食用油の値上げが止まらない ~世界で連鎖する価格高騰~

食用油の値上げが止まらない ~世界で連鎖する価格高騰~
日本や世界が直面する「食料ショック」。
ロシアによるウクライナ侵攻などの影響で、食卓に欠かせない「食用油」の価格が高騰している。

価格高騰の波は、日本だけではなく世界各地で連鎖し、さまざまな商品の値上げにつながっている実態が見えてきた。私たちの暮らしに暗い影を落とす“食料危機”の現実を、日本、そして世界で追った。

食用油 6回目の値上げ

食用油大手の「日清オイリオグループ」。

5月11日、原材料価格の高騰を受けて食用油の一部の製品を、7月から値上げすると発表した。

「Jーオイルミルズ」「昭和産業」も相次いで値上げを発表。

大手3社の主要製品の値上げは、去年以降、実に6回目となる。

大豆や菜種、コメ、ごま、ひまわりの種、アブラヤシなどが原材料となる食用油。

なぜ、値上げが繰り返されているのだろうか?

世界で連鎖する価格高騰

値上げを発表した際の「日清オイリオグループ」の報道関係者向けの資料には、その理由が6行にわたって記されていた。
値上げの背景には、いくつもの要因が複雑に絡み合っていることがかいま見える。
・ ロシア・ウクライナ情勢悪化の影響を起因とした世界的な油脂全般の需給ひっ迫

・ カナダ、豪州に次ぐ「菜種」輸出大国であるウクライナからの物流停滞

・欧州を中心にウクライナ、ロシア産「ひまわり油」の代替としての「菜種油」需要増加による菜種需要ひっ迫

・ ブラジル産「大豆」の生産量見通し引き下げに伴う大豆需給ひっ迫

・ ほかの油脂から「パーム油」への需要シフト及びインドネシアの輸入制限等によるパーム油需給ひっ迫懸念

・ 円安ドル高の大幅な進行
(5月11日発表 報道関係資料より)
会社によると、去年は、大豆の主な産地・ブラジルでの天候不順による収穫量の減少や、中国などの経済活動再開に伴う需要拡大が値上げの主な理由だった。

しかし、今年に入り、ロシアによるウクライナ侵攻がさらなる混乱を招いたという。
ウクライナは「ひまわり油」の輸出量が世界一で、シェアは全体の4割近くに上る。

黒海に面する南部の港湾都市オデーサといった輸出の拠点となる主要な港がロシア軍によって封鎖され、輸出が大幅に減る事態になった。

ウクライナは、カナダやオーストラリアに次ぐ「菜種」の輸出大国でもある。

このため「菜種油」の輸出量も減少し、ヨーロッパがロシア産の「ひまわり油」の代替品として「菜種油」にシフトしていることも相まって需給がさらにひっ迫していたのだ。

食料事情に詳しい専門家は、今の価格高騰は、いくつもの要因が連鎖した結果だと指摘する。
資源・食糧問題研究所 柴田代表
「食用油が値上がりする最初のきっかけは、アメリカとカナダを去年襲った干ばつの影響で『菜種油』の輸出が減少し、植物油全般の値段が上がったことだった。ここにコロナ禍の供給制約の問題、さらに追い打ちをかけるようにロシアのウクライナ侵攻で両国の生産が多い『ひまわり油』の価格の上昇が加わってきた。連鎖的にすべての要因が玉突きとなり、食用油の価格高騰が起きている」

イギリスの国民食 3分の1の店舗が閉店の危機?!

「ひまわり油」を多く使うヨーロッパでは、どんな影響が広がっているのか。

イギリスで今、大きな問題になっているのが、国民的な食べ物「フィッシュ・アンド・チップス」への打撃だ。
タラなどの白身魚をたっぷりの油で揚げて、ポテトフライを添えるこの料理。

イギリスには至るところに専門店があり、市民はお店で食べたり、自宅に持ち帰ったりして楽しむ。

ところがウクライナから「ひまわり油」の輸入が途絶え、ほかの食用油も軒並み高騰したことで、値上げを余儀なくされる店が増えているというのだ。
イギリス南部の海辺の街、ブライトンにある専門店で話を聞くと、影響の大きさに驚かされた。

店が仕入れる食用油の価格は、ウクライナ侵攻前と比べて3倍に。

さらに、原料の魚や、電気やガスの料金も高騰しているため、仕入れコストや経費は、ウクライナ侵攻前の倍に膨れ上がったという。

この店は「フィッシュ・アンド・チップス」を10%近く値上げしたが、それだけではコスト増を吸収することはできない。

この店の店長は、看板メニューの「フィッシュ・アンド・チップス」の提供をあきらめ、食用油をなるべく使わないメニューに変更せざるをえないかもしれないと考えているという。
「メニューは変えたくないが、最悪の事態になればそうするしかないでしょう。食用油は手に入れるのが大変で、少量でなんとかやっていくしかない」
イギリスでは各地の店が厳しい事態に直面している。

業界団体は、国内にあるおよそ1万500店舗のうち3分の1が、今後8か月以内に閉店を迫られるおそれがあると指摘している。
全国フィッシュフライヤーズ協会 クルック会長
「インフレはビジネスを圧迫し、小規模な店はすでに苦境に立たされている。160年前から続くイギリス伝統の食文化であるフィッシュ・アンド・チップスの業界にとって、今回の事態は危機的だ」

インドネシアにも“飛び火” 屋台料理を打撃

影響は、東南アジアにも“飛び火”している。

「食用油の価格を下げろ!」と声を上げる人たち。

インドネシアでは食用油の値下げを政府に求める市民の抗議デモまで起きている。
市民を苦しめているのがアブラヤシから採れる「パーム油」の値上がりだ。

インドネシアは世界のパーム油生産の6割近くを占める最大の生産国で、食用油として広く使われている。
しかし、「ひまわり油」の代替品として国際的に需要が高まり、価格が高騰。

国内の食用油の小売り価格は4月に一時、1年前と比べて最大で2倍近くに値上がりしたのだ。
価格高騰のあおりを受けているのが屋台の食事。

インドネシアでは、日本でもなじみのある「ナシゴレン」のように、さまざまな食材を油で炒めたり揚げたりする料理が好まれるが、この市民の暮らしに欠かせない料理の値上げを余儀なくされる店が相次いでいる。
首都ジャカルタで豆腐や魚のすり身の揚げ物を売る店は、これまで6個で1万ルピア(日本円で約90円)で販売していたが、値段を変えずに5個に減らし、実質的な値上げを余儀なくされた。
店主は、客から不満の声も出て、厳しい状況に置かれていると訴える。
「食用油の値段はまだ高く、小麦などほかの食材の値段も上がっている。油の値段が下がって、商売がしやすくなってほしい」
こうした状況の中、インドネシア政府は国内への供給を優先して価格を抑えるため、一時、輸出を禁止する措置に踏み切る事態になったのだ。

パーム油高騰 影響はシャンプーにも

そして、「パーム油」の価格高騰の波紋は日本にも及んでいる。

「パーム油」は、日本でもカップ麺やスナック菓子、チョコレート、アイスなどの加工食品だけではなく、洗剤やシャンプーなどの原料としても幅広く使われる。
大阪・城東区のせっけんメーカー。

主力商品のシャンプーやボディーソープに「パーム油」から作られる「脂肪酸」を使っている。
コロナ禍で東南アジアの農園で働く労働者の人手不足などから、脂肪酸の仕入れ価格は以前から上がっていたが、ウクライナ情勢を背景にさらに高騰。

そこに原油高や円安の影響も加わったため、この会社の今年4月の仕入れ価格は2020年4月と比べて2倍以上に高騰しているという。
シャンプーやボディーソープの原料の大半は「パーム油」から作る脂肪酸。

価格高騰の影響は大きいが、別の原料にすると泡立ちや肌ざわりといった製品の特徴が変わってしまうため変更することができないという。
牛乳石鹸共進社 宮崎室長
「オイルショックのときよりも原料価格の上昇幅が大きくなっている。コストの削減を進めているが、ここまで価格が高騰すると、もはや企業努力で吸収できる範囲ではないと感じている。ただ原料を変えてしまうと、我が社の石けんの特徴が変わってしまうので、今後も原料の高騰が続くことを想定してやっていかなくてはならない」

世界で食料の争奪戦

連鎖する食用油の価格高騰。

専門家は「世界で食料の争奪戦が起きている」と指摘する。
資源・食糧問題研究所 柴田明夫 代表
「コスト高の一方で需要は相変わらず多く、食料に関する争奪戦という様相を呈している。原材料費の高騰に対して、身近な食料品価格の値上がりの割合はまだ比較的低くとどまっているとみるべきだ。

企業側も抑えきれないレベルにきているので、いろいろなところで価格転嫁の動きが続くだろうし、できるものは国産品へ切り替えるなど対策を考えないといけない。今後も価格の高止まりの状況は続き、待てば下がるものではなく、もはや新しい価格水準に入っている可能性が高い」
食用油、小麦、水産物、トウモロコシ…食料やエネルギーなど多くのモノを輸入に頼る日本では、コロナ禍に「ウクライナ情勢」や「円安」が物価高騰に拍車をかける形になっている。

そして食料品の価格高騰や食品不足は世界で連鎖し、食料の輸出国が自国への供給を優先するために輸出を規制する「囲い込み」も起きている。

私たちの食を守るためにどうしたらいいのか。

「食料安全保障」への意識を高めることが不可欠になっている。
経済部記者
茂木里美
さいたま局、盛岡局を経て現所属
デパートやコンビニなど
流通業界を担当
経済部記者
太田朗
平成24年入局
神戸局、大阪局を経て現所属
重工業界を担当
経済部記者
野上大輔
平成22年入局
金沢局を経て現所属
金融やIT業界を担当
ロンドン支局記者
松崎浩子
平成24年入局
名古屋局、国際部を経て現所属
欧州経済やジェンダー、環境問題など取材
ジャカルタ支局長
伊藤麗
平成27年入局 
盛岡局、国際部を経て現所属
インドネシアと東ティモールの取材を担当