都会に憩いの場を と各地に作られた人工のビーチ。
ところが千葉では、若者が溺れて亡くなる事故が相次いでいます。
一見、“危険がなさそうに見える”都会の人工ビーチでなぜ?
命を落とさないため、知っておいてほしいことがあります。
2021年8月6日事故 子ども
都会に憩いの場を と各地に作られた人工のビーチ。
ところが千葉では、若者が溺れて亡くなる事故が相次いでいます。
一見、“危険がなさそうに見える”都会の人工ビーチでなぜ?
命を落とさないため、知っておいてほしいことがあります。
東京湾に面する千葉市の幕張新都心を上空から撮影した写真です。
手前に見える丸いものはプロ野球・千葉ロッテの本拠地 ZOZOマリンスタジアム。
その奥には幕張メッセや高層ビル群、マンションなどが建ち並びます。
そして、球場のすぐ手前、東京湾に面して広がるのは住民の憩いの場となっている「幕張の浜」です。
天気が良ければ東京湾越しに東京スカイツリーや富士山ものぞむことができるこの浜辺。
スマートフォンで写真を撮る若い人の姿もみられました。
2人組の女性に声をかけてみると、“インスタ映え”スポットとしても人気だそうです。
市民の憩いの場、「幕張の浜」。
一見穏やかに見えるこの海、実は遊泳禁止になっています。そして、相次ぐ水難事故の現場でもあるのです。
千葉県市川市に住む、菅沼建一さんです。
建一さんは2018年7月31日、幕張の浜で息子の大斗(ひろと)さん(当時17)を亡くしました。
大斗さんが亡くなったあとも同じ場所で繰り返される事故のニュースを見て、やりきれない思いを抱えていたといいます。
「若い命が亡くなりすぎている。これ以上、もう事故が起きてほしくない」と、私たちに話をしてくれました。
菅沼建一さん
「(その日に)戻れるなら『行くな、海に行くな』と言いたいです。ニュースを見る度につらいですね。『またか』って。4年連続というのが…。
毎年亡くなっていると聞くとやるせない気持ちになります」
2018年7月31日。
当時高校2年生で夏休みだった大斗さんは中学時代の同級生と自転車で出かけました。
建一さんはLINEで「海に行ってくる」「友達の家に泊まりに行っていい?」と連絡を受けたといいます。
泳ぐのが苦手だったという大斗さん。
連絡を受けた建一さんは海に入らず浜辺で遊んでいるものだと思っていたそうです。
しかし、帰宅した建一さんに、妻からは信じられない電話がかかってきます。
「大斗が、死んじゃった」
幕張の病院に急いで向かい、目に飛び込んできたのは横たわった大斗さんの姿でした。
菅沼建一さん
「寝ているようにしか見えず『起きろよ』と何度も声をかけましたけど、目を覚ますことはありませんでした。本当に悲しい、それしかない。今、息子ともっと話しておけば良かったと悔いが残っている。
今、流行っているものとかを聞きたかったし、介護士になりたかったと言っていたので、そういう話をもっと聞きたかった」
その上で、菅沼さんは大斗さんと同世代の若者にむけて伝えたいことがあるといいます。
「これまでにこの海で遊んだことのある人の中には、たまたま亡くならなかった人もいるかもしれない。
でも、ここで亡くなった人が大斗を含めて5人いるということを頭に入れてもらいたい。遊泳禁止の海には行かないでほしい。
遊泳禁止の海で泳ぐことは命を捨てにいくことだと伝えたい。今、一人でも多くの人にこのことを知って欲しいんです」
2018年以降に亡くなったのは十代の若者ばかり。なぜなのか。
浮かぶのは2つの疑問です。
➀一見、穏やかに見える海にどのような危険が潜んでいるのか?
➁なぜ遊泳禁止にも関わらず多くの若者が海に入ってしまうのか?
まず、➀について明らかにするため、事故現場の現地調査にあたった専門家に話を聞きました。
水工学などが専門で水難事故に詳しい長岡技術科学大学の犬飼直之准教授。
相次ぐ事故を受けて、去年10月、幕張の浜の現地調査を行うなど原因究明を進めています。
犬飼准教授が示してくれたのが事故の現場を記した地図でした。
一緒に来ていた友人の証言などから2018年以降になくなった5人のうち4人は赤い丸の左側にある突堤から飛び込んだとみられることもわかったといいます。
突堤の特定の場所から飛び込んだ若者が次々と亡くなった原因は何か、犬飼准教授らは周辺の海底の地形の調査を行いました。
調査の結果、見えてきたのが突堤の真ん中付近にある“予想外”に深い場所です。
犬飼准教授が作成した海底の地形図。寒色から暖色になるにつれ、深くなっていることを示しています。
突堤中央部のすぐそば、飛び込んだときに着水するあたりに、オレンジ色(2.5メートルほど)に表示された場所があり、えぐれたように深くなっているのがわかります。
犬飼准教授
「突堤横は波の影響で砂が削られやすく、深くなっています。溺れた人たちは突堤の上から飛び込むとき、その深さが分からずに飛び込んでしまったのではないか」
各地の水難事故について調査・分析している水難学会の斎藤秀俊会長は、この深さが事故を生む原因の一つだと指摘します。
水難学会の斎藤秀俊会長(長岡技術科学大学大学院教授)
「飛び込んだときに足がつかないと浮かんでくるのに時間がかかるので、その間に溺れてしまう可能性が高まります。深い場所での死亡事故が集中しているので、一連の事故は深い場所に飛び込んだことが原因だと思います」
さらに、調査で見えてきたもう一つの原因が、突堤のそばで発生する複雑な波です。
犬飼准教授によると、現場の突堤では
▼沖から来る波
▼突堤にぶつかって跳ね返ってできる波
▼砂浜にぶつかって跳ね返ってできる波
など、複数の波が重なり合う「干渉波」とよばれる小刻みな波が発生しやすいこともわかりました。
犬飼准教授
「干渉波がある場所では、様々な方向から小刻みに波がきます。身長より深い場所では顔を出して呼吸をしようとしても、波にタイミングをあわせるのが難しくなります。
顔の前にくる波が一定ではなく不規則になるので、呼吸のタイミングを合わせるのが難しいのです」
相次ぐ事故の原因の一部が見えてきました。
その一方、なぜ遊泳禁止にも関わらず多くの若者が海に入ってしまうのか?という疑問は残されたままです。
現場の注意喚起が十分行われていないのではないか?
再び現場を訪ねてみると
目に飛び込んで来たのは「危険 立入禁止」などと書かれた多くの警告表示です。
大斗さんが亡くなった、2018年の時点では遊泳禁止を告げる看板や柵は現在ほど多くなかったといいます。
その後、相次ぐ事故を受けて、管理する千葉港湾事務所は訪れた人の目につきやすい看板や柵を新たに設置したといいます。
しかし、そのあとも去年、ことしと事故が起きているのです。
「自分は大丈夫だ」
警告表示があるにも関わらず、若者たちが危険性を見誤ってしまうのはなぜか?
取材を通じてこの海に感じてきた「一見、穏やか」という印象。
その印象が危険性を感じさせない一つの要因となっているのではないか。
さらに取材を進めるとこうした印象を与える背景に、この人工海浜が生まれ、遊泳禁止になるまでの経緯が関係していることがわかってきました。
もともと、幕張の浜の周辺は引き潮になると沖合まで干潟になる遠浅の海でしたが、高度経済成長期、埋め立てと住宅などの開発が進められました。
こうしたなか、都市化が進む一帯で市民の憩いの場を作ろうと浮上したのが人工の海水浴場計画でした。
1979年、海水浴場として幕張の浜は作られたのです。
都市に隣接した海水浴場、幕張の浜は多くの海水浴客で賑わいを見せました。
しかし、その後、幕張の浜は難しい問題に直面します。
波や潮の満ち引きにともなって、砂が流されてしまい、海水浴場として維持するためには毎年ダンプカーで大量の砂を投入する作業が必要となったのです。
こうした維持管理にかかる費用や、水質の悪化、さらに、危険なアカエイの発生などもあり、2000年以降は海水浴場としての利用が休止。遊泳禁止になったのです。
海水浴場ではなくなり、砂の補充も行われなくなった幕張の浜では年々砂の浸食が進みました。
管理する千葉港湾事務所はその危険性についてこう話します。
「もともとは海水浴場だったので砂浜は残っているが、ならす作業をしていない。海にはいると急に深くなる場所が点在している。危険なので海には入らないでほしい」
水中は砂が流出し、深く、危険な場所がある。
しかし、その一方で、今も一見「海水浴場」のような景色が広がっています。
泳げそうだ、と感じてしまう ということなのかもしれない
交通事故など、不慮の事故を予防するための心理学的研究を行う大阪大学大学院人間科学研究科の中井宏准教授に話を聞きました。
中井准教授
「幕張の浜の写真を見たが、なぜ、ここで溺れてしまうのかイメージがわきにくい場所だと思う。『あぶない』『遊泳禁止』と言われても自分が見て感じた危険性とギャップがあり、伝わりにくくなっているのではないか。
道路でも白線をきれいに引き直すと、かえって安全だと思ってスピードを出す車が多くなることがある。視覚情報で安全性を誤って認識してしまうこともある。
なぜ、ここが遊泳禁止になっているのか、なぜ危ないのか、その理由が具体的に伝わる方法を検討しても良いのではないか」
現場には「危険だ」とは書いてあります。
しかし、中井准教授が指摘するように「なぜ危険なのか?」は詳しく説明されていません。
訪れた人が”一見、感じ取りにくい危険性”を理解してもらうために、現在の柵や看板に加えて何かできる対策はないのか、千葉港湾事務所に聞きました。
千葉港湾事務所
「これまでも看板や柵の設置をしてきたので、新たな看板などの設置予定はありません。現場を定期的にパトロールするなどして、遊泳している人がいれば、なぜ危険なのか、直接伝えていきたい」
「遊泳禁止の海には行かないでほしい。遊泳禁止の海で泳ぐことは命を捨てにいくことだと伝えたい。今、一人でも多くの人にこのことを知って欲しいんです」
息子の大斗さんをなくした菅沼建一さんの言葉です。
幕張の浜のように遊泳禁止になっている場所には、禁止されている理由があります。
「なんでこの海は遊泳禁止で、あの海は泳げるんだろう」
私もそう感じたことがありますが、それには理由があるのです。
こうした危険は幕張の浜に限ったものとは限りません。
遊泳禁止場所や海水浴場以外の場所で泳ぐのは危険だと家族や大切な友人に伝えてもらえればと思います。
(千葉放送局記者 杉山加奈)
記事の公開後、菅沼建一さんから感想とメッセージが寄せられました。ご紹介します。
「取材を受けたのは、死んだ大斗のおやじが伝えることで、次に亡くなる子がいなくなればいいなと思ったからです。
この夏はここで亡くなる人が出ていないので、記事が届いたのかなと思いました。
声が届いたなら、心の片隅に入れておいてほしい。
遊泳禁止の場所は記事でも言われていたように、危険な場所。そこを命の捨て場所にしないでほしい。
来年、再来年も、次の大斗たちを作らないように、みんなで、学校で伝えてほしい。大斗の例を紹介して、考えてもらいたいです」
富山放送局記者
杉山加奈 2018年入局
前任の千葉放送局で発生時に現場に駆けつける。継続してこの事故を取材。
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