NEW2022年07月20日

クラウンにも時代の波?

トヨタ自動車の代表的な高級車「クラウン」が転機を迎えています。
67年前に販売を始めて以来、歴代モデルのほぼすべてがセダンだったこの車に、初めてSUV=多目的スポーツ車などのタイプが設定されることになったのです。
会社の決断の背景にあるのが国内の自動車市場を取り巻く環境の変化です。
自動車産業を取材している坪井宏彰記者、教えて!

この車、日本を代表する高級セダンですよね?

そうです。

トヨタが1955年(昭和30年)に発売し、これまで15代にわたって、国産の高級セダンの代表格として親しまれてきました。

初代クラウン

50代以上の方には、一世をふうびした「いつかはクラウン」のキャッチコピーがなじみ深いかもしれません。

サラリーマンのあこがれの車で、富裕層や社用車向けを中心に販売を伸ばしました。

坪井記者
坪井記者

黒塗りの車を、街で見ますよね。

この車の「転機」とも言える出来事が先週行われた新型車の発表会でありました。

16代目となる今回はセダンに加え、SUV=多目的スポーツ車やSUVとセダンを融合させた「クロスオーバー」など3つのモデルが新たに設定されることが明らかになったのです。

さらに国内中心だったこれまでの販売戦略を見直して、海外のおよそ40の国と地域で展開するグローバル車種と位置づけ、海外を含めた販売目標を年間20万台としました。

価格についてもこの秋、日本で発売する「クロスオーバー」のタイプで435万円からと、セダンどうしの比較ではありませんが、これまでのクラウンと比べて、50万円ほど安くなりました。(最も安いグレードで比較)

トヨタ自動車 豊田章男社長

豊田章男社長は発表会で「ロングセラーが生き残るにはみずから変わるチャレンジをしないといけない。世界に誇る日本の技術と人財を結集した車でもう一度、世界に挑戦したい」と述べました。

坪井記者
坪井記者

モデルも一気に増やし、海外展開ですか。でも、どうして?

背景にあるのが日本の自動車市場の大きな変化です。

歴史を振り返ると、1990年代まで圧倒的な人気を誇っていたのはセダンタイプの車でした。

こちらの表は、30年ほど前と去年の新車販売のランキングです。

坪井記者
坪井記者

昔はセダンが主流だったんですね

歴代のクラウン

1990年はバブル景気の真っ盛り。

国内の新車の販売台数は770万台余りとピークを迎え、トップ10のうち9車種がセダンの設定がある車でした。

クラウンの販売台数も今のおよそ10倍、年間20万台余りにのぼりました。

しかし、そんな時代も終わりを告げます。

バブル崩壊や経済の長期低迷の時代をへて、維持費の安さや燃費の良さを強みとする車のニーズが高まって、軽自動車やコンパクトカーの販売が次第に伸びていきます。

最近ではSUVの人気も高まり、去年(2021年)はトップ10のうち、半分を軽自動車が占めたほか、SUVやコンパクトカーが上位となりました。

一方で、セダンの設定があるのは1車種だけとなり、クラウンの販売も2万台余りに落ち込んでいます。

こうした状況を受けて、自動車メーカーの間では、時代を彩ってきたセダンの生産を取りやめる動きが相次いでいます。

▽2019年 マークX トヨタ自動車
▽2021年 レジェンド ホンダ
▽2022年予定 シーマ・フーガ 日産自動車

坪井記者
坪井記者

30年で国内市場も様変わりしたんですね?

はい。

こうした市場の変化に影響を及ぼした要因として、消費者の好みの多様化に加えて、日本の賃金の状況や、車の価格が様変わりしたことも挙げられると思います。

まず、賃金についてですが、国税庁の民間給与実態統計調査を見ると、働く人の平均給与は平成に入って以降、ずっと400万円台にとどまり、賃金の伸び悩みが鮮明です。

物価の変動の影響があるので単純には比較できませんが、車を購入する時の経済的な負担や維持費の大きさがネックになっている可能性があり、いわゆる「若者の車離れ」とも無関係ではないと思います。

一方で、賃金が伸び悩む中でも、実は車の価格自体は上昇しています。

国の統計を見ると、例えば小型乗用車(排気量1.5リットル超)では、1991年に139万円だった平均価格が2015年には307万円に、軽自動車でも68万円(1991年)が157万円(2021年)と、いずれも2倍以上となっています。
(出典:総務省 小売物価統計調査)

自動ブレーキや誤発進防止装置といった安全支援システムなど装備の充実に伴って、価格が上がっているとみられますが、賃金が伸び悩む中での車両価格の上昇も、売れ筋の車の変化につながっているのだと思います。

坪井記者
坪井記者

市場が変化しているからこそ、各社も対応を迫られているんですね。

そのとおりです。

そして、今、国内を見渡せば、車に対する価値観は一段と多様化しています。

かつてのステータスシンボルとしての車という意味合いは人によっては薄れています。

一方、カーシェアの普及に見られるように、必ずしも所有にはこだわらず、移動手段として価値を見いだす人も増えています。

これに対し、自動車メーカーも、さまざまな車種を毎月の定額制で利用できるサブスクリプションを導入するなど、所有から利用という消費者の好みの変化を意識した売り方を模索しています。

長く愛されてきた名車にも押し寄せる時代の波。

大きなうねりにつながり得る、小さな変化を見逃さないよう取材を続けたいと思います。

坪井記者
坪井記者