追跡 記者のノートから日大事件 前理事長裁判~国内最大規模の学校法人で何が

2022年2月16日司法 裁判 事件 不正

国内最大規模の学校法人、日本大学を揺るがした一連の事件。

東京地検特捜部の強制捜査から5か月あまりたった2月15日、13年間にわたって学校法人のトップを務めた田中英壽前理事長の初公判が開かれました。

事件について前理事長が公の場で話をするのは初めてです。

「反省はしている」と述べた一方、「なんでこうなったか理解できないところもある。自分なりに残念に思う」と自らの思いをにじませました。

※2023年8月10日追記

9万5000人が通う学校法人で何が…

日本大学の理事長だった田中英壽被告(75)は、大阪の医療法人の前理事長らから受け取ったリベートなどおよそ1億1800万円の所得を隠し、平成30年と令和2年の2年間にあわせておよそ5200万円を脱税したとして所得税法違反の罪に問われています。

日本大学前理事長 田中英壽被告

日本大学をめぐっては、田中前理事長の側近だった井ノ口忠男元理事(64)と、大阪の医療法人の籔本雅巳前理事長(61)も、大学の付属病院の建て替えなどに関して、あわせて4億円余りの資金を籔本前理事長側に流出させ、大学に損害を与えたとして、背任の罪で起訴されています。

左上:医療法人「錦秀会」 籔本雅巳前理事長   右上:日本大学 井ノ口忠男元理事

13年間にわたり“君臨”

学生や生徒などの数が9万5000人を超える国内最大規模の学校法人・日本大学。

田中前理事長はそのトップを13年間にわたって務めました。

自身も日本大学のOBで、在学中は相撲部で活躍。

大学職員を経て平成20年に学校法人の理事長に就任すると、4年後には当時、経営の実質的なトップだった総長のポストを廃止し、名実ともに学校法人のトップとして絶大な影響力を持つようになりました。

「理事長に意見した人が左遷やパワハラで退職を余儀なくされるのを多くの教職員が目の当たりにしていた」と話す大学関係者もいて、「理事長の存在は絶対だった」ということです。

「争う気はありません」

東京地方裁判所で開かれた初公判。

傍聴券を求めて250人以上が裁判所に集まり、関心の高さがうかがえました。

初公判に黒のスーツに赤のネクタイ、胸元にはポケットチーフを入れた姿で臨んだ田中前理事長は、軽く一礼して法廷に入りました。

裁判長から証言台の前に促され、ゆっくりとした足取りで証言台に立ち、起訴された内容について問われると、かすれた小さな声で「争う気はありません」と述べました。

弁護士も「起訴内容をいずれも認めます」としました。

検察の主張は

検察官と田中前理事長

検察は冒頭陳述で「田中前理事長は、井ノ口元理事から日大に関係する業者からのリベートを妻を介して受け取っていたほか、籔本前理事長からも取り引きで利益を得た謝礼などとして多額の金銭を受け取っていた」と主張。

「受け取った現金を税務申告せず、自宅で現金のまま保管していた」と述べました。

また、籔本前理事長から受け取った現金について「お礼の趣旨だと思った」とする本人の供述調書や、申告していなかったとされるおよそ1億1800万円について、受け取った相手や金額、場所などの詳細を示しました。

検察の主張では、現金の受け渡しは2年間で8回。

このうち半数は、田中前理事長の妻が経営するちゃんこ料理店で行われたとしています。

おととし10月には、ちゃんこ料理店で井ノ口元理事から、大学関連の取り引きで利益を得ているという趣旨で清掃業者などに拠出させた150万円と、自身が大学の理事に復帰させてもらった謝礼としての150万円を渡されたということです。

<現金の受領状況(検察の冒頭陳述)>
⦿籔本前理事長から4回にわたり計7500万円
⦿3つの設計・建築業者から計4020万円
⦿5つの清掃業者から計150万円
⦿井ノ口元理事から150万円

初めて事件について明らかに~何を語ったのか

このあと田中前理事長への被告人質問が始まりました。
公の場で事件について語るのは初めてです。

手をひざに置き、証言台の前に座った前理事長。

はじめに弁護士から「検察官が作成した供述調書に間違いはないか」と問われると、小さな声で「はい、そのとおりです」と答えました。

その後、妻を介して井ノ口元理事や籔本前理事長などから多額の現金を受け取ったことについて確認を求められると、繰り返し「はい」と短く淡々と答えるだけで、自らの言葉で事件の経緯を説明することはほとんどありませんでした。

最後に弁護士は「理事長としての在任期間が長期化し『ガバナンス不全に陥っている』と指摘されていることについて、どう思うか」と尋ねました。

これに対しては「理事長として責任は感じていますが、それ以上のことは考えていません」と述べ、多くを語りませんでした。

続いて、検察官からは事件に対する認識や受け止めについて、繰り返し質問が出されました。

検察官

今回の脱税事件についてどう考えるか

(20秒ほど考えてから)
まあ、嫌な思いをしましたよ

前理事長
検察官

脱税がなぜ刑罰を科されるかについてどう考えているか

あまり考えていません

前理事長
検察官

納税は国民の義務だという意識が足りなかったのでは

(きっぱりと)
ずっとまじめにやってきましたよ

前理事長

今回の件については反省しています

“トップ”としての責任について

さらに、国内最大規模の学校法人の理事長としての責任をどう考えるか問われると「多方面に迷惑をかけたことについても、十分反省しています」と話しました。

そして、今後の大学との関わりについては「大学の発展を願っているが、今後は関係を持ちたくない」と述べました。

大学は事件後、「田中前理事長と永久に決別し、その影響力を排除する」と宣言していて、それを受け入れた発言となりました。

およそ20分続いた被告人質問。

最後に裁判長も直接質問しました。

裁判長

日本大学の理事長の立場、地位にある人が、このような事件を起こした社会的な責任について具体的にどう感じているか

事件を起こしたことは大変申し訳ないと思い、反省はしております

前理事長

そう語りつつも、最後には「自分でなんでこうなったか理解できないところもありますので。自分なりに残念に思っています」と述べました。

判決 “単純だが大胆な手口”

※2023年8月10日追記
初公判で言葉少なく質問に応じていた田中前理事長。

みずからの言葉で事件について詳しく説明することはありませんでした。

そして、初公判からおよそ1か月後の去年3月19日。

東京地裁は田中前理事長に懲役1年、執行猶予3年、罰金1300万円の有罪判決を言い渡しました。

判決で野原俊郎裁判長は「国内最大規模の学校法人の理事長がみずから主導して大学の関係業者から謝礼の趣旨で多額の現金を受け取っていた。現金は自宅で保管し、所得から除外して確定申告するよう妻に指示していて、単純だが大胆な手口だ。関係業者から謝礼を受け取っていたことが表沙汰になるのを隠蔽しようとした動機は身勝手で酌むべき事情はない」と指摘しました。

田中前理事長は淡々とした様子で判決の言い渡しを聞き、裁判長に軽く一礼して法廷をあとにしました。前理事長側は控訴せず、判決は確定しました。