薬がない…何度電話しても手に入らない 薬局に密着取材

薬がない…何度電話しても手に入らない 薬局に密着取材
朝から電話をかけ続ける薬剤師。相手は薬の卸売業者です。
「プー、プー、プー」、つながらない。

また次の業者の番号をプッシュ。つながった。
しかし「在庫がない」と言われてまた次の業者へ…

メーカーの不祥事をきっかけに全国で医薬品の供給不足が続いています。薬局に密着取材すると、足りない薬の確保に追われ出口が見えない現場の実情が見えてきました。
(医薬品不足取材班 田中ふみ)

“信頼にも影響”

先月、取材班の投稿フォームに、都内の薬局で働く薬剤師からメッセージが届きました。
「ここ最近は朝、卸業者からの欠品連絡の対応と店舗で何の医薬品が不足しているのかの聞き取りを行い、薬局経営者や薬剤師にとって非常に大変な業務となっております。患者さまにも毎回別のメーカーの薬をお渡ししなければならず、信頼にも影響しております」
メッセージを寄せてくださったのは、東京・中野区にある調剤薬局の薬剤師、遠山伊吹さんです。私(田中)はさっそく遠山さんに連絡し、忙しい現場に密着させていただくことをお願いしました。

相次ぐ異例の事態

薬局のオープン前、遠山さんの朝いちばんの仕事は、薬の卸売業者から届くFAXの確認です。通常なら前日の18時までにオンラインで発注した薬が翌日の午前中に納品される段取りですが、届いたFAXの束には「欠品」の文字が。遠山さん、これは?
「これは血圧の薬が欠品しているという連絡です。本来ならきょう午前に納品されるはずのものですが、一部は来週になってしまうとのこと。毎日飲まないといけない薬なので、もし患者が重なった場合には在庫が足りなくなって、飲むべき時に飲めない可能性があります」
大変な事態ですが、欠品連絡のファックスはこれだけではありません。
「こっちはもっとまずいです。小児用のかぜ薬ですが、冬で処方がかなり多いので、納品が遅れてきょう午後になると今すぐ必要な人に届けられません。さらにこちらのコレステロールの薬は入荷日が「未定」に。普通は「何月何日」とあるが、書いてないので最悪の場合、入荷は来月以降になると思います」
結局この日は発注をかけていた卸売業者6社のうち、3社から欠品の連絡がありました。
医薬品を保管する棚を見せてもらうと、あちこちに「出荷調整」の札がかかっていました。札がかかっているものが入手しづらい「品薄の薬」とのことですが、とても多いように見えます…。
「今は飲み薬の3割から4割が品薄です」
(田中)今までこういうことは?
「全くなかったです。あったとしても年に1、2品目程度とわずかでした。なので薬剤師が把握できていたのですが、今のようにこれだけ多いとすべて覚えられないので札を貼ってわかるようにしているんです」

かけ続ける電話

続いて遠山さん、どこかに電話をかけ始めました。欠品の連絡があった血圧の薬について、別の卸売業者に在庫がないか確かめるということです。

しかし…
プー、プー、プー。
「つながらないですね…各薬局が朝イチで卸(卸売業者)に電話してるからですね。オンラインでのやり取りだと返信は2、3時間後になるから、それでも一応電話しておかないと…」
遠山さんによると、中野区と隣の杉並区で100軒ほどの薬局があるとのことですが、それぞれの薬局が朝いちばんで一斉に電話しているため、つながりにくいのだそうです。

それでも、契約している7つの業者に順に電話をかけていきます。

患者への説明対応も

そうこうしているうちに、薬局がオープンする朝9時をすぎました。

毎月処方せんを持って訪れるかかりつけの高齢の男性患者が訪れました。遠山さんは電話をかけるのを中断して対応します。

実はこの患者が飲んでいたジェネリック=後発医薬品の血圧を抑える薬も入手が難しくなり、2か月前から別のメーカーがつくる同じ成分の薬に切り替えざるをえなくなっていました。
(遠山さん)
「飲んだあと、血圧変わりないですか?」

(患者さん)
「血圧は安定してます」

(遠山さん)
「薬の見た目が変わっていますが、ご迷惑おかけしています」
新しい薬は有効成分が同じですが、薬の色は白からピンクに変わり、大きさも倍近くになりました。同じ成分の薬であれば基本的には同じ効果が期待できますが、薬が合わずに体調などに影響が出る人も一部にはいます。

このため遠山さんは、男性が新しい薬をきちんと服用できているか、体に不調がないかを丁寧に確認していました。

再び電話に戻るも…

対応後は再び電話に戻り、朝イチはつながらなかった卸売業者にかけていきます。
今度はつながりました。
「お世話になります。在庫があればきょう午後いただきたいのですが…」
しかし…
求めていたメーカーの血圧の薬は在庫がないとの返事でした。
「入荷時期は?未定ですか、わかりました。この薬で別のメーカーで在庫あるものがあれば…。在庫なしですか。後発品すべて在庫なしということですね?わかりました。またあればよろしくお願いします」
どのメーカーのものも在庫はない、ということでした。

遠山さんによると、この血圧の薬を飲む患者は薬局に10人いますが、この日の時点で薬局の在庫の残りは100錠。

1日1錠飲む薬なので、もし患者が10人集中して訪れるようなことがあれば1人に渡せるのは10錠ずつしかない、という量です。

遠山さんは「あと100錠は必要な状況だ」として、ほかの卸売業者に電話をかけ続けます。
「メーカーはどちらでも構いませんので、在庫ありますでしょうか?」
業者の返事は「100錠入りの箱はないが、500錠入りが1箱ならある」との内容でした。
この薬の入荷は1か月ぶりのことです。

遠山さんは即決で発注することにしました。
「それ1箱いただけますか。午後便でお願いします」

「500錠発注」への葛藤

注文の電話を終えたあと、遠山さんは通常より多い500錠を発注せざるをえなかったことへの葛藤について話してくれました。
「100錠入りはないということで発注をかけましたが、在庫が5倍になるので私たちのような中小の薬局はこれを繰り返すと在庫金額がかなり跳ね上がってしまうんです。それでも患者さんに薬をお渡ししないというわけにはいかないので、過剰在庫になるリスクを負ってでも患者さんに薬を渡さないといけません。在庫管理の面でも、資金的な面でも町の薬局は苦労しています」
遠山さんはもう1つ、薬局がこれまでより多くの在庫を持たざるをえない理由があると指摘します。

長引くコロナ禍でなるべく通院の回数を少なく済ませられるよう、これまで2週間や1か月分ずつ処方されていた薬が2か月分、3か月分と「長期処方」が行われるケースが増えたことです。
「買いだめをしてしまうと欠品にもつながるので必要量にとどめようと思っていますが、長期処方が増えているのでそれに応えるためには多少はしかたがない面もあると思います」
この日、遠山さんは朝から夕方まで、調剤の作業や患者に対応する時間の合間を縫って卸売業者に電話をかけ続けました。

助け合う仕組みも

それでも入手できない薬はどうすればいいのでしょうか。

遠山さんは同じグループの薬局4店舗でSNSを使って足りない薬の情報を共有し、必要に応じて互いに薬を融通しあう仕組みを作っています。
この日の午後もSNSの書き込みを見て、別の薬局に電話をかけました。
「在庫あれば分けてほしいんですが…。夜いただきに行ってもいいでしょうか。後ほど伺います」
19時に薬局を閉めたあと、車で片道1時間ほどの横浜の薬局までかぜ薬を取りにいきました。

密着させていただいて見えてきたのは、始業から終業まで「足りない薬の確保に明け暮れた1日」といっても過言ではない実情でした。

遠山さんの薬局では去年の夏ころから徐々に薬が入らなくなってきて、日を追うごとに状況が悪化している状態だということです。

私が「いつがピークでしたか?」とたずねると、「今がピーク。よくなることはないので、悪くなる一方ですね」と話していました。

いま求めていること

取材の最後、遠山さんに聞きました。
「今、いちばん求めていることは何ですか」
「以前のように発注した薬が発注通りに即日納品され、患者さんに必要な薬をお渡しすることです」
そのうえで、とひと言付け加えました。
「処方せんを発行する側の医師にも何が不足しているのかを把握してもらうことが品薄解消につながると思います」
遠山さんに取材した内容を今月21日、ニュース番組で放送しました。放送後、遠山さんのもとに近隣のクリニックの医師から連絡があったそうです。
「調剤薬局がここまでひどい状況だとは知らなかった。クリニックで協力できることがあれば教えてください」
足りない薬を確保するために“綱渡り”とも言える異常な状況が「新たな日常」になってしまっている薬局の現場。

状況が大きく改善する兆しはまだ見えていませんが、こうした状況への理解が広がり「いつもの薬をいつもの量、渡す」、そんな当たり前が少しでも早く戻るよう対策を急がなければならないと思います。

この問題について、製薬メーカーが抱える課題や現場の実情、最新の国の動きなど今後も取材を続け随時発信していきます。

医薬品の供給不足を招く発端となったメーカーの不祥事や、別の薬に切り替えざるをえなくなった患者の実情などについては、このすぐ下に並んでいる「薬がない」から始まるタイトルの記事に詳しく書かれていますので、よろしければそちらもお読みください。
また、取材班の投稿フォームにはこれまで約500件の情報やご意見が寄せられています。引き続き以下の「NHK医薬品不足取材班」の投稿フォームから情報を寄せていただければ幸いです。