2023年10月31日
パレスチナ カタール イスラエル 中東

イスラエル人質交渉 なぜカタールが仲介?ハマスとの関係は?

イスラエル軍が地上での軍事行動を拡大させる中、ガザ地区に230人以上いるとされる人質はどうなるのか。

人質解放に向けた交渉を仲介していると言われるのが中東のカタールです。

なぜイスラエルとハマスの仲介役になれるのか?そもそもカタールってどんな国?カタールの政治に詳しい専門家に話を聞きました。

(国際部記者 松本弦)

そもそもカタールってどんな国?

産油国が集中する中東ペルシャ湾に面したカタール。

首都ドーハの高層ビル群

2022年のサッカーワールドカップの開催地にもなりましたが、国土は秋田県とほぼ同じ大きさ、ワールドカップの開催国としてはもっとも小さい国でした。

サッカーワールドカップ カタール大会 (2022年)

天然ガスの生産が盛んで、日本も多く輸入してきました。君主制で中東地域では若い40代のタミム首長が統治を行っています。

人口は300万ほどですが、その大半は外国からの労働者です。正確なデータは明らかにされていませんが、国民は1割程度と言われていて、町を歩くとインド、パキスタン、フィリピンなどアジア出身の出稼ぎ労働者の姿が目立ちます。

そのカタールが、イスラエルとハマスとの間の人質解放交渉を仲介し注目を集めています。いったいなぜなのか。

カタールの大学で客員研究員を務めた経験もある日本エネルギー経済研究所中東研究センターの堀拔功二主任研究員に話を聞きました。

日本エネルギー経済研究所中東研究センター 堀拔功二 主任研究員

(以下、堀拔主任研究員の話)

なぜカタールが仲介役に?

カタールが人質の解放に向けた仲介を担うことは、実はわりと自然なことだったと思います。というのも、カタールはハマスとイスラエル、その両方にコネクションを持つ国だからです。

両方にコネクション、パイプを持つ国というのは、おそらく中東地域ではカタールとエジプト、あとはトルコぐらいだと考えられます。

カタール タミム首長

とりわけハマスに関して、カタールは意思疎通をとれる窓口を持っています。

2012年ごろに、ハマスがドーハに政治事務所を持ったことで、双方の関係はより深まったと考えられます。現在、ハマスの政治局局長のハニーヤ氏もカタールを拠点に活動しています。

カタールでイランの外相と会談するハマスのハニーヤ氏(右)

イスラエルや各国の意見をハマス側に伝達する一方、ハマス側もカタールを通して自分たちに有利な交渉条件や妥協点を探ろうとしているのだと思います。

人質をとられている国からも、カタールに解放交渉に向けて協力してほしいという依頼が来ています。

例えば、普段はカタールと政治的・外交的にコミュニケーションを目立ってとるような国ではないタイやネパールとも対話が交わされています。そのほか、アメリカ、イギリス、フランス、カナダなどとも密に連絡をとっています。

発生から2週間で、私がカウントしている限りでは、諸外国の首脳級・外相級との対面や電話での会談が66回行われていました。

仲介はどうやって行われるの?

カタールは、当事者からの仲介要請があってから仲介作業に移るということをかなり厳密に守っていると言われています。

当事者からの信頼を崩さない姿勢で両者の対話に向けた環境整備を行うことに徹しているとみられます。今回も、ハマスとイスラエル、さらには人質にとられた外国政府から要請があったと私自身は考えています。

また、カタールは過去に、パレスチナ問題に限らず、さまざまな紛争や対立、人道的な問題に関して、仲介を行ってきました。そうした実績も評価され、今回のイスラエルの人質解放に関しても仲介役としての期待が高まったということが言えると思います。

たとえば、対立するアメリカとイランの間の仲介です。

カタールはアメリカと関係が良く、ドーハ郊外にはアメリカ軍の空軍基地があります。米軍の中東の拠点として非常に大きなもので、イラク戦争やアフガン戦争の作戦でも最前線として機能しています。

カタールの空軍基地に着陸するアメリカ空軍の戦略爆撃機

その一方で、アメリカと敵対するイランとも非常に緊密な関係にあります。

ことし9月にはアメリカとイランの間で囚人交換が行われたのですが、この時、仲介をしたのもカタールでした。

イランから解放されドーハの空港に降り立つアメリカ人(2023年9月)

どうしてハマスと関係があるの?

ハマスはもともと「ムスリム同胞団※」のパレスチナ支部を母体とする組織です。

そのムスリム同胞団とカタールは良好な関係にあり、カタールは1960年代から同胞団を支援したり、彼らの亡命先となったりしてきました。ハマスとは、2006年にパレスチナで議会選挙が行われた時ぐらいから関係を持ってきたと言われています。

※ムスリム同胞団
1920年代に、イスラムの教えに基づいた社会の実現を掲げて、エジプトで結成したイスラム組織。パレスチナ問題をめぐってはイスラエルを強く非難している。

また、カタールがハマスをサポートしている側面もあります。首都ドーハにあるハマスの政治事務所がカタール政府と緊密な連携、コミュニケーションをとっていると考えられています。

現在のハマスの政治局局長のハニーヤ氏のほか、その前の局長のマシャル氏など歴代の幹部もドーハに滞在していました。

カタールで会見するハマスの前の政治局局長 マシャル氏(2014年)

カタールはガザ地区へこれまでも人道支援を継続して行ってきました。

さらに、カタールに住む多くのアラブ人はパレスチナ・ガザの人々への支持や連帯を強く打ち出しています。その過程で、ガザ地区を実効支配するハマスとの関係を深めていったわけです。

カタールの前の首長が2012年にガザを訪問したり、ハマスの幹部が定期的にカタール政府の幹部と会談したりと、協力・連携は常に行われています。人道支援などの結果、ハマスもカタールを信頼しているわけです。

パレスチナ ガザ地区を訪問するカタール ハマド前首長(右・2012年)

イスラエルとの関係は?

イスラエルとカタールは公式な外交関係はありません。ただ、1996年頃から2009年にかけてドーハにイスラエルの貿易事務所、通商代表部というものがありました。

その後もパレスチナ情勢への対応やガザ地区への人道支援をめぐって、イスラエルと水面下でのやりとりが続けられました。イスラエル側からしても、ある程度カタールに対する信頼はあったのだと思います。

サッカーワールドカップの開催期間中に運航された イスラエル-カタール直行便の搭乗客

カタールはパレスチナ問題に関しては基本的にパレスチナ側に寄っていますし、今回の件に関しては、長年ガザを封鎖してきたイスラエル側に完全に非があるという立場の声明を発表しています。

とはいえ現実的に、中東の安定化、色々な経済的な関係を含め、イスラエルとの関係を持つことは決して悪いことではないという認識もあったかと思います。

それが歴史的に、20年ぐらい前にドーハとイスラエルが非公式な経済・外交関係を有していた理由だと思います。

そもそもなぜ仲介に積極的なの?

仲介外交は、小国のカタールが生き延びていくための生存戦略に他なりません。

ドーハ

カタールは色々な国や組織と関係を維持することで、国家としての安全保障や安定的な環境を作ろうとしています。また、その外交戦略はカタールの国際社会におけるプレゼンスや影響力を高めるといった結果があります。

その結果、カタール自身が諸外国から評価され、大事にされることにつながるのです。諸外国と強力な関係を築くことは、内政面でも君主体制の安定化に資すると言えます。

カタールは誰とでも仲良し?

カタールは「全方位外交」を得意としています。これは色々な国や勢力、西側やグローバルサウスなどと分け隔てなく関係を持つことです。

国家レベルで見ても、アメリカ、それに対立するイランや中国とも関係があります。ロシア、ウクライナ双方とも関係を維持しています。

このうち、中国に関しては、カタールには、中東で初めてとなるパンダが贈られるなど関係が強化されています。今やカタールにとってLNGの最大の輸出国が中国になっています。

中国から貸し出されたジャイアントパンダ(カタール 2022年)

関係があるのは国だけじゃないの?

「非国家アクター」と呼ばれるような組織、国際的にはテロ組織と呼ばれているようなハマス、ムスリム同胞団、イスラム主義勢力のタリバンといった組織ともある程度関係性を維持しています。

有事の際にそのチャンネルをうまく交渉に使うことができ、外交のカードとすることを、カタール自身が非常に得意としてきました。

このうち、アフガニスタンの暫定政権を握っているタリバンについて言えば、国際社会は対話や交渉ができていません。そういう中で、カタールは国際社会とタリバン政権との橋渡し役を担っているわけです。

タリバンの兵士(カブール)

カタールは現実主義的立場、プラクティカルにタリバンという存在を認め、その関係を維持することによって問題を少しずつ解決していこうという考えを持っています。

また、レバノンのシーア派組織ヒズボラをめぐっても、2000年代にカタール政府の幹部がヒズボラの代表と面会したという報道がありました。タリバンやハマスと比べると関係性は見えにくいですが、何らかのチャンネルは持っていてもおかしくありません。

ハマスなどとの関係 批判はないの?

大きな批判があるのは確かです。例えば10月7日のハマスの奇襲攻撃に対して、なぜカタールがハマスを受け入れ、支援しているのかといった声は、アメリカ国内からも上がっていました。

最近では、アメリカ政府もカタールに、ハマスとの関係を見直すよう要請しているとの報道もありました。

また、過去にはカタールと「ムスリム同胞団」の関係が問題視されたこともありました。周辺のサウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプトの4つの国から「ムスリム同胞団との関係を切りなさい」と圧力をかけられ、2017年から2021年にかけてカタールはこれらの国から断交されてしまいました。

カタールが特殊な国や特殊なアクターとの関係を持っていることは、諸刃の剣という側面もあります。

国交断絶により一時閉鎖されたサウジアラビアとカタールの国境検問所(2017年)

今後、人質解放の交渉以外にも仲介役を担うの?

今の段階では、イスラエルが求めていることはおそらく人質の解放でしょう。

ハマスとして応じられることも人質の解放で、その見返りとして例えば燃料や食料などの人道支援物資の搬入を要求しているのだと思われます。こうした人質、人道支援物資などの点に関しては、カタールが仲介をする、貢献をする余地はまだまだあると思います。

ハマスから解放された人質の女性たち

一方で、停戦といった話になると状況が違ってくると思います。

現時点で、イスラエルは地上戦をしてでもハマスを根絶することを目標としている、と私は理解しています。そのため、カタールに対して停戦に向けた仲介を要請するかと言うと、今の段階では、まだそこまでには達していません。

イスラエル軍がガザ地区で展開しているとする戦車・装甲車(2023年10月30日)

おそらく、今後情勢が泥沼化して各国がイスラエルに対する批判を強め、イスラエル自身も出口戦略を探る中で停戦をせざるを得ないと判断をした時に、カタールやエジプトなどが、双方の停戦に向けた交渉を仲介するのではないかと考えています。

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