ビジネス特集

ピリオド打った“ONKYO”

繊細でクリアな高音域を奏でるONKYOのスピーカー。オーディオファンをとりこにしてきた名門企業「オンキヨー」。業績悪化に苦しみ続けてきましたが、とうとう5月13日に自己破産を申請し、裁判所から破産手続きの開始決定を受けました。なぜここまで追い込まれてしまったのか。取材を深めていくと時代の大きなうねりや日本の製造業の悪いクセが見えてきました。(経済部記者 谷川浩太朗 大阪放送局記者 甲木智和 吉田幸史)

ネット上で相次ぐ惜しむ声

(ツイッターより)
「うわー、マジか、さみしいな…」
「長年愛用していただけにとても悲しい」
「『いい音』にこだわる人が少なくなったのかな…」
「技術あるのにね せちがらいね」
オンキヨーの自己破産の情報が伝わると、ネット上では驚きや惜しむ声が相次ぎました。

中には会社の全盛期を懐かしむ、こんな声まで。
「オンキヨーといえば“ナンノ”のCMだったよな…」

オンキヨー栄光の時代

「ゆっくりと好きになって欲しい」

しっとりとした声で語りかけてくるのはアイドルの南野陽子さん。これは1986年、オンキヨーの人気ミニコンポ「RADIAN」のコマーシャルの1シーンです。

このミニコンポは当時、若い世代が進学や就職をきっかけに手に入れたいと人気となり、オンキヨーを代表する製品でした。
1991年には、ペアで240万円する高級スピーカー「Grand Scepter GS-1」がフランスの権威ある賞を受賞。伝説の名機として今も語られています。
会社は大阪が創業の地です。今のパナソニック、旧松下電器産業のスピーカー製造工場の工場長だった五代武氏が1946年、「大阪電気音響」として起業。
大阪電気音響創業者 五代武氏
音にこだわった製品を次々と世に送り出し、日本を代表するオーディオブランドへと成長しました。

5年連続赤字に債務超過

しかし、リーマンショック以降、大きな利益が上がる状況にはならず、厳しい経営に追い込まれていきます。

2014年3月期の決算からは5期連続の最終赤字となり、2020年3月期には98億円余りと過去最大の赤字を記録。そのよくとし・2021年3月期にも58億円の赤字で、2期連続の債務超過となり、2021年8月に上場廃止になりました。

その後、主力のAV事業を売却するなど、経営のスリム化と立て直しを進めてきましたが、新型コロナの影響もあって生産や売り上げの減少傾向は変わらず、とうとう5月13日に事業継続を断念したのです。

アップルという黒船来襲

なぜ名門オーディオブランドがここまで凋落(ちょうらく)したのか。要因の1つはアップルという黒船の来襲でした。
アップルは2003年、音楽をインターネットを使ってダウンロードして楽しむiTunesのサービスをアメリカでスタート。それまでCDを購入して聴くのが当たり前だった音楽をネットの世界へ解き放ったのです。
iPhoneを披露するスティーブ・ジョブズ氏(2007年1月)
2007年にはiPhoneが発売。

音楽はスマホの中に取り込まれ、音楽のデジタル化が急加速していきました。

市場の変化に追いつけず

オンキヨーも指をくわえて見ていたわけではありません。

パソコンメーカー「ソーテック」を買収するなどデジタル化に対応しようとしていました。

2021年1月に当時の会社の経営幹部に話を聞くと、市場の変化は想像を超える早さだったこと、何よりスマホに音楽が取り込まれたことで、音を再生するオーディオ機器の存在意義が急速に薄れてしまったことが大きな痛手だったと振り返りました。
オンキヨー 林亨取締役(当時)
林取締役(当時)
「マーケットの動きが予想よりもはるかに早く、デジタル技術が進化していったというところに見間違いがあった。オーディオしかやっていない会社なので、その影響をまともに受け、市場に追いつくスピードが足りなかった」

他社との違いは?

環境の急激な変化に苦戦したメーカーはもちろんオンキヨーだけではありません。

しかし、デノンとマランツは2002年に早くも経営統合し、合理化を進めていました。

ケンウッドも日本ビクターと2008年に経営統合し、カーオーディオやドライブレコーダーなど車関連の機器を強みにしていきました。

そして、大企業であるソニーは、オーディオ以外の収益力があり、開発への投資余力があります。

日本の製造業にありがちなケース

オンキヨーも企業買収に乗り出します。
2015年に、かつてオンキヨーよりも上位、オーディオ御三家とも呼ばれたメーカー、パイオニアのAV機器事業部門を買収。商品開発を共通化し、収益力を高めて飛躍を図ろうとしたのです。

しかし、会社の規模を維持することにこだわりすぎました。

市場が縮小しているにもかかわらず、売り上げを維持することにばかり目が行き、ミニコンポなど幅広い価格帯の製品を大量に売り出し続けました。このことで逆に開発費がかさみ、収益が悪化してしまったといいます。

会社の幹部は統合の効果が出るよりも、経営が弱体化するスピードが上回ってしまったと悔しがります。

また、小さなことと思われがちですが、製品の丁寧な説明やアフターケアを怠ったと指摘する業界関係者もいます。店頭で詳しい説明をする担当者が少なく、ファンの心が離れてしまったといいます。

企業経営に詳しい早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授はオンキヨーの業績悪化は日本の製造業にありがちなケースだと1年以上前から分析していました。
長内教授
「20世紀の日本のエレクトロニクスメーカーは、ほとんどの会社が技術で差をつけてきた。このため、性能が高い商品を開発すれば、あとはなんとでもなるという発想になってしまっていた。オンキヨーは、いい商品を作ればいつかは客はわかってくれるだろうという、いわば『作りっぱなし』になっていた。売るというプロセスをあまり重要視してこなかったことが問題で、日本の製造業の典型的な失敗例と言える」

挽回を模索

瀬戸際に追い込まれたオンキヨーは、どのような戦略をとっていたのでしょうか。

まず、会社の規模を維持するという考えを捨てました。徹底したコスト削減のため、本社を大阪市中心部から東大阪市に移転。
大胆な人員削減にも踏み切りました。最盛期には4600人いた従業員は、2021年9月の時点で5分の1以下の800人余りに絞り込んでいました。
高齢化社会でニーズが見込める、補聴器や集音器の販売にも注力。オーディオで鍛え抜いた技術力を「よく聞こえる」製品づくりにいかそうとしていました。

新型コロナによって、マスク越しの会話が増えたこともあり、高齢者からは聞きやすい補聴器や集音器を求める声が高まっていました。2021年1月までの1年間の補聴器の販売台数は、前の年の4倍に伸びていて、今後も強化していきたい分野だとしていました。

また、なんでも自前で完成品をつくる主義をやめ、他メーカーのノートパソコンやテレビに組み込むスピーカーのOEM生産を強化。
ただ、納品している一部の製品には、Sound by ONKYOのロゴを入れてもらうなど、ささやかながらブランドへのプライドを持ち続けていました。

このほか、会社を3つに分割し、資金調達しやすい環境をつくるなど、打てる手はなんでも行い、がむしゃらに再建をはかろうとしていました。

万策尽きる

2021年9月には、スピーカーやアンプといった主力事業をシャープと、オーディオ製造・販売を手がけるアメリカのVOXXでつくる合弁会社に33億円で売却。

このほかにも、イヤホンやヘッドホンといった製品の企画・販売事業なども手放しました。

会社は、「ONKYO」のブランドは残しつつ、他社が生産するオーディオ製品の販売などに絞って収益を上げていこうとしていましたが、新型コロナの影響による半導体不足も重なり、製品を思うように供給できず、万策尽きてしまいました。

信用調査会社の関係者は、こう話しています。
信用調査会社の関係者
「身売りが重なって親会社には事業が残っておらず、経営が上向く材料がない状況だった。コロナ禍や半導体不足が経営悪化のダメ押しになったということも考えられる。従業員に給料が支払えない状況になっていたことも判断材料になったようだ」

真の原因は?

オンキヨーが自己破産にいたった真の原因は何なのか。長内教授は、パイオニアのAV機器事業部門を買収したことがその分岐点だったとみています。

従業員数が増えてしまい、雇用を守ろうとするあまり、売り上げを追うことばかりに目がいってしまったことが経営の方向を見誤ることにつながったというのです。
長内教授
「パイオニアを買収して以降、社員を養うためには、売上げがたつよう商品ラインナップをそろえる必要に迫られてしまった。一方で、オンキヨーブランドとパイオニアブランドの間で、自社の中で共食いの状況になってしまっていた。経営危機に陥った時に、事業をきちんと整理したうえで、『オンキヨーはこういう会社です』というブランドイメージを明確に作り出すべきだった。技術が強かったが故に、経営が弱くなってしまった」
過去の栄光にしがみつかず、自分たちの技術を活用し、ニーズのある分野に柔軟に対応していく。

時代が複雑に、かつ加速度的に変化するなかでは重要な経営戦略ですが、オンキヨーはその重要性が見えなかったか、見えていたとしてもリアルのビジネスに落とし込むのが遅れてしまったということなのでしょう。
多くのオーディオファンを魅了してきた音づくりの技術。テクノロジーの進化、金融危機や新型コロナウイルスの感染拡大など、変化のスピードは早まる一方で、経営戦略の方向性や判断のタイミングはますます難しくなっています。

「ゆっくりと好きになって欲しい」

冒頭紹介したように1980年代のミニコンポのコマーシャルで使われていたフレーズです。

今の時代に求められるのは、「急速に好きになって」もらい、変化する消費者の好みを追いかけるのか、「深く好きになって」もらうのか。

企業が事業を安定的に成長させていくことがいかに大変な局面を迎えているのかを実感させられました。
※2021年3月3日公開のビジネス特集「どうなる?瀬戸際の“ONKYO”」に大幅に加筆修正して掲載しました。
経済部記者
谷川浩太朗 
2013年入局
沖縄局・大阪局を経て去年11月から情報通信業界を担当
大阪放送局記者
甲木智和
2007年入局
経済部で金融業界などを取材し、現在、大阪局で経済担当
大阪放送局記者
吉田幸史
2016年入局
大分局を経て去年から大阪局で経済担当
メーカーやエネルギー業界などを取材

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