新型コロナ 世界からの報告
急速に感染者増えるインド

2020年9月25日

増え続ける新型コロナウイルスの感染。いま、世界で最も早いペースで感染者が増えているのが、インドです。ニューデリー支局の太田雄造記者が現地の様子をお伝えします。
(ニューデリー支局 記者 太田雄造、ネットワーク報道部 記者 國仲真一郎)

1日の感染者「9万人超」インドのいま

「1日の感染者は9万人以上」「これまでの感染者は500万人を突破」日本からみると、現地は混乱し、ひどい状況になっている…そう想像すると思います。私の身近な人にも感染した人が出るなど、緊張した日々が続いているのは確かです。

ただ、感染者が右肩上がりに伸びているのとは対照的に、市民の関心はどんどん低くなっているようです。以前は1日中「新型コロナ」で持ちきりだったテレビのニュースも、いまでは政治やゴシップの話題が増えました。私は「“コロナ疲れ”が広がっている」と感じています。

人口13億人 “世界最大のロックダウン”

インド政府では3月25日から「全土封鎖」を実施しました。生活必需品の買い物などを除いて外出を禁止する、世界でも最も厳しい感染対策の1つと評され、13億の人口を抱えることから「世界最大のロックダウン」と言われました。このロックダウンが発表されたのは24日の午後8時。開始は翌日午前0時、たった4時間しかありませんでした。

しかし、いざ25日を迎えると、あれだけ騒がしかったニューデリーの街から人や車が消え、鳥のさえずりが聞こえるほどでした。工場も止まったため澄んだ青空が広がり、世界最悪の大気汚染という深刻な課題も一時的に解決されました。去年7月に赴任してから、インドであんなにきれいな青空を見るのは初めてでした。

「全土封鎖」で多くの失業者 住まいも失う

しかし、数日後には早くも“ほころび”が出始めました。一時は人がいなくなっていた路上に、失業した出稼ぎ労働者たちがあふれたのです。

インドでは農村部から都市部にきた出稼ぎ労働者が多く、全国で1億人を超えると言われています。インド経済の発展を陰で支えてきた存在ですが、今回の「全土封鎖」によって多くが失業しました。低賃金の労働者は住み込みで働いているため、失業は住まいを失うことと同義です。道路にあふれ出たのは、出身地に歩いて帰る人たちでした。1000キロもの距離を歩いている途中で亡くなったという人も出ました。政府が設けたシェルターに身を寄せていた男性は「ことしいっぱいは仕事が見つからないでしょう」と途方に暮れていました。

こうした出来事に象徴されるように、全土封鎖によって経済に深刻な影響が出たため、2か月あまりがたったころ、政府は段階的な緩和にかじを切り始めました。そして感染に歯止めがかからないまま、経済活動や公共交通機関が次々と再開し、感染拡大に拍車をかける事態になったのです。当初は大都市が感染の中心だったものの、人の移動や接触が大幅に増えたことで、いまでは感染が全国に広がっています。「世界最大のロックダウン」は感染拡大と経済の落ち込みを招いた失敗だったという声も専門家からは上がっています。

私が暮らすニューデリーでも、制限緩和が進んだ6月下旬には新規感染者が4000人を超えました。私やスタッフの家の隣近所でも感染者が出るようになり、ウイルスが間近まで迫っているという緊張が一気に高まったことを覚えています。病院には多くの感染者が搬送され、中には症状が悪化したのにもかかわらず治療を断られて亡くなるケースもあるなど、医療崩壊への懸念が高まったのがこの時期でした。

“日常”取り戻すも9月に入り感染者は再び増加

その後ニューデリーの感染者はいったん減少に転じ、街なかでは徐々に日常生活が戻りつつあります。路上でチャイを飲みながら談笑する人たち、屋台で昼食を食べる人たち、物乞いをする人たちの姿も目立つようになりました。コロナ前と大きく違うのは、人々がマスクやスカーフで顔を覆っていることです。

政府は感染対策として、屋外や公共の場ではマスクなどを着用するよう義務づけています。白くかすんで少し先も見えなくなるほどの大気汚染の時でさえマスクをする人はほとんどいなかったインドでは、信じられないような光景でもあります。しかし、気の緩みからか、最近はマスクをしていない人の姿が目立つようになっていますが…。その結果か、ニューデリーの感染者は9月に入って再び4000人を超えるようになってしまいました。

インドの「ニューノーマル」は… 格段に衛生意識高まる

「ニューノーマル」と呼ばれる新しい生活様式は、インドでもさまざまなところに広がっています。6月から本格的に再開したレストランでは、席数を半数にしたほか、メニューはQRコードで読み取る店が多くなっています。ショッピングモールやビル、ヒンドゥー教の寺院の入り口といった、さまざまな施設の入り口に全身を消毒する機械が置かれるようになりました。

8月15日、イギリスからの独立を記念する式典は、毎年多くの人が出席して祝賀ムードに包まれますが、ことしは出席者の数を大幅に制限し、席を2メートルほどあけた“ソーシャルディスタンス”がとられました。感染対策が徹底された一方で、式典がいつもに比べて少し寂しい感じになっていました。日本でも似たような感染対策が行われていると思いますが、もともと衛生環境に大きな課題があったインドでは、コロナ前と比較すると格段に人々の衛生意識があがったことは間違いありません。

結婚式場丸ごと隔離施設に 1日の検査数は100万件に

インド政府は広がり続けるウイルスにどう対応しようとしているのでしょうか?13億の人口を抱えるインド。政府は、ある程度感染が広がるのはしかたない、それより外出制限を強めれば経済が破綻し、より多くの犠牲が出ると考えています。驚くかもしれませんが、これだけ感染が広がっていても、インド政府は「ある程度対策はうまくいっている」という認識を示しているんです。

根拠としているのが人口100万あたりの感染者数や死者数、そして感染した人のうち亡くなった人の割合です。これらのデータはアメリカやヨーロッパの国々と比べて低く抑えられています。特に死亡率は日々減少傾向にあり、アメリカや世界平均と比べても低くなっています。医療体制を充実させるため、政府は軽症者のための隔離施設を次々に整備し、中にはスタジアムや結婚式場を丸ごと隔離施設にしたところもあります。私が訪れた結婚式場は、豪華なシャンデリアの明かりが消え、薄暗い中に簡素なベッドがずらりと並ぶ異様な光景が広がっていました。

感染者を早期に発見するために検査能力の拡大にも力を入れていて、モディ首相の呼びかけで1日の検査数は100万件に達しています。

“大国”へ突き進んできたインド コロナ禍で課題浮き彫りに

新たな感染者数が6万、7万、8万とどんどん増える中で、数字だけを追っていると、正直に言って感覚がマヒしてくることもあります。経済対策を優先する姿勢に危機感も感じます。一方で、インドの社会構造を考えると政府の方針もしかたがないと思うのも事実です。

いま再び厳しい外出制限を行えば、生きることが難しくなる人が大勢います。インドではそもそも、数億人にのぼる貧困層の生活を守るだけのセーフティーネットが十分ではないのです。新型コロナの危機の中で、市民の生活を維持するだけの実効性のある政策も予算もないのが実態です。経済成長を続け、大国への道を突き進んでいたインドですが、図らずも今回のコロナ禍でさまざまな課題が浮き彫りになりました。インドはこの危機を乗り越えることができるのか、まだまだ先の見えない日々が続いています。

ニューデリー支局

太田 雄造
(おおた ゆうぞう)