「音楽の都」ウィーンのあるオーストリア。実は、ヨーロッパでは新型コロナウイルス対策の“優等生”として評価されてきた国のひとつです。そのオーストリアでもここにきて再び感染が拡大し、2度目の外出制限に踏み切ることになりました。ウィーンの禰津博人支局長が現地の様子を伝えます。
”優等生”のオーストリアは今
オーストリアは、春先の感染拡大の第1波では、ヨーロッパでもいち早く、外出制限に踏み切り、封じ込めに成功。
その後、制限を段階的に緩和して、経済活動の再開に道筋をつけました。
ヨーロッパでは、その取り組みは”優等生”として評価されてきました。
オーストリア政府は9月から、「コロナ信号」という取り組みを始めています。
緑、黄、赤、オレンジと信号機のように感染のリスクを示し、リスクに応じて、自治体ごとに柔軟な感染対策を行うというものです。
経済回復に深刻な打撃を与えかねない2度目のロックダウンは何とか避けたいというねらいからです。
2度目の外出制限で街は
9月上旬は「コロナ信号」は緑色の地域が目立っていました。
しかし10月に入ると、感染は再び拡大し、10月下旬には1日の感染者が5000人を超えました。
その結果、11月上旬には、「コロナ信号」は、「最も危険」を示す赤一色に全土が染まってしまいました。
オーストリアは医療体制が充実していますが、それでも政府は、このペースが続けば、11月中旬にはICU=集中治療室が限界に達するおそれがあるとしています。
そして、ここに来て、ついに、2度目の外出制限に踏み切らざるをえなくなりました。
11月3日から始まった外出制限は、飲食店の店内営業の禁止(デリバリーなどは可)、観光目的のホテル営業禁止、原則、夜間外出禁止などです。
街中で話を聞くと「感染を抑えるためにはしかたがない」と理解を示す人も。
一方、レストランの経営者などからは悲痛な声も聞かれます。
ウィーン下町で伝統的なオーストリア料理を振る舞う、ヨーゼフ・グルーバさんのレストランでは、最初の外出制限では、例年のわずか1割にまで売り上げが落ちました。
その後、制限が緩和され、この秋、ようやく6割ちかくまで戻っていたやさきに、2度目の外出制限となりました。
オーストリアではこの時期、ガチョウ料理を楽しむ習慣があります。
グルーバさんはテイクアウトなど店外販売に望みをつないでいますが、販売開始した初日に訪れた客は1人もいませんでした。
「先行きがみえません。クリスマスになっても、本当に外出制限が解除されるのか不安です。テロも起きたので多くの人が気軽に外食できなくなるのではとも考えてしまいます」
影響は”音楽の都”にも
「音楽の都」ウィーンも大きく揺れています。
9月からはウィーン国立歌劇場でオペラが再開。
多くの音楽家も活動を本格化させようとしていました。
しかし、外出制限で、11月は、劇場や博物館は閉鎖され、コンサートなどイベントはすべて中止になりました。
その影響は日本人にも。
ことしのヨハネス・ブラームス国際コンクールで優勝したソプラノ歌手、森野美咲さんと、このコンクールで最優秀伴奏者に選ばれたピアニスト、木口雄人さんは、11月、コロナ禍で初めてとなる小規模のコンサートを行おうと準備を進めていました。
ところが、外出制限でキャンセルせざるを得なくなりました。
森野さんはさすがに、ショックは隠せない様子でした。
「やっと舞台に立てると思っていたので、本当に残念でやるせない気持ちです。ウィーンでも感染が拡大しているので、安全のためにはしかたがないという思いもあります。今は我慢、試練の時です」
観光への影響も避けられそうにありません。
オーストリアは、GDPのおよそ15%を観光産業が占める観光立国で、冬は、かき入れ時です。
しかし、例年多くの観光客が訪れる、ウィーン名物のクリスマスマーケットも、11月中の開催は見送られました。
また、オーストリアは、ウインタースポーツも盛んで、毎年、ヨーロッパ諸国のスキー客の半分以上がオーストリアを訪れます。
しかし、この冬は、コロナの影響でヨーロッパ諸国との往来の規制が強まっており、ドイツなど国外からのスキー客も見込めない状況です。
「この冬の観光客は半分以下になりそうです。12月には何とかスキー場をオープンしたいのですが、感染者が増えているので、今後どうなるかも不透明です」
テロが追い打ち
そんな、感染再拡大で深刻な影響を受けるオーストリアに追い打ちをかける事件が。
「こちらには近づかないで!」記者(私)が突然、警察官に止められたのは11月2日夜8時半頃。
その日の取材を終え、ウィーン中心部にある支局を離れ、駅方面に向かったところでした。
中心部の繁華街は、見たことがないほど警察車両や警察官の姿で物々しい雰囲気に。
一体何が起きているのか。
事態が飲み込めない中、数分後、「市内で複数の銃撃音。多くの市民が逃げている」という情報が飛び込んできました。
銃撃があったのは、新たなコロナ対策として、1か月にわたる外出制限がまもなく始まるというタイミングでした。
ヨーロッパでは治安の良さで知られるオーストリア、そしてウィーン。
現場付近は今も多くの弾痕が残され、テロの衝撃を物語っています。
市民からは深い悲しみ、やり場のない声が聞かれました。
「私のウィーンで、こんなことが起きてしまうなんて。これまで信じていたものが失われてしまいました。」
「すでにコロナや、経済の落ち込みで我々は苦しんでいる。さらにテロまで起きてしまうなんて、一体誰に祈ればいいのでしょうか」。
ウイルスが再拡大するなか、テロが首都を襲うという、深刻な事態。
オーストリアの人たちの間では、大きな不安が広がっています。
そんな中、多くの市民から聞かれたのが「いつものクリスマスを迎えたい」。
私もそう願うばかりです。
ウィーン支局長
禰津 博人
(ねづ ひろひと)