2019年から取材
茨城では鍵山選手の好物「干し芋」を食べています