物価高でも“あきらめない”を支えます

物価高でも“あきらめない”を支えます
「塾に通えるのはこのクーポンのおかげです」

こう話すのは、高校受験のため去年から学習塾に通い始めた中学3年生です。

物価の上昇が家計を圧迫しています。でも、塾や習い事など、子どもの学びをあきらめてほしくない。

経済的に苦しい人たちを、そんな思いでサポートする取り組みが広がっています。(政経・国際番組部ディレクター 新野高史)

“子どもの学び”をあきらめない

5月に発表された総務省の家計調査で顕著に減った支出があります。「教育費」です。

塾や家庭教師に使う費用が、この3月は去年の同じ時期に比べ16.7%減少。すべての品目の中で、下落幅が最も大きくなりました。物価の上昇も要因の1つと見られています。
こうした中、子どもたちの学ぶ機会を守ろうという取り組みが注目されています。生活困窮家庭の子どもを支援する公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」が運営している「スタディクーポン」です。

学習塾や習い事などで利用可能な電子ポイントを、住民税の非課税世帯などを対象に無償で提供しています。
提供されるポイントは、年間で小学生が15万円分、中学・高校の1年生、2年生は20万円分、3年生は30万円分。利用者は、授業料などの支払いにポイントを使うことができ、それに応じた金額が団体から利用先に直接振り込まれる仕組みになっています。
学習塾以外にも、サッカー・野球などのスポーツ、ピアノをはじめとする音楽の教室など、幅広い分野から子どもたちが自由に選ぶことができます。

仕組み支えるのは「寄付」

資金は100社を超える企業や個人からの寄付で支えられています。

首都圏や関西、東北で活動し、昨年度は688人の子どもたちを支援。合計で約1億5000万円分の電子ポイントを提供しました。
今井代表理事
「現金で給付するのではなく電子ポイントの形式にすることで、使いみちを『教育』に限定させることができる。デジタルで処理が行われるため、利用先の先生たちにとっても事務的な負担が少ない。また、利用者とは月に1度、大学生のボランティアとの面談を行っていて、さまざまな相談に乗ったり、クーポンの利用をサポートしたり、ただ渡しっぱなしにしないことを大事にしている」

クーポン利用し塾へ

クーポンを利用している親子に話を伺いました。

高校受験を控える中学3年生の生徒は去年から学習塾に通っています。

学校では吹奏楽部に所属。進学先は1年生の時から憧れていた吹奏楽の強豪校を志望しています。塾では、数学や英語といった苦手な教科を中心に勉強しています。
クーポンを利用する中学3年生
「少しずつ成績も上がってきて勉強が楽しいと思えるようになってきた。塾に通えるのはクーポンのおかげなので、支援してくれた人たちに感謝しながら頑張りたい」
生徒の家庭は母子家庭です。

自営業の母親は、電気代や食費などを切り詰めていますが、物価が上昇する中、クーポンがなければ2万円ほどの月謝を払うことはできなかったと話します。
母親
「節約といっても限界があり、母子家庭にとって塾は経済的に厳しく、あきらめるしかないと思っていた。ただ、子どもはいろんなことを吸収してほしい年頃で『物価高だからできない』というのではなく、子どもが『やりたい』ということはやらせてあげたかった。目標に向かって頑張っている娘を見ることができるのは本当によかった」

急増するニーズ どう対応?

クーポンを利用したいというニーズは急増しています。

2023年度は新規利用の募集枠260人ほどに対して、3倍以上の応募がありました。寄付だけで運営するには限りがあり、すべてに応えられないのが現状です。

そこで運営団体が力を入れているのが、自治体との連携です。すでに東京都の渋谷区、国立市、千葉市、大阪市、佐賀県上峰町の5つがクーポンを導入しています。

今年度からは、東京の多摩市でも取り組みが始まります。
市内の経済的に厳しい家庭が対象で、資金は市の予算を活用。

運営団体は市にシステムやノウハウを提供するほか、子どもたちの進路や勉強の相談役も派遣する予定です。
多摩市 永井係長
「子どもの意欲があるのにかなえられない家庭に対して、行政として直接的な手助けをしたい。特に生活保護世帯は、ケースワーカーが保護者に対して支援をしてきたが、子どもの学習に関する支援には限界があった。専門性を持つ団体と組むことで支援を強化していきたい」
運営団体 今井代表理事
「学校以外、放課後で起きている格差の問題の解決は本来、行政が取り組んでいくべきことだと思う。子どもたちの声を聞きながら、学習機会の支援が社会的なインフラになることを私たちは目指している」

車の所有も“あきらめない”

“あきらめない”を支援しようという取り組みは、子どもの習い事など以外の分野でも進んでいます。

地域や人によっては生活必需品とも言える「車」です。
宮城県東松島市に暮らす、高橋雅彦さん(63)。工事現場の警備の仕事をしていて、片道50キロほど離れた現場への通勤に、車は欠かせません。

しかし、収入の不安定さやガソリン代の高騰で、5年前に購入した車の維持費を捻出することが難しくなりました。
高橋さん
「地方での暮らしに車はなくてはならない。手放すことになれば、仕事も続けることができない」
思い悩んだ高橋さん。地域の自立相談支援機関に相談したところ、経済的な理由で車を手放さざるをえない人たちに格安で車を貸し出す取り組みを教えてもらいます。
その名も「生活お助けカーリース」。

石巻市にある一般社団法人「日本カーシェアリング協会」が東北地方などで行っている取り組みです。

原則、自立相談支援機関を窓口とし、車の必要性のヒアリングや家計改善のプランを作成した後、カーリースの利用手続きを行います。
利用料は軽自動車の場合、毎月5500円。契約期間は原則1年です。

利用者は自動車保険への加入が必須で、ガソリン代や駐車場代などの支払いが必要になりますが、車検代や自動車関連の税金などは運営側が負担するため、利用者は維持費を安く抑えることができます。
高橋さん
「車にかかる毎月の費用は半分近くに抑えることができた。車種を選ぶことはできないが、日々の買い物や仕事に通うには十分なので、とても助かっている。少しずつ貯蓄もできるようになったので、今度は中古の軽自動車を購入して、借りている車を返せるようになりたい」
石渡さん
「『車がなければ仕事を継続できない』『車があれば就職活動ができるのに』という悩みを持つ方に利用してもらって、契約期間内に自分の車を持ってもらう、購入までの“つなぎ”となるのが目標。地域の自立相談支援機関と連携しながら、利用者の暮らしと生活再建をサポートしている」

きっかけは東日本大震災

この仕組みを支えているのも「寄付」です。

貸し出している車はすべて、個人や企業からの寄付されたものです。新車への買い替えのタイミングで提供されたものや、高齢で免許を返納するために車を提供してくれるケースが最近は増えているそうです。
また車のメンテナンスなどに必要なオイルやバッテリー、スタッドレスタイヤなどは、各メーカーから提供を受けたものだということです。

この支援が始まったきっかけは、東日本大震災です。津波などで車を失った人やボランティアたちの移動手段として、車の貸し出しを行う取り組みを始めました。その後も、各地で災害が起こるたびに、車を必要とする人たちへの支援を続けてきました。

3年前からは、車が必要なものの、経済的な理由で維持したり購入したりするのが難しい人たちへの支援も始めました。これまで40人以上を支援。

現在は、栃木県や静岡県、佐賀県にも拠点を置き、およそ80台を貸し出すことができる体制となっています。物価が上昇する中、問い合わせが全国各地から相次いでいます。
石渡さん
「物価高騰の中で問い合わせが急増している。特に『家計が厳しくなって車検代を払うことが難しくなってしまった』『債務の整理をするにあたって車を手放すことになった』という相談が相次いでいる。今後は拠点を増やしていき、多くの地域に仕組みを広げて、車がないことで起こる機会損失というものを減らしていきたい」

“いま必要な何か”をあきらめないために

取材した2つの取り組みは、いずれも寄付で支えられています。全国に展開するためには資金や人員の面で限りがあり、担当者は、支援の輪がより広がってほしいと話していました。

物価が上昇する中、経済的な理由で“いま必要な何か”をあきらめざるをえない状況にある人は、たくさんいると思います。

将来につながる機会の損失は、その人の意欲をそぎ、より大きな影響を人生や社会に及ぼしかねません。

長期的な視点に立ったより細やかな支援が求められていると感じました。
政経・国際番組部ディレクター
新野高史
2011年入局
京都局、おはよう日本、首都圏局を経て、2021年から現所属