私はこう考える
「公衆衛生」と「個人データ」
慶應義塾大学 山本龍彦教授

新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めようと、今、急速に活用が進んでいるのが、私たちの個人データです。LINEから突然届いた健康に関するアンケートに驚いた人たちも多いのではないでしょうか。ウイルスという強敵にビッグデータで挑むためですが、私たちはこの問題とどう向き合うべきなのでしょうか。憲法学の立場から研究している慶應義塾大学の山本龍彦教授に伺いました。(2020年5月4日)

大手IT企業の協力なくして「公衆衛生」なし

新型コロナウイルスの感染拡大で何が明らかになってきたのか?

山本龍彦教授
国家は『プラットフォーム事業者』と呼ばれるLINEやヤフー、グーグルなど大手IT企業の協力を得なければ「公衆衛生」という重要な国家機能を実効的に果たせないことがわかった。国民の生活の実態や健康情報に関する詳細なデータを持っているのは、国家ではなくプラットフォームで、協力を得なければ有効な対策を打てない。そのため政府は、今回、新型コロナウイルスの対策として、プラットフォームなどと「協定」を結んで、位置情報や健康情報を分析した統計データの提供を求めた。

LINEと厚労省の協定に基づく全国調査

「協定」という形を取っているのは、すでにデータにおいてプラットフォームが国より優位に立っていることを意味している。こうした国家とプラットフォームの「協定」による連携が、新型コロナウイルスが収束したあとの社会の基本的な統治のモデルになる可能性がある。

よい統治となるよう、両者のあるべき関係性を模索しなければならないが、日本はその議論が進んでいない。両者がべったりになれば、中国のような全体的な監視社会になる。一方で、プラットフォームに対する国家の統治が効かなくなるおそれもある。

「協定」の内容が不透明だと、両者の間でデータがどう使われるのか検証できない。ヤフーは今回結んだ「協定」の内容を公開したが、ほかの事業者が同様の対応をとる保証はない。国家とプラットフォームとのデータの連携の在り方を含め、付き合い方をルール化しておく必要があるだろう。

プライバシーとデータ利活用 対立的に捉えるべきではない

プライバシーは守られるのか?

山本龍彦教授
新型コロナウイルスとの戦いは長期戦になり、パンデミックを防いで、感染者の数をうまくコントロールしながら、経済活動を再開させていくことになる。そこでは行動履歴の分析など、データを使った対策は重要だと考える。

データの活用はプライバシーや人権をおびやかすと批判されることがあるが、適切に使えば、むしろそうしたリスクを減らせる。データを活用せずに対策しようとすると、自治体が感染者の情報を不特定多数の人に公開し、差別を増大させる可能性もある。

実際、いま、全国の自治体で情報の開示のしかたはまちまちだ。また自己申告や記憶に頼ると、誤って関係のない人を隔離してしまうおそれもある。データを活用して関係者のみに限って注意喚起したほうが、古典的な方法よりもプライバシー保護のレベルが高いといえる。

その意味で、プライバシーとデータ利活用とを対立的に捉えるべきではない。データを活用することが即、監視国家につながるわけではなく、過剰反応は慎むべきだろう。

一方、緊急時だからどんなデータでも使うべきだ、という反応も極端だ。

緊急事態においては、議論が極端化しやすい。同調圧力から議論が偏る傾向も強いと感じる。とくに日本ではふだんからプライバシーを重視する人たちと、利活用を進めるべきとする人たちの間に深い分断がみられ、バランス感のある議論が起きにくい。緊急時には対立陣営への敵意が噴出してしまい、合理的な議論が進まない可能性がある。

いま必要なことは「プライバシーか、データ活用か」ではなく、プライバシーに配慮しながら、データ活用のメリットを最大化していくことだ。ITはむしろ、プライバシーに配慮しながら公衆衛生を向上するという、これまで両立困難だったものを可能にするものとポジティブに考えてよいだろう。

目的を明確に 目的を超えた利用は厳しく制限を

今回、世界ではデータ活用が活発だ。韓国ではスマホの位置情報やクレジットカードの購買履歴などのデータから感染者の行動履歴を特定し、匿名ではあるものの政府ホームページで公開している。シンガポールでも、政府が行動追跡用のスマホアプリを提供し、アプリを入れたものどうしが近づくと、スマホどうしが通信し、情報を記録し合っている。感染が分かると過去の接触者を割り出して連絡するそうだが、導入は2割にとどまっている。こうした状況をどう見る?

山本龍彦教授
韓国の場合、名前こそ出さないものの、古典的な方法と同様のプライバシー侵害のおそれがあり、必ずしもデータ活用のメリットを生かしているとはいえないと考える。

一方、シンガポールでは関係者に限って注意喚起するため、プライバシー保護のレベルは高いが、アプリの導入率が低いと効果を発揮しにくいという課題が見えてきている。

シンガポール政府の行動追跡アプリのイラスト

プライバシーについて、どんな点に配慮すべきなのか?

山本龍彦教授
新型コロナウイルスの対策として、積極的に個人に関するデータを使うなら、目的を明確にして、目的を超えた利用を厳しく制限する仕組みを取り入れるなど、条件を付けなければならない。

たとえば、「公衆衛生のため」という目的は広く、あいまいだ。集団感染の全体像をつかむ疫学的な目的から、個人の行動変容を促す、リスクが高い人を細かく監視する、といった目的まで、いろいろありうる。

「公衆衛生」という言葉が都合よく使われて、なし崩し的にさまざまな利用が認められることがないよう、具体的な目的を設定しなければならない。感染状況に応じて、どのような目的を設定すべきか、使い方がその目的にあっているのかなど、慎重に検討する必要もある。

*配慮すべき点

  • 目的を明確化する。「公衆衛生のため」などのあいまいな目的設定を避ける
  • データの乱用を防ぐため、利用を監督する第三者機関を設ける
  • データの保存期間を厳格に決める
  • データの活用に誰が責任を持つのかや活用の流れを国民に分かりやすく説明する
  • 感染者や濃厚接触者への差別を防ぐ仕組みを作る

データ活用というアクセルを踏むには、ブレーキをしっかり用意しておく必要がある。

重要なのは民主的な統制の仕組み

こうしたブレーキを効果的に効かせる仕組みは?

山本龍彦教授
重要なのが、国会を中心とした、民主的な統制の仕組みだ。いまは緊急事態なので、法律の例外を認めて、同意無く追跡・監視してもよいとする論調もある。

しかし安易に例外を認めると、国会を通じた議論を経ずに、行政が独自の判断で追跡を強め、監視国家の方向に傾くおそれがある。強い監視が必要になる事態もないとは言えないが、その場合は法律でしっかり根拠づけるべきだ。そして、時限的なものにしたうえで、国会にも監督機関を設けるなど、民主的統制の仕組みを確実に組み込むべきだろう。

もちろん、行動変容を促す同意型の接触通知が機能すればよいが、うまくいく保証はない。国会はこうした事態を踏まえて、立法の必要性について今すぐ議論をスタートすべきだ。

緊急事態の際、国民は生活の安定を望み、自由や民主主義の在り方を議論する余裕はなくなる。政治家は有権者にアピールしやすい給付や補償に力を注ぎがちだが、党派争いを超えて、緊急時に国家は何をすべきか、専門家集団として議論を進めるべきだ。

中長期的な視点で動ける参議院には「デジタル監視の監視」といった役割が特に期待される。国家とプラットフォームの情報連携や協働関係をどう民主的に統制するかも議論してほしい。

憲法は基本的には国家を対象にするものだが、今後は「協力者」としてのプラットフォームの存在までを射程に入れた議論を重ねていく必要があるかもしれない。

国民一人一人が責任感持つことも重要

ポストコロナの社会で、私たちはどんな意識を持つ必要があるのか?

山本龍彦教授
国家やプラットフォームに対応を求めるだけでは十分でない。国民一人一人が責任感を持つことも重要だ。

新型コロナウイルスをめぐっては、フェイクニュースが飛び交ったり、感染者や特定の公人に対する、ヒステリックな言論攻撃が目立つ。外出自粛や不況でみながストレスを抱え、特定の人が「ガス抜き」に使われている感もある。

しかし国民が無責任な行動を取るようになると、国家管理型の社会に進むおそれだってある。国民が責任意識を高めるには、さまざまな情報を得て、判断できる健全な言論空間が必要だ。

マスメディアは国民の声に寄り添う一方、時にはそれから一定の「距離」をとることも重要だ。国民の中には日々の自粛や不安でいらだちをおぼえている人、パニック状態に陥っている人も少なくないだろう。こうした声に引きずられると、報道も冷静さを欠くようになり、パニックを増大してしまうこともある。

またSNSは国民の生の声を媒介し、重要な視点を提供する一方で、プライバシーをさらしたり、差別を助長したりする原因ともなる。表現の自由を守りつつ、ヘイトスピーチやフェイクニュースに対しては、厳しく対応していくべきだ。

自粛要請などで移動の自由が制限され、仕事のリモート化や教育のオンライン化が進んでいる。その中で、私たちはオンライン・コミュニケーションの便利さや効率性を実感し始めている。

しかしそれは人と直接的にふれあうことの重要性を失わせるものにはならないだろう。新型コロナウイルスがもたらした「巣ごもり」は人との直接的ふれあいの重要性を思い出させてくれてもいるからだ。

ポストコロナの時代には、多くのコミュニケーションがオンライン化されるだろう。しかし「巣ごもり」の反動もあり、オフラインでの直接的なコミュニケーションはより価値の高いものとみなされ、特定の領域で生き残るはずだ。

ポストコロナでは、オンラインとオフラインの「ハイブリッド」型のコミュニケーションが重視される。そこでは、オンライン化で浮いた時間を、大切な人との直接的なふれあいや公共的な活動に充てることで、より豊かな人間関係が構築されることを期待したい。
(社会部記者 中村雄一郎・科学文化部記者 黒瀬総一郎)

【プロフィール】

山本龍彦(やまもと・たつひこ)

1976年生まれ。慶應義塾大学大学院法務研究科教授。総務省「AIネットワーク社会推進会議」構成員、経済産業省・公正取引委員会・総務省「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」委員、総務省「情報信託機能の認定スキームの在り方に関する検討会」委員、一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会理事などを務める。主な著書に『憲法学のゆくえ』『プライバシーの権利を考える』『おそろしいビッグデータ』『AIと憲法』など。