“橋がトンネルが崩れる” 74万のオープンデータを調べると

“橋がトンネルが崩れる” 74万のオープンデータを調べると
「橋が、トンネルが崩れていく」

いま、各地でそんなケースが起きています。なぜでしょうか。今回、全国74万の橋やトンネルのオープンデータを詳しく分析してみると、「直せない」道路が増えていることがわかりました。あなたの街を通る橋やトンネルにも、関係がある話です。(NHK老朽インフラ取材班)
※詳細なデータ分析結果は、記事の最後に。

崩落した橋

「老朽化した橋が落ちた」

道路インフラの老朽化の取材を進めていた私は、そんな情報を得て、現場に向かいました。

山形県の海沿いにある遊佐町。落ちたのは「栄橋」という長さ125メートルの橋です。
たどりついた現場で見た橋の姿は、想像を超えていました。橋桁の一部は完全に水につかり、そのままの状態に。

近づくと木の部分は腐食し、崩落した場所以外でも大きな損傷があちらこちらにありました。

「大切な生活道路だった」

この橋に近づくと、通行止めの看板がありました。
地域の人に話を聞くと、老朽化で危険な状態だとして、10年前から通行止めになっていました。そのまま朽ちて、落ちてしまったというのです。

橋がかかる白木地区で生まれ育った石原茂さん(71)は、1956年に架けられた栄橋が、地域を支える重要な生活道路だったと振り返ります。
石原茂さん
「川向こうには地区の農地や山林があるのですが、橋が使えないことで、数キロ遠回りをして行かなければならず、管理が難しくなっています。何とか残してほしいというのが、住人たちの思いです」

「直したくても直せない」

なぜ、こんなことになってしまったのでしょうか。

遊佐町で橋の維持管理を担当する太田好光 主任に聞きました。
この橋は通行止めになったあと、補修や架け替えの検討をしましたが、できなかったといいます。すでに補修が難しいほど朽ちていたことに加え、架け替えには膨大な費用がかかるためです。

町が橋の維持管理にかけられる予算は年間1億円から2億円程度。しかし、栄橋の架け替えには、数十億円が必要になるという試算が出ました。

さらに、人手が足りないことも、影響していると言います。町にいる土木の専門職員は太田さんだけ。専門知識がいる道路維持管理の業務は、ほぼ1人で担っています。
町に橋は100以上ありますが、老朽化が進んでいても手を着けられないインフラは、増え続けていると言います。
遊佐町地域生活課土木係 太田好光 主任
「町としてもできるものなら何とかかなえたい。しかし、今の町の予算規模や人員の状況では、どうしても難しいというのが実情でした。この状況の中で身動きがなかなか取ることができず、今日に至ってしまった」

データで見えた老朽化の実態

「直したくても、直せない」こんな状況が全国に広がっているのではないか。

今回、オープンデータを使って調べてみました。使ったのは、国が公開している、全国に70万以上ある橋やトンネルなどの「道路インフラ」の点検や補修のデータ。

その結果です。
点検の結果「対策が必要」とされながら、手が付けられていない橋やトンネルは全国で3万3390あります。都市部から地方まで、全国各地に分布していることが分かります。

何も対策せず放置すれば、重大な事故や損傷につながるおそれがあるとされています。

対策が必要とされたインフラの中には、補修が間に合わず、人の命に関わりかねないような事故が起きたケースも出ています。
国は、対策が必要と診断されたあと、5年以内に補修などを完了することを目安としています。

そこで、5年以上補修などができていない橋やトンネルのデータを情報公開請求で新たに入手し、分析に加えました。

その結果です。
その数は、7041(2022年3月時点)。

9割は市区町村が管理するもので、遊佐町のように「直したくても直せない」橋やトンネルが全国に広がっていることがデータから浮かび上がりました。

進まない補修に、国は

国が今の道路インフラの老朽化対策を進めるきっかけとなったのは、10年前の2012年12月、9人が亡くなった中央自動車道の笹子トンネルの天井板崩落事故です。
事故後、国は道路インフラについて5年に1度の点検を義務化。早期の点検と補修で事故を防ごうとしたのです。

しかし、結果的に補修が進まない現状を、国はどう捉えているのでしょうか。
国土交通省 道路局 国道・技術課
「老朽インフラの安全対策については継続して対策を進めてきたものの、特に小規模な地方自治体で予算や人員が厳しく、対策が十分進んでいない現状は認識している。笹子トンネルのような事故を二度と起こさないためにも、持続可能なインフラ老朽化対策に引き続き全力で取り組んでいきたい」

解決策は“撤去”しかない

取材をしていくと、膨大な橋やトンネルの維持管理は、自治体の財政を圧迫していることもわかりました。

そうした中、始まっているのが、インフラの「撤去」です。

「これ以上先送りにはできない」

そう話すのは、富山市で道路管理を担う杉木光晴 道路構造保全対策課長です。
およそ2300の橋を抱える富山市。

年間15億円ほどの橋の維持管理の費用は、今後、一斉に補修や更新の時期となるため、このままだと2055年には、250億円ほどになると試算しています。

今の16倍の費用がかかる計算で、すべての橋を維持し続けるのは困難だとしています。
富山市道路構造保全対策課 杉木光晴課長
「本来、市は長く橋りょうを維持するのが使命で、撤去はできれば避けたい。ただ、すべての橋を将来にわたって残すことは困難であるととらえている以上は、いつか、誰かが判断をしないといけない。それが今だと考えている」

“橋りょうトリアージ”で優先順位を

富山市が採り入れたのが、橋ごとの優先順位をつける「橋りょうトリアージ」です。

この方法では、重要度に応じて橋を「A」から「D」の4つのグループに分けます。
「A」幹線道路上にあり、欠かすことができないとする橋

「B」幹線道路に近く必要度が高い橋

「C」日常生活で使う身近な橋

「D」重要度が低いとされた橋…基本的に補修を行わず、危険な場合には撤去を検討
市ではこの考え方に基づき、2つの橋を撤去する方針を示しています。

その1つが、50年前に建設された「瓶岩橋」です。
仮に新たな橋を架ける場合、費用は10億円以上かかります。

さらに利用者も比較的少なく、3キロ先にう回路もあることなどから、撤去が決まりました。

住民は存続を要望も…

瓶岩橋は、地域住民にとっては、スーパーや病院などに通うために長年使っていた親しみのある橋でした。

近くに住む山森潔さんは、すべての橋を今のまま維持できないという市の考えには理解を示しつつも、地域のためには残すべきだと考えています。
山森潔さん
「“トリアージ”しながら重要度を見て撤去していくということ自体は致し方ない。ただ、この瓶岩橋の重要度は低くないと考えている。財源の問題は確かにあると思うが、災害時などには重要で、必要な橋はやはり残していかないといけない」
富山市はこうした住民の意見に耳を傾けつつも、市内全体のインフラを守っていくためには撤去せざるを得ないとしています。

撤去を判断する橋は今後も増えていく見込みで、どのようにインフラの整理を進めるのか、難しいかじ取りが続きます。
富山市 杉木課長
「本当に苦渋の判断です。不便を強いることになる住民の皆さんには大変申し訳ないが、判断に時間がかかればかかるほど次の世代にかける負担も大きくなる」

「自治体と住民が議論を」

道路インフラのメンテナンスに詳しい日本大学工学部の岩城一郎教授は、インフラ対策の在り方を変えていく必要があると指摘しています。

撤去も視野に入れなければならない現状がある以上、その優先順位をつけることにも、住民が関わっていくことが望ましいと言います。
日本大学工学部 岩城一郎教授
「インフラは地域住民に欠かせないものですが、財源不足の中で老朽化が進む今、今後10年20年すべてを良好な状態で使える状況にはありません。何を残し、何を諦め廃止すべきかを選別していく時代に入っていく。その際には自治体と住民の議論の中で重要度・優先度をつける活動が重要だ。自治体は10年後、20年後のインフラ状況を丁寧に説明し、住民側も意思決定に参画し、地域のインフラをどうしていくか、議論を活発にしていく必要がある」

安全なインフラを守るために

ふだん、当たり前のように通っている橋やトンネル。

データの分析や取材からは、その安全さえ、当たり前ではなくなっているという現実が見えてきました。

人口の減少が進む中で、インフラをどう守っていけばいいのか。

今後も取材を進めていきたいと思います。

あなたの街の橋やトンネルなど老朽インフラに関する課題について、情報をお寄せください。

分析結果の詳細

今回NHKは国土交通省が公開している「全国道路施設点検データベース」と情報公開請求で得られたデータをもとに、2022年3月時点での対策状況について管理者別に分析を行いました。
1 管理者分類別

橋やトンネルは、自治体のほか国や道路事業者など、管理者ごとに分類されます。管理者ごとの傾向を分析したところ、対策が必要な橋のうち対策に手を付けられていない橋の割合は、国が33%、都道府県が37%、政令市が63%、市区町村が60%などとなりました。

国と比べ市区町村は対策が取られていない橋の数の割合は倍近くとなっています。国、都道府県、市区町村と、行政の規模が小さくなるにつれ、着手できていない橋の割合が高くなる傾向が見られました。
また、国が求める「5年」を超えて対策に着手できていない橋の割合についても同様の傾向がみられました。
2 都道府県別

次に、都道府県の状況です。対策ができていない橋の数は、多い順に、新潟県が648、福島県が537、山口県が406、長野県が356、宮城県が281などとなりました。

数が多い=対策が進んでいないとは一概に言えず、もともと管理する橋が多い都道府県が対策できていない橋も多い傾向が見られました。
また、国が求める「5年」を超えて対策に着手できていない橋についても同様の傾向がみられました。
3 政令市・市区町村別

次に、全体の中に占める割合が最も多い政令市・市区町村の分析データです。対策が必要とされながら出来ていない橋の数が多い自治体を見ると、岡山市が605、新潟市が465、新潟県長岡市が333、鳥取市が247、広島市が234などとなりました。

川の多い地形で、もともと管理する橋の数が多かったり、海岸線や雪が多く、「塩害」などによって橋の老朽化が進みやすい地域の自治体で、対策できていない橋が多い傾向が見られました。
国が求める「5年」を超えて対策に手が付けられていない橋についても同様の傾向がみられました。
(取材)
社会部記者
内山 裕幾
2011年入局
災害担当を経て2021年から国土交通省担当
住宅問題やインフラ対策など取材
(取材)
経済部記者
樽野 章
2012年入局
自動車業界を2年担当し、2022年から国土交通省担当
(分析)
ネットワーク報道部記者
齋藤 恵二郎
2010年入局
育児を機にデータ分析に挑戦GISのほか最近はプログラミングを勉強中
(分析)
ネットワーク報道部記者
穐岡 英治
報道局 大津局を経て現所属
データビジュアライズチーム「NMAPS」でデータ分析を担当
(分析)
ネットワーク報道部ディレクター
垣内 あき乃
「NMAPS」でデータ分析・可視化を担当