AIに都市を動かせるのか?企業連合で挑む未来都市プロジェクト

AIに都市を動かせるのか?企業連合で挑む未来都市プロジェクト
行き交う人、車。新たに建つ建物に取り壊される建物。都市は刻一刻と目まぐるしく動き続けています。近い将来、そこにロボットや自動運転車が加わることも珍しくなくなるかもしれません。

そんな都市空間をまるごとAIによって制御可能にするという研究が、日本の建設会社や電機メーカーなどによって進められています。果たして実現した世界は明るい未来なのか、それとも…。

「3年後に実用化」というハードルを課しながら、新たな領域に挑む技術者たちを取材しました。

(国際放送局 World News部ディレクター 町田啓太、プロデューサー 小川 徹)

実現目指す“コモングラウンド”とは?

開発が進められている技術の名は「コモングラウンド(共通基盤)」といいます。都市空間のあらゆる情報を一つの大きなデジタルデータにまとめて記述することで、AIによって分析可能にするものです。

どんな情報を扱うのかと言うと、人や車の通行を捉えたセンサーや防犯カメラの映像、建物の並びを捉えた衛星画像に建築物の間取りなど、あらゆる形式で個別にデータ化されているものです。

それらのデータを“デジタルツイン”と呼ばれる、ゲームCG制作で使われるソフトウェア「ゲームエンジン」を活用して作られるデジタル空間に表現します。デジタル空間上に現実の都市の“双子”さながらのコピーを作ることで、AIがデジタル空間中の動向をリアルタイムに予測や分析を行うことができます。

そうして得られた予測や分析結果を現実空間にフィードバックし、ロボットや自律走行する車などを制御したり、スマートフォンなど通信デバイスを持った人や街中のサイネージなどに情報を流したりして、その空間下で最適な行動や環境を促します。
A ある現実空間で人間や車などの移動をセンサーで随時、正確に検知する
B 検知した現実世界の情報をデータ化し、デジタル空間(コモングラウンド)に記述し可視化する
C コモングラウンド上でAIでリアルタイムに分析や予測を行う
D 分析・予測結果を元に現実世界に反映させる
AIがデジタル空間を介して全体状況を俯瞰して分析可能にするコモングラウンドは、ロボットや機械を一台一台人間が操作したり、動作を決定するコンピューターや人工知能を搭載したりする必要もないので、コストを抑えることが期待されています。

いわば、コモングラウンドはサッカーのピッチを俯瞰して選手たちに指示を出す“総監督”のような存在。しかし、コモングラウンドがサッカーの総監督のように現実世界の“選手たち”に指令を出せるようになるためには、一社の持つ技術だけでは達成しえない複合的な技術が必要とされていて、そこでこの研究プロジェクトの多様性が発揮されているといいます。

異分野の混成チームで挑む新技術開発

大阪市北区にある工場の一角に設けられた研究ブースで20人弱が議論を交わしました。集まったのは技術者やデザイナー。

コモングラウンド・リビングラボ(以下CGLL)というプロジェクトは、2019年設立の勉強会を経て、現在では運営企業6社と協賛企業合わせて合計24社もの企業が参加しています。

参加企業には日立製作所のような大手電機メーカーや、都市開発などを手がける建設会社の竹中工務店、それにゲームCG開発会社に地元の製造業など多種多様な業界から参加しています。

その雰囲気は…。
「とにかくどんどんトライしてみましょうよ」
「そう簡単なものでもないんですよ」
「研究所でいろいろと試しているところで…」

立ち上げから3年目を迎える間柄なだけあって、忖度なしで丁々発止の議論が交わされます。その熱量の高さをひしひしと感じました。

しかし持っている技術も企業文化も異なる異業種同士の議論。それゆえに大阪商工会議所や建築家なども参加し、少しずつ“議論の共通基盤”を作ることから始まったと言います。

参加企業の一社である竹中工務店は、建物を新たに作る建設業だけでなく、自社システムを使った既存の建物の管理を行う事業を強化してきました。このプロジェクトを通じて、新たな分野として力を入れている不動産や都市のマネジメントにも還元できると期待しています。

この日の会合で議論されていたのは、先述の概念図中Aの精度を高める方法についてでした。
そこで導入を検討したのが、印刷大手の大日本印刷が開発したこの製品。ガラス製のこの板をモノに取り付けるとその模様がセンサーで検知され、モノの位置情報(高さ・向き・傾きなど)を数ミリの誤差でリアルタイムにデータ化し、デジタル空間上に記述できるようになるものです。

他の技術との接続の検証を行い、今後、コモングラウンド実現に向けて活用されていく予定です。

現在の課題は?

コモングラウンドの概念図で説明したA~Cまでは、現在急速に進んでいるデジタルツインなどの技術である程度実現が可能になってきています。現在課題とされているのが、Dのコモングラウンドでの分析や予測結果を現実空間に反映する技術です。

2か月の交渉の末、研究の一部を見せてもらうことができました。

デジタルツインで制御されている車いすを動かすデモンストレーションでは、人が進路を遮ると、数秒静止したのち、人との接触を避ける形で新たに進路を決定して、動き出しました。

この車いすには人工知能やカメラが付けられているわけではなく、コモングラウンド側での予測・分析に基づいた指示を受けて動いています。
現時点では複数の車いすを同時に制御することもできるようになっているコモングランド開発。

将来的には、安全な移動の制御だけでなく、人と、規格やメーカーの異なる自動運転車やロボット、ドローンが混在する複雑な状況でもそれぞれが協調する、スムーズな移動を実現させようとしています。
この研究に関わっている日立製作所です。日立では近年デジタル技術の開発に力を入れ、デジタル空間と現実空間を連携させるさまざまな技術の開発に注力してきました。プロジェクトに参加することで、こうした取り組みをさらに発展させたいと考えています。
日立製作所 研究開発グループ データマネジメント研究部主任研究員 兵頭章彦さん
「今は、デジタル空間で導いた最適解を、現実空間にどうやって落とし込むのかいちばん注力しています。そのためには、多種類のセンサーやロボットが共通のデジタルツインにつながってデータを共有し、それを活用できる基盤環境を作ることがまず重要でした。各社独自のルールや規格で作った技術や製品はなかなかつなげられないのですけども、複雑な社会課題に取り組む時に日立一社でできることが限られていると思っています」

「そこでオープンな場で議論して意見を出し合い、さまざまな技術やノウハウを持ち寄って取り組むこの開発プロジェクトは絶好の機会と思っています」
CGLLは研究施設での実証実験を経て、2024年度中に都市空間より狭い教育現場という具体的な場所での実証を目指して準備を進めています。

具体的な内容は明かせないとのことですが、「児童が学校の教室に来なくても遠隔地から自席で学習し、バーチャルのアバターかロボットを介して他の児童と交流したり、共同で絵を描いたりする」ことを想定しているとのことです。

プロジェクトのメンバーは、コモングラウンドの双方向性を生かして、子どもの教育機会を拡張できるのではと意気込んでいました。

“3年後実用化”が絶対条件

これだけ複雑で困難な課題を抱えるプロジェクトであるにもかかわらず、「3年後に実用化」という目標は揺らがないと言います。

それは2025年の大阪・関西万博の会場での実装を目指しているからです。

プロジェクトのブレーンである建築家で東京大学特任教授の豊田啓介さんは、世界中から注目されるこの万博という名目がなければ、「大企業に最新技術や知見を他社と共有する動機は作れなかった」と振り返ります。
多くの企業は技術漏えいにつながるリスクなどから他社との技術共有に慎重な姿勢です。しかし豊田さんは粘り強く意義を共有し、万博という世界に日本の技術力を示せる機会に向かってさまざまな企業の結集を呼びかけました。

現時点では、万博で会場内での観覧者の移動や物品の運搬を行う自動運転車や、世界各地のスピーカーが現地からさも会場にいるかのようにアバターで登場して討論する企画、パビリオン内に3D映像で展示されているキャラクターがパビリオンの外でも動いているように見えるアトラクションなど、会場設備とコンテンツの双方で導入を目指して活動を進めているとのことです。

実現は“ディストピア”か、“新たな産業革命”の到来か

コモングラウンドの実現は、私たちにとってどんな意味を持つのでしょうか。

この現実空間に作用するデジタル空間開発は広義では“サイバーフィジカル連携”と呼ばれ、政府の次世代社会のビジョンを示すSociety5.0にも盛り込まれていて、今後社会に実装されていくことは間違いないテクノロジーです。

一方で、この技術が進んでいけば、現実空間よりもデジタル空間が優位になるかもしれません。

コモングラウンドが実装されれば劇的に社会が変わると同時に、アクセスできる者が気ままに現実を支配することもできる“強者総取り社会になっていくのでは”、という考えもよぎりました。

その疑問を豊田さんに直接投げかけました。
株式会社gluon/東京大学生産技術研究所 特任教授 豊田啓介さん
「コモングラウンドは自律分散的な世界です。ある全体を統括する者がビッグブラザー的(イギリスの小説「1984年」に登場する独裁者)にそれを使うことはできないような形で、都度個別に膨大な情報をAIが判断していくようなものになると思います。ですからむしろ誰か一人が全部コントロールすることができなくなると思います。今の僕らの社会的な感覚での1人の悪意を持った人間による人為的なコントロールは難しくなるとは思います」
そのうえで、コモングラウンドに集まる都市のビッグデータを公共財のように誰もがアクセスできるようにしたいと考えている、と私の疑問に答えました。

一方で、コモングラウンド側でのAIによる分析や予測が適正かどうかを適宜チェックする、技術者以外の人間の目も必要となるという見解も示しました。
豊田啓介さん
「コモングラウンドのプラットホーム上での人や車などの社会的な挙動を、社会科学的に分析する人が必要とされるはずです。その人たちはプラットホーム全体をコントロールする力はないけれども、例えばパラメーターを少し変える権限を持っている。自律分散的に処理をするみたいなことができればできるほど、そういう形で社会の方向性を調整していくことになると思います。それをディストピアと考えるよりも、むしろ誰か1人の決定に委ねないことの方が、より社会はよくなる可能性があると考えるという楽観的な考え方があると思います。」

「未来は、もう明らかに一人の人間が処理できる情報量ではないので、このコモングラウンド的なものに委ねていくことになるとは思います」

取材後記

現実世界に広く影響を行使するコモングラウンド。

この技術が進んでいけば、現実世界とデジタル空間の関係性は一変し、現実とは何かという大きな課題が浮かびあがってくるでしょう。

取材を通じて、その便利さは計り知れないものであることを理解しました。

またこれまで一部の企業がデータを独占してきましたが、コモングラウンドが豊田さんの提起するような”データの民主化”につながれば、公共空間の価値を問い直す大きな意義があると感じます。

一方で、コモングラウンドによって最適化された街で、街の豊かさを作っていた“無駄”や、豊田さんが写真でかぶっている帽子に書かれた“雑音”も最適化されてしまわないように、操作されない自由な個人の営みと利便性が両立される未来になってほしいと願っています。
国際放送局 WorldNews部 ディレクター
町田 啓太
2013年入局
新潟局、報道局政経・国際番組部を経て現所属
愛読書は中国のSF小説「三体」
国際放送局WorldNews部 チーフ・プロデューサー
小川 徹
1989年入局
NHKスペシャルで「世界ゲーム革命」「ネクストワールド」「デジタルVSリアル」など、テクノロジーと未来についての番組を制作