5月に多い“突然死” 8729人の学校事故データから見えたこと

5月に多い“突然死” 8729人の学校事故データから見えたこと
「亡くなった子ども1614人、何らかの障害が残った子ども7115人
これは、ある独立行政法人が公開している、2005年度以降の学校事故のデータです。

こうした中に、防げた事故があるのではないか。

私たちは、合わせて8729人にのぼるこのデータを、1件1件分析することにしました。

見えてきたのは、5月に突然死が多いという事実、そして似た事故が多数繰り返されているという実態です。
(NHKスペシャル「学校事故」取材班)

※記事の後半に学校事故の詳しいデータを掲載しています。

5月の“シャトルラン”の最中に倒れ…

柚野凜太郎さん(当時中学3年生)は、バスケットボール部に所属し活躍していました。

将来はライフセーバーとして活躍することが夢で、中学生にしてそのための資格を取るなど、活発な性格だったといいます。

心臓検診や健康診断では特に異常はありませんでした。
凜太郎さんが倒れたのは、体育の授業で行われた体力テストのシャトルランの最中です。

20メートルを制限時間内に何回行き来できるか持久力を測るテストで、53回、約1キロ走ったあたりで倒れました。

意識不明で病院に搬送されましたが、その後、亡くなりました。

凜太郎さんのご両親は、涙を流しながら話を聞かせてくれました。
母・こずえさん
「あの子のことを、いつか帰ってくるんじゃないかと今でも思っていて」
父・真也さん
「あの子は今回の体育のときに最後、たぶん苦しくて意識がないときに両手を上げたんですよ。それって助けてサインだったと思って。助けることができなかったことは、今でも申し訳ない。ずっとその思いは残っています」

“学校事故を網羅” データベースから見える事故の特徴は

今回私たちが注目した学校事故のデータベースには、学校管理下で亡くなった子どもたち一人ひとりの学年、性別、事故が起こった場面や、学校から報告された当時の状況などが記載されています。
凜太郎さんについて、データベースには「中学3年生」「男子」「保健体育」「心臓系突然死」といった情報と、「スポーツテスト(シャトルラン)中に倒れ」といった状況説明が短く記されています。

こうしたデータを公開しているのは、独立行政法人「日本スポーツ振興センター(JSC)」です。

団体では、子どもが事故にあった際に給付する医療費や見舞金の制度を運営していて、給付金が申請される際に得られた情報がデータの元となっています。
年間の申請件数は100万件以上にのぼり、学校事故のほとんどを網羅しているとされています。

このうち、2005年度以降の死亡と障害のデータにかぎりインターネットで公開されています。

件数は合わせて8729件。

事故の特徴や事故が起きた背景を分析するため、今回私たちは、これまで非公開だった「発生日時」や「都道府県」のデータをさらに入手し、分析することにしました。

5月の運動にリスク?

データに記載された死亡事故は1614件。

そのうち、「突然死」で亡くなったケースは506件ありました。

ここに入手した発生日時の月データを重ね合わせたところ、月別では5月が最も件数が多く、リスクが高い可能性が見えてきました。

凜太郎さんが亡くなったのと同じ月です。
こうした特徴をどう見ればいいか、長年、子どもの突然死を研究してきた医師に検証してもらいました。
日本大学医学部附属板橋病院 小児科 鮎澤衛医師
「5月になりますと気温が上がりますので、熱中症的な要素も加わって、体全体に負担がかかることはあると思います。年齢的に中3・高1あたりは、成長期で変化が非常に著しいときではありますので、特に自律神経、心拍数とか血圧の調整が難しい時期があるということが関係している可能性もあるかと思います。そういった方たちがなぜ亡くなったのか原因が分かれば対策を講じられるようになります」
また、データでは、持久走で亡くなった子どものうち3割近くが、「走り終わった後」や「休憩中」に倒れていました。
日本大学医学部附属板橋病院 小児科 鮎澤衛医師
「運動をやめた直後は、非常に急激な脈拍や血圧の変化が起こる可能性がありますので、運動をさせて終わったらそれでおしまいではなく、終わったあとも1時間程度、児童生徒の様子をよく注意して見ていただくことが必要になると考えています。学校へのAEDの普及により、心臓系突然死は減少してきたものの、下げ止まっています。マラソン大会や体力テストなど大勢で運動する際は、AEDをすぐそばに置いておく、子どもの体調を観察する教職員を追加して配置するなど、備えを徹底する必要があります」

AI分析から見えた“特徴的な事故”

データベースの中に、ほかにも特徴的な事故はないか。

次に私たちは、AI(機械学習)を用いて、類似点を抽出する「クラスタリング」と呼ばれる分析を行いました。

子どもが死亡した原因や場所、状況をもとに事故を分類していくと、これらの組み合わせがよく似たグループがいくつも浮かび上がってきました。
それぞれの色のかたまりが、原因や状況などが似た組み合わせのグループです。

「給食中に窒息死・突然死で亡くなった小学生」のグループや、「学校の校舎内で休憩時間中に頭部・脳外傷で亡くなった」グループなど、特徴的な組み合わせがいくつも浮かび上がってきました。
浮かび上がったグループのなかで比較的数が多かったのが、凜太郎さんと同じく、「保健体育」の授業中に、「中学生・高校生」の生徒が「心臓系突然死」していたというケースでした。

JSCのデータからは、2005年度以降、少なくとも中高生42人がこの状況で亡くなっていました。

分類されたグループの特徴をみてみると、中学生の「保健体育×心臓系突然死」のグループは「体育館」で、高校生のグループは「校庭・運動場」でよく起きていました。

なぜ、これほどの事故が繰り返されているのか。

私たちは、さらに状況説明に書かれた文章で特徴的に使われていることばをAI(機械学習)により分析しました。
中学生のグループでは「走る」「ランニング」「ジョギング」、高校生では「走る」「持久走」などが浮かび上がり、「走る」ことに関連することばが共通して書かれていました。

他にも、「体育館で亡くなった中学生」のグループ、「休憩時間中に運動場で亡くなった小学生」のグループ、「運動系の部活動中に運動場で亡くなった中高生」のグループで、同じく「走る」ことに関することばが共通の特徴として浮かび上がってきました。

シャトルランの最中に倒れ命を落とした凜太郎さんと同じように、走る運動に関連して死亡事故が相次いでいたのです。

見えてきたAEDの“使い方”の重要性

データ分析から改めて浮かび上がってきた、“走ること”による“心臓系突然死”のリスク。

助けるためには速やかで適切な「胸骨圧迫」や「AEDの使用」が大切になります。

現在、学校のAED設置率は95%を超え、ほとんどの学校で突然起きる心室細動などに対処できる備えは整いつつあります。(平成30年度 文部科学省の調査より)
一方、医学的な知識をもとにアスリートの安全を守る“アスレティックトレーナー”の山中美和子さんは、これまで部活動でよく取り組まれてきた「学校外での走り込み」について注意を払うべきだと指摘します。
山中さんが、部活動中の死亡事故について日本スポーツ振興センターのデータを場所別で独自に分析したところ、“学校の外”で起きたケースが4割に上っていたのです。
アスレティックトレーナー 山中美和子さん
「学校の中でのAED設置率は100%に近いと言われていますが、学校から離れたとたん、AEDはどこにもなく、誰かが突然倒れても対応は難しいです。校外で練習する場合は、AEDが設置されている場所なのか、なければ持参する必要性も含めて考えてほしいです。どの部活がどこで練習をするのかを考慮して、事前にAEDの数や設置場所を計画しておく必要があります。もし屋外でひとりで倒れてしまったら、誰も気付かず対応が遅れ、取り返しのつかない事態になりかねません。外で活動するときは“ペアで走る”、“グループで走る”など、子どもをひとりにしないことが大切です」

子どもの事故 “ひとごととは思わないで”

凜太郎さんの両親の柚野真也さんとこずえさん。

取材の中で、日本スポーツ振興センターのデータベースに掲載されている心臓系突然死のデータ一覧をみたとき「これほど多くの子どもが亡くなっているのか」と衝撃を受けていました。
安全なはずの学校で子どもの命が失われることを防いでいくために、学校や行政が起きてしまった事故と向き合っていく必要があると考えています。
柚野真也さん
「どんな元気な子であっても突然起こりうることだし、ひと事と考えずに、本気で、今の子どもたちに何かあったときを想像する。想定して動けるような体制を整えてほしい。そうしないと、こういった事故は、なかなかなくならないのかなと思います」

データから見えてきた学校事故の詳細(死亡・障害)

《学年別内訳》
学校別の死亡、障害の内訳を分析すると、学校単位では年代が上がるごとに増加傾向にあることがわかりますが、それぞれの学校で内訳を見ると中学校、高校では2年生が最も多く、3年生は少なくなっていることがわかりました。

部活動の引退によって競技人口が減ることが理由とみられます。
※小、中、高には特別支援学校含む。高校には高等専門学校、高等専修学校含む。

《曜日別》
NHKが日本スポーツ振興センターから新たに入手した年月日が記載されたデータを分析したところ、平日が大半を占めていましたが、土曜日と日曜日にも600件以上の事故が起きていたことがわかりました。

ほとんどが部活動中の事故で、休日に行われる練習や大会の安全管理も徹底する必要性が読み取れます。
《時間別》
事故が起きた時間別に分析を進めると、午前10時と午後1時に多くの事故が起きていることがわかりました。
《月別》
月別に分析を進めると、5月と6月に事故が900件以上起きていることもわかりました。

これからの季節には注意が必要です。