“直せない橋”日本一 新潟県でなぜ? 調べてみると

“直せない橋”日本一 新潟県でなぜ? 調べてみると
“直せない橋”が、突出して多い県がある。

そのことに気づいたのは、インフラ老朽化の問題を取材していたときです。

70万余りの橋のオープンデータを分析すると、全国の実に10分の1が集中していました。

その県とは、新潟県。

いったい、どうして?

調べてみました。

(NHK老朽インフラ取材班)

※データの詳細は記事の最後に。

橋のデータ分析 なぜ新潟多い?

「新潟が多いな」

そのことに、データマップをひと目見て気づきました。老朽インフラ問題を伝えるにあたって作った、全国70万余りの道路インフラの点検データを可視化したマップです。
黄色い点は老朽化で「対策が必要」とされたにもかかわらず、手が付けられていない橋です(2022年3月時点)。

その数は全国で3万2000か所あまり。新潟県の広い範囲が、黄色で塗りつぶされているように見えます。

その数3168。全国の10分の1が新潟県に集中していることが分析で浮かび上がったのです。都道府県別でも、突出して多くなっています。

「農業県」は橋が多い?

その理由を探るため、取材を始めました。

データを調べると、新潟県にある橋は2万3000か所余り。全国で9番目に多くなっています。

その理由について自治体の担当者を取材すると、新潟は海岸線が長く流れ込む川が多いこと、それに「農業県」であることが理由ではないかと話しました。
「川が多い」=「橋が多い」は分かりますが、農業県だと橋が多くなる?

この疑問に答えてくれたのが、田辺新さん(79)です。

旧巻町(現在の新潟市西蒲区)の職員などとして、長く農地の整備に関わってきました。
田辺さんは、「農地の整備には、橋が欠かせない」といいます。農地には水路も同時に整えることも多く橋が必要になるのです。

そして、小規模な橋が多く作られていったというのです。

田辺さんが農地の整備に関わった1970年代から80年代にかけては、多くの農家から「橋を整備してほしい」という要望が寄せられたといいます。
田辺新さん
「当時は農家ももうかっていて農地を広げる事業の要望が数え切れないくらい来ていた。潟だった場所を干拓し、農地の面積がどんどん広がり、橋も増えていきました。作れば作るほど豊かになる『作るのが第一』の時代でした。“老朽化”という話は、作る時にはほとんど話題にのぼらなかった」
新潟で橋が作られた年代を調べると、1970年代から80年代に多くの橋が建設されていて、「作るのが第一の時代だった」という田辺さんの言葉とも重なります。

劣化しやすい環境?「塩害」との闘いも

「直せない橋」が多いのは、橋が多いから。果たしてそれだけなのか?

その疑問を探って出てきたのが、「塩害」というキーワードでした。

その現場だということで雪の中、私たちが向かったのが新潟市西蒲区の海岸沿いにある「浦浜大橋」。
建設から50年近くが経つ、長さ60メートルの橋です。

遠目にはなんともないように見えましたが、橋の下にいくと、鉄の部分が黒ずんでいる所があちこちに見つかりました。

市によると、経年劣化に加え「塩」による“さび”だということです。
海から飛来する塩分が多い海岸近くの橋は特に劣化が早く、この橋も定期的に洗浄機で塩を取り除いていますが、塩分の影響は大きいといいます。

“凍結防止剤”の影響も

そしてこの「塩害」、雪深い新潟ならではの、別の要因もあることがわかりました。

それが道路凍結を防ぐためにまく、「凍結防止剤」です。
どういうことか?

積雪などで道路の凍結が予想される場合にまかれる「凍結防止剤」、実はほとんどが塩分でできています。

全国でも特に雪深い地域として知られる新潟県。

凍結防止剤の散布の様子は繰り返し見ていましたが、ここに含まれる「塩」が橋の劣化につながっているというのです。

一度は補修するも「再劣化」…

「塩害」はさらなる問題を生み出していました。

その現場の一つが、江南区にかかる「ゆきよし跨線橋」です。

橋の下に行くと、道路上の雪解け水が、橋を形作るコンクリートをしたたり落ちていました。
この水には凍結防止剤の「塩分」が多く含まれ、コンクリート内部の鉄筋の“さび“の原因になるということです。

内部でさびた鉄が膨張し、“ひび”となって表面に現れるのです。

新潟市土木総務課の小杉英司さんは、実はこの橋は、7年前に補修をしたばかりの橋だと言います。
しかし、補修をした場所に、再びひびが入ってしまいました。「再劣化」と呼ばれる現象です。

この場所では、ひび割れが確認された後、コンクリートを取り外して内部の鉄筋のさびを落とし、新たなコンクリートを固めて修復しました。

工事を終えたのは7年前の2015年。しかし、4年前の2018年の点検で、同じ場所でひび割れが見つかったのです。
新潟市土木総務課 小杉英司さん
「補修工事で鉄筋にさびを防ぐ処理もしたが再び劣化してしまった。塩分を含んで一度さびてしまった鉄筋はさびを落としてもまた“さび”が進んでしまうことがある。市内では現在、このような『再劣化』はこの橋以外に確認されていませんが、条件がそろうとほかの橋でも起こるのではないかと懸念しています」
浦浜大橋とゆきよし跨線橋は点検で「早期に補修が必要」と判定されているものの、新潟市は現段階で安全性に問題はないとしています。

「直したくてもお金がない」

経年劣化に加え、塩害も一因となって急速に進行する橋の劣化。

その状況は新潟市の決算からもわかります。
橋の補修や点検にかかる費用を示す「橋梁維持費」です。2008年ごろから急増し、ここ3年は20億ほどになっています。

市は2028年度までに橋の補修や点検にかかる費用を少なくとも130億と試算。金額は今後さらに増えると見込まれています。

市は独自の点検システムを導入し、4億円かかっていた点検コストを9割削減するなどコストカットにも取り組んでいます。

それでも今後、維持管理はさらに厳しくなると言います。
新潟市土木総務課 小杉英司さん
「130億円という額はいま劣化がわかっている橋を補修するための予算で、今後、補修費用がさらに積み上がる可能性がある。補修する橋の優先順位をつけたり、点検のコストを抑えたりしているが、限界も感じている。すべての橋を維持管理するのは難しいのではと不安もあるが、できる対応を続けていくしかない」
一方、新潟県内の市町村で「直せない橋」が多いことについて、新潟県土木部の金子法泰部長は、次のようにコメントしています。

「塩害の影響も大きく、予算も限られている中で優先度をつけて対応していく。国の制度を活用しながら、県内の市町村ともコストを抑えることができる新しい技術の共有など連携していきたい」

「“角さん”の影響も」

取材を進める中で、それでも疑問だったのが、「農業県」はほかにも数多くある中で、なぜ新潟にここまで橋が多いのかということです。

その要因の1つが「政治」だったという人に会いました。

元新潟県議会議員の高橋正さん(86)です。

1974年の初当選以降、県議を7期務め、自民党県連幹事長などを歴任してきました。

高橋さんは橋の建設が相次いだ70年代から80年代を「政治に希望があった時代」と振り返ります。
元新潟県議会議員 高橋正さん
「当時は日本全体に勢いがあり、経済成長し続ける中、『自分たちの暮らしをよくするんだ』と各地域が競い合うように橋の陳情に来ていた。角さん(田中角栄元首相・新潟県出身)の影響で新潟県は住民と政治が近いこともあったと思う。陳情を受ける議員も橋の建設に熱心に動き、要望がかなうことも多かった。政治に希望があった時代、どんどん橋や道路を作って生活をよくすることが1番の目的の時代だった」
それでは、当時作られた橋の老朽化が進んでいる現状を、どう見ているのでしょうか。
元新潟県議会議員 高橋正さん
「今振り返れば維持管理のコストを考えることも大切だったが、当時の政治家の役割の1つはインフラを整えていくことにあり、人々もそれを求めていた。時代が変わり、作った道路や橋をどう維持し生活を守っていくか、今後の重要な政治課題で、一線を退いたものの私も考えなければならないと思っている」

専門家「必要に応じてダウンサイズの検討を」

今後の維持管理をどのようにしていけばいいのか。専門家に聞きました。

コンクリート工学が専門の新潟大学の佐伯竜彦教授です。

新潟が直面している問題は、今後、さらに多くの地域が抱える問題になるとして、社会のインフラに対する考え方を変えていくことも必要だとしています。
新潟大学 佐伯竜彦教授
「新潟は特に厳しい状況にあるが、老朽化の課題には全国の自治体が直面している。インフラの管理には人手とお金がかかるという認識がこれまで社会の中では薄く、今のままでは維持していけなくなる。インフラは社会のベースであり、維持していくためには社会全体で『管理』にもっと目を向けていく必要がある」
その上で、「う回路」などのデータも使い、必要に応じて橋の“撤去”などを進めていくべきだとしています。
新潟大学 佐伯竜彦教授
「全てを維持することは自治体の財政やマンパワーを考えたとき現実的ではない。必要な橋とそうでない橋を利用状況や周辺環境など、重要度に応じて選択し、ダウンサイズを図っていくことも今後は真剣に検討していく必要がある」

取材後記

取材班の1人、山田は、新潟県に4年以上住んでいます。

これまでの取材で幾度となく、「新潟県は常に雪と闘ってきた。大雪で病院に行けないような人をなくそうと、多くの人が道路整備をしてきた」と聞いてきました。

その一方で今、生活を豊かにしてきたインフラが老朽化し、課題となっている現実への対処は、待ったなしだと感じます。

生活を支えるインフラを守るために何ができるのか、取材を続けていきたいと思います。

分析結果の詳細

今回NHKは国土交通省が公開している「全国道路施設点検データベース」をもとに、2022年3月時点での対策状況について道路橋の“所在地別”に分析を行いました。

(管理者ごとの数値ではありません)

1. 都道府県別

・橋の数
橋の数は、都道府県の面積に加えて河川の多さや農地・干拓地の広がりなど地理的要因もあるとみられます。最も多いのが、岡山県でした。
・補修が必要な橋の数
続いて、検査で補修が必要と判定された橋の数とその割合です。最も多いのは、北海道でした。
・補修が未実施の橋の数
2022年3月時点で補修に着手できていない橋の数と、その割合です。最も多いのが新潟県でした。

2. 新潟県内 市町村別は

新潟県内の市町村ごとに橋の補修状況もまとめました。自治体の規模に比例するように数が多くなっています。

3. 橋が架けられた時期

橋が架けられた年度のデータをもとに、どの時期に集中して新たな橋が建設されたのか分析しました。

高度経済成長期に橋の建設が急速に増加し、建設年度が判明しているデータを集計すると70年代にピークを迎えています。その後、バブル崩壊以降は大きく建設数が減少していきます。

4. 橋の“高齢化” 50年経過した橋は

建設から50年を経過した橋の数です。

新たな橋の建設は近年大きく減っていますが、一方で橋の“高齢化”は深刻な状況といえます。

2037年度には現在・2022年度の2倍に増加する見通しです。
(取材)
社会部記者
内山裕幾
2011年入局
災害担当を経て2021年から国土交通省担当
住宅問題やインフラ対策など取材
(取材)
新潟局記者
山田 剛史
2018年入局
熊本生まれ
新潟県政担当
新潟県中越地震からの復興を取材
(分析)
ネットワーク報道部記者
齋藤 恵二郎
2010年入局
育児を機にデータ分析に挑戦
GISのほか最近はプログラミングを勉強中
(分析)
ネットワーク報道部記者
穐岡 英治
報道局、大津局を経て現所属
データビジュアライズチーム「NMAPS」でデータ分析を担当