京アニ放火殺人事件 青葉真司被告に死刑判決 京都地裁

5年前、「京都アニメーション」のスタジオに放火し、社員36人を殺害した罪などに問われた青葉真司被告(45)に対して、京都地方裁判所は事件当時、物事の善悪を判断する責任能力があったと認め、「36人もの尊い命が奪われあまりにも重大で悲惨だ」として死刑を言い渡しました。

青葉被告に死刑判決 25日の裁判の概要は

●青葉真司被告は、2019年7月、京都市伏見区の「京都アニメーション」の第1スタジオに火をつけ、社員36人を殺害し、32人に重軽傷を負わせたなどとして殺人や放火などの罪に問われました。
●判決で、京都地方裁判所の増田啓祐裁判長は、冒頭で結論にあたる主文を述べず判決の理由を先に読み上げました。
●裁判長は犯行の動機や経緯について「被告は、孤立して生活が困窮していく状況の中で京都アニメーションが自分の小説を落選させたうえにアイデアの盗用を続けて利益を得ていると思い恨みを強め、どうしても許すことはできないと考えた。バケツ内のガソリンをかなりの勢いで従業員の体や周辺に浴びせかけ『死ね』とどなりながら火をつけて36人を殺害した」と述べました。
●最大の争点となった被告の責任能力については「被告は犯行当時、妄想性障害で妄想が京アニを攻撃しなければならないという動機の形成には影響したが、過去にガソリンが使われた事件を参考にした放火殺人や大量殺人という手段は、被告自身の考え方や知識などから選択したもので、妄想の影響はほとんどない。被告は犯行当時、心神喪失の状態でも耗弱でもなかった」と述べ、弁護側の主張を退け、被告に物事の善悪を判断する責任能力があったと認めました。
●そのうえで「36人もの尊い命が奪われたことはあまりにも重大で悲惨だ。一瞬で炎や黒煙、熱風に巻き込まれ、恐怖や苦痛は計り知れず筆舌に尽くしがたい。36人の従業員は設立当初からのベテランや京アニに憧れアニメーターになるため入社したばかりの人など、全員一丸となって丁寧に愛情をもってひとつひとつの作品を制作していた将来への希望を持つ方々で、無念さは察するに余りある。遺族たちの悲しみ、苦しみ、喪失感、怒りは例えようのないほど深く大きく極刑を望むことも当然だ」と述べ、検察の求刑どおり死刑を言い渡しました。

==遺族・関係者・裁判員・専門家は==

遺族「控訴はせず今回の判決受け入れて」

京都アニメーションで色彩設計を担当していたアニメーターの石田奈央美さん(当時49)の母親は、判決の内容を自宅でニュースを見て確認したということです。母親は「この日まで本当に長かったです。裁判官や裁判員がわたしたち遺族の気持ちをくみ取ってくれた判決なのではないかと思っています」と話しています。

その上で「この裁判のあいだ被告からは反省の色がみられず、きょうの判決を受けても自分のしたことを重く受け止められるとは思えません。極刑であっても、娘は返ってこないことを思うとむなしい気持ちに変わりはありません」と話していました。

そして「青葉被告には、控訴はせず、今回の判決を受け入れてほしいと思います」と話しています。

奈央美さんの父親は、傍聴を希望しながら裁判が始まる直前に病気で亡くなっていて、母親は、「2人には仏壇にごはんをあげるときに判決について報告しようと思います」と話していました。

“被告に後悔する気持ちが果たして出てくるのだろうか”

判決のあと、家族を亡くした遺族のひとりがNHKの取材に応じました。この遺族は、今回の判決を傍聴し「この事件で苦しんだ人たちが『忘れないでほしい』と思っているのかなと事件当時をあらためて思い出しました。裁判長はきょうの判決で遺族の心情や裁判を通じて私たちが感じた不条理さを理解したすごく丁寧なことばをかけてくれました。残酷な事実が多かったですが、知ることができてよかったです。これからの自分の支えになるのではないかと思います」と話していました。遺族は、死刑判決について「被告は自分が犯した罪から目を背けていて、刑と向き合い反省することはできない人間だと思う。死刑という判決をどのように認識するのか、被告に後悔する気持ちが果たして出てくるのだろうかと思います」と話していました。

京アニ 八田英明社長が代理人の弁護士を通じコメント

八田社長は「法の定めるところに従い、しかるべき対応と判断をいただきました。長期にわたって重い責任とご負担を担っていただいた裁判員の方々、公正な捜査と関係者への行き届いた配慮に尽力いただきました検察・警察の皆さま、裁判官や書記官その他、裁判の実施に従事いただいたすべての皆さまに敬意を表します。判決を経ても、無念さはいささかも変わりません。亡くなられた社員、被害に遭った社員、近しい方々の無念を思うと、心が痛むばかりです。彼ら彼女らが精魂込めた作品を大切に、そして今後も作品を作り続けていくことが、彼ら彼女たちの志をつないでいくものと念願し、社員一同、日々努力をしてまいりました。事件後、当社に加わった若人も少なくありません。これからも働く人を大切に、個々のスタッフが才能を発揮できることを心がけ、可能な限り、作品を作り続けていきたいと考えます」としています。

京都地検「事実認定と量刑のいずれも主張が認められた」

判決について、京都地方検察庁の堤康 次席検事は「事実認定と量刑のいずれも主張が認められたと考えている」というコメントを出しました。

青葉被告の弁護団 判決後の取材に方針明らかにせず

判決のあと、青葉被告の弁護団は、報道陣の取材に対し何も答えず、今後控訴するかどうかについても方針を明らかにしませんでした。

事件直後 被告のやけどの治療にあたった医師が会見

鳥取大学医学部附属病院高度救命救急センターの上田敬博医師は、5年前の事件当時、勤務していた大阪の病院で、全身に重いやけどを負い、ひん死の状態になった被告の治療を担当しました。

上田医師は「目の前で絶命しかけている人がいれば救い、司法の場に立たせるのが自分の職務だと思って治療にあたった」と当時を振り返りました。

治療中には被告と言葉を交わすこともあったということで、「被告は言葉の使い方や表現があまりうまい人間ではないと感じていたので、遺族や被害者の気持ちを逆なでしないか心配していた。実際に被告の発言を不快に思った人はいると思う。一切かばうつもりはないが被告なりに伝えようとしたところはあったのではないか」と述べました。

そのうえで「判決については被告自身も驚いていないと思うし、おそらく想定内だったのではないかと思います。事件の経緯が、被告自身の問題だけなのか、それを取り巻く社会的な課題があるのかということを検証し、どうしたら防げたのかということを考えていくべきだと思う」と話しました。

審理参加の裁判員らが記者会見“遺族や同僚の話 聞きながら涙”

このうち30代の女性の裁判員は「京都アニメーションに勤務している人やご遺族などのいろいろな思いのある裁判だったので、参加することに責任を感じていました。正直、今は、少し肩の荷が下りてほっとした状態です」と述べました。また今回の裁判で、犠牲になった人のうち19人と、けがをした32人全員の名前などを伏せて審理が進められたことについては「個人の名前を出すのか出さないのかを自分で選択できるのは良い制度だと思いました」と述べました。また、被告への思いを問われると、複数の裁判員が、法廷での被告の言動を振り返って事件の重大さを理解できているのか気になるなどと述べました

審理で行われた遺族や被害者の意見陳述について40代の男性の裁判員は「被害に遭われた方やご遺族の意見をお聞きして、命の重みを痛感しました。感情を抑えることに苦労しました」と話していました。

また、年代を明らかにしていない女性の裁判員は「亡くなった方たちの声は聞けないけれど、その人たちのことを家族や同僚からたくさん聞けて、肌で感じることができました。聞きながら涙を流してしまいました」と話していました。

また、長期間にわたった今回の裁判で、被告の刑事責任能力の審理を終えた上で情状の審理が進められたことについて、20代の男性の補充裁判員は「経緯や動機、それに責任能力などはっきり分けられていたので議論はしやすかったと思います」と話していました。

被告への思いについて、50代の女性の補充裁判員は「被害にあった方々や遺族に対する気持ちは変わっていてほしい。被告には、悲しみや苦しみを理解できる人になってほしいです」と話していました。

元刑事裁判官「一命を取りとめた方々の苦しみも認定」

元刑事裁判官で法政大学法科大学院の水野智幸教授は、最大の争点だった責任能力に対する裁判所の判断について「妄想が犯行の動機につながったことは認めたが、放火による大量殺人という計画に影響したのは妄想よりもむしろ、被告の独善的で攻撃的な考え方だと判断した。責任能力についての通説的な考え方をとっていて非常に信頼できる」と話しました。

被害者や遺族の苦痛などを詳しく認定したことについて「遺族が法廷で被告に質問し、意見を述べる手続きを行っていたので、それをきちんと判決で示そうとしたのだと思う。一命を取りとめた方々の苦しみも認定していて、犯行の結果の重大さをまとめている点も妥当だ」と話しました。

4か月あまりにわたった裁判について水野教授は「この裁判で、被告がなぜこれだけの事件を起こすに至ったのかということがかなり明確に分かったと言える。それによって、今後こういう事件が起きないために社会や人々が何をすればいいか、考える機会も与えられた。裁判を続けた意義はあった」と話しています。

犯罪精神医学の専門家“動機解明や妄想の影響など重視した判決”

精神科医で犯罪精神医学が専門の聖マリアンナ医科大学安藤久美子准教授は、最大の争点だった責任能力の認定について「犯行動機の解明、妄想の影響がどれくらいあったかという点を重視した判決だと思う。善悪の判断をする能力や、行動を制御する力が著しく劣ってはいなかったと認めていて、被告が犯行をためらったり、様々な計画を立てたりしていたことなどを総合的に判断したのだろう」としています。

また、判決では被告の生い立ちや職を転々とした経歴なども触れられました。これについて安藤医師は「社会で孤立すると不安感やさいぎ心が高まり、思考がマイナスな方向に向いてしまう。被告は周囲の支援を拒否していたが、支援が必要な人に適切に介入できるような対策が今後は必要ではないか」と指摘します。

その上で「判決が出ても亡くなった命が返るわけではなく遺族の辛辣な気持ちは続くと思う。ただ、動機や事件の詳細が何も解明されないまま終わるのではなく、長期間しっかりと審理を重ねたうえで出された判決なので、そういう意味では遺族にとっても1つの節目になりうるのではないか」と話していました。

林官房長官「同様事件の発生防止に努めたい」

林官房長官は午後の記者会見で「大変痛ましい事件であり、事件を受けて消防法令でガソリンの容器への詰め替え販売を行う際には購入者の身元や使用目的の確認、販売記録の作成を行うよう義務づけるなどの対応を行った。引き続き、各ガソリンスタンドでの安全対策の徹底を図ることなどで同様の事件の発生防止に努めたい」と述べました。

==25日の裁判の経緯==

9:30すぎ

被告乗せたとみられる車 地裁に

青葉被告を乗せたとみられる車は、午前8時すぎに勾留されている大阪拘置所を出て、午前9時半すぎに京都地方裁判所に入りました。

10:30すぎ

開廷もすぐに休廷 再開予定は11:00

法廷のようす

裁判は午前10時半すぎに開廷しましたが、証拠の整理をした後に休廷となり、午前11時から再開して判決が言い渡されることになりました。

10:30すぎ

青葉被告 法廷でのようすは

青葉被告は車いすで押されて法廷に入りました。上下紺色のジャージを着て、マスクを着けていました。休廷となる前に裁判長から「言いたいことはありますか」と聞かれると、証言台で10秒ほど沈黙したあと「ありません」と答えていました。

傍聴席の倍率は17倍余

京都地方裁判所によりますと、25日の裁判では23の傍聴席に対し、409人が傍聴を希望し、倍率は17.78倍となりました。去年9月の初公判では倍率が14倍あまりで、今回はそれを上回り、この裁判ではもっとも高い倍率となりました。

11:00

判決言い渡し始まる 裁判長「有罪判決ですが主文は最後に」

判決の言い渡しが、午前11時から京都地方裁判所で始まりました。増田啓祐裁判長は冒頭で結論にあたる主文を述べず、判決の理由を先に読み上げています。

増田裁判長は「有罪判決ですが、主文は最後に告げます」と述べました。

これまでの裁判で、検察は死刑を求刑し、弁護側は事件当時、被告は重い精神障害により責任能力はなかったと無罪を主張しています。

傍聴席では目を押さえ泣く人の姿も

増田裁判長が「有罪判決ですが、主文は最後に告げます」と述べた際、傍聴席では、両手で目を押さえて泣いている人の姿も見られました。

青葉被告 責任能力あったと認める

裁判所は、事件当時、被告に物事の善悪を判断する責任能力があったと認めました。最大の争点となっていた被告の責任能力の有無について、検察の主張に沿った判断が示された形です。刑の重さについては、この後の主文で言い渡されることになっていて、検察の死刑求刑を踏まえ裁判所がどのような判断を示すかが焦点です。

裁判長「心神喪失でもこう弱でもなかった」

増田裁判長は争点となっていた被告の責任能力について「被告は犯行当時、心神喪失でもこう弱でもなかったと判断した」と述べました。

裁判長 判決理由で被告の生い立ちについて述べる

裁判長は「被告は子どものころ、父と兄、妹と生活していた。柔道大会で準優勝して盾をもらうが燃やされるなど身体的、精神的虐待を受けていた。中学校で不登校となり、定時制高校に通い、アルバイトをしながら皆勤で卒業した。卒業後は実家を離れ、住み込みで働いた。アルバイト先ではパイプいすを蹴るなど同僚を威嚇することもあった。コンビニでのアルバイトをやめた後、その後は茨城県内の実母と過ごしていた」と述べました。

犠牲になった人たちの名前や死因の読み上げ続く

裁判長が事件で犠牲になった方の名前や死因などを読み上げている間、被告は証言台で下を向いて聞いていました。傍聴席では、遺族とみられる人たちがまっすぐ前を見つめたり、うつむいたりしながら聞いている姿が見られました。

裁判長 被告が犯行に至る経緯述べたうえで「妄想の影響はない」

この中で裁判長は「被告は小説を応募したが落選し、京都アニメーションがアイデアを盗作したとして恨みを持つことになった。生活が困窮して孤立する中、事件の1か月前にさいたま市の大宮駅で大量殺人を起こそうとしたが断念した。今回の事件の直前、実行するかどうかを考えたが、京アニに盗作され努力してもうまくいかないと思い、購入したガソリンで火をつけて36人を殺害した」と述べました。

さらに裁判長は「被告は過去にガソリンが使われた事件を参考にして放火殺人を選択している。被告自身の知識で犯行の方法を選んでいて、妄想の影響はない。攻撃手段の選択に妄想の影響は認められない」と述べました。

正午前

判決理由読み上げ途中で休廷 午後1時に再開予定

裁判は、判決理由の読み上げの途中で正午前に休廷となりました。再開は午後1時で、裁判長が判決理由の続きを読み上げた後、主文を言い渡し、刑の重さについて伝えるとみられます。

13:00

裁判再開

裁判は午後1時に再開し、判決理由の読み上げが行われています。

裁判長“犯行思いとどまる力 著しく低下していたとは言えず”

裁判長は「被告は事件の直前にしゅん巡し、京都でも人目を避けるように行動していた。みずからの意思で京アニへの恨みから犯行に至っていて、妄想の影響はなかった」と述べました。そのうえで裁判長は「犯行を思いとどまる力は多少低下していた疑いもあるが 著しく低下していたとは言えない。良いことと悪いことを判断する能力が著しく低下していたとは言えず、犯行当時、心神喪失でも心神こう弱でもなかった」と述べました。

裁判長「亡くなった被害者の恐怖や苦痛は筆舌に尽くしがたい」

裁判長は「36人が亡くなったことはあまりにも重大で悲惨だ。一瞬で炎と煙に包まれ、逃げる間もなくほかの人に重なるようになるか、高熱で呼吸困難になった。一酸化炭素中毒になることもあった。一瞬で地獄と化した第1スタジオで亡くなり、またはその後亡くなった被害者の恐怖や苦痛は筆舌に尽くしがたい」と述べました。

裁判長“大量のガソリンに点火 生命の危険極めて高く残虐非道”

裁判長は「被告はガソリンを持って侵入し、かなりの勢いでガソリンをまいてガスライターで火をつけた。大量のガソリンをまいて火をつける行為は生命の危険が極めて高く、誠に残虐非道だ」と述べました。

また裁判長は、事件で重軽傷を負った32人について「同僚が炎に包まれている様子を見た人や精神的な影響がある人もいて、罪悪感や後悔の念にさいなまれている」と述べました。

13:40すぎ

青葉被告に死刑判決 京都地裁

青葉被告に京都地方裁判所は死刑を言い渡しました。死刑が言い渡されたとき、青葉被告はうつむいたまま聞いていました。遺族などが座る傍聴席では、下を向いたまま主文を聞いている人がいたほか、目を押さえている人の姿も見られました。

裁判長から死刑を言い渡された後、青葉被告はうつむきながら退廷しました。

==死刑判決 裁判所の認定や判断のポイントは==

【事件に至る動機や経緯】
まず、事件を起こした動機や経緯についてです。裁判所は「被告は、孤立して生活が困窮していく状況の中で京都アニメーションが小説を落選させたうえにアイデアの盗用を続けて利益を得ていると考え、恨みを強めた。そして、放火殺人までしないと盗用が終わらないなどと考え、本件犯行を決意し、京都に行くことを決めた」と指摘しました。

そのうえで「事件の直前、実行するかどうか何度もしゅん巡したが、どうしても許すことはできないなどと考え、バケツ内のガソリンをかなりの勢いで従業員の体や周辺に浴びせかけ『死ね』とどなりながら火をつけて36人を殺害した」と述べました。

【被告の責任能力について】
裁判では、被告が事件当時、物事の善悪を判断する責任能力があったかどうかが最大の争点となりました。これについて裁判所は「被告は当時、妄想性障害があり、妄想が、京アニに恨みを抱き、攻撃しなければならないという犯行の動機の形成には影響していた」と指摘した一方、「過去にガソリンが使われた事件を参考にした放火殺人という手段は、性格の傾向や考え方、知識などに基づいて被告がみずからの意思で選択したもので、妄想の影響はほとんどない」と述べました。

そのうえで「犯行を思いとどまる能力が多少低下していた疑いは残るものの、よいことと悪いことを区別する能力や、その区別にしたがって犯行を思いとどまる能力はいずれも著しくは低下していなかった。当時、被告は心神喪失の状態にも心神耗弱の状態にもなかった」と判断しました。

【死刑と判断した「量刑」の理由】
裁判所は「36人もの尊い命が奪われたという結果はあまりにも重大で悲惨だ。炎や黒煙、熱風などに苦しみ、その中で非業の死を遂げ、あるいは辛くも脱出したものの生死の境をさまよった被害者たちの恐怖や苦痛などは計り知れず、筆舌に尽くしがたい。被害者たちは丁寧に愛情をもって一つ一つの作品を制作していた将来への希望を持つ方々で、その無念さは察するに余りある」と結果の重大性を指摘しました。

そのうえで「確実に大量殺人を行うという強固な殺意に基づく計画的な犯行で、その手法は誠に残虐非道なものだ。背景や動機、それに被害感情や社会的影響などを総合的に考慮し、特に、被告が人命の重さを省みずに、36人の被害者の生命を奪うなどしたことを考えると被告の責任は極めて重く死刑をもって臨むほかない」と述べました。

==京アニ事件裁判 これまでのまとめ==

《裁判の争点》

青葉被告は起訴された内容を認め、事実関係に大きな争いはありません。

最大の争点は事件当時、被告に責任能力があったかどうかで、検察と被告の弁護士の主張が対立しました。

検察の主張

検察は、被告は妄想性パーソナリティー障害か妄想性障害があるものの、影響は限定的だったとしました。

そのうえで「症状として妄想があったが、妄想に支配された犯行ではなく、不満をためて攻撃するなどの被告のパーソナリティーによるもので、責任能力が著しく減退していたとは到底言えない」と主張しています。また、事件の前の状況として「被告は放火殺人は重大犯罪とわかっており、思いとどまることが期待できる状態だった。下見や道具の準備までの判断も含め、首尾一貫して妄想の影響はない」と主張しました。

そして、被告の精神鑑定を行った医師2人がいずれも「犯行が犯罪にあたると理解できていた」という見解で一致しているとしたうえで「被告には犯行当時、よいことと悪いことを区別する能力があり、刑事責任を追及されることも考慮に入れて行動できていた」と指摘し、完全な責任能力があったと主張しました。そのうえで「京アニに筋違いの恨みを持った復しゅうで、日本刑事裁判史上、突出して多い被害者の人数と言える。遺族や被害者の苦しみや悲しみはあまりに深く処罰感情もしゅん烈だ」として死刑を求刑しました。

弁護側の主張

一方、被告の弁護士は「被告は重度の妄想性障害だった」として、責任能力はないと主張しました。

その理由について「検察の依頼で行われた精神鑑定については、被告の精神世界や現実を大きく支配している『闇の組織のナンバー2』の妄想が抜け落ちている」としています。そのうえで「被告が事件の4か月前にスマートフォンを解約したというのはとても重大。『ナンバー2』からスマートフォンを操られたと考えたためで、インターネットが現実世界との大きな接点だったが、それを解約するというのは妄想が影響していたという何よりの証拠だ」と主張しました。そして「被告は10年以上、訂正不能の妄想の世界で翻弄され、苦しみ続けてきた。自分がやろうとしていることがやってはいけないことと認識し思いとどまる力がなかった」と主張し、▽心神喪失で責任能力はなかったとして無罪か、心神こう弱の状態で責任能力が十分ではなかったとして刑を軽くするよう求めました。

《青葉被告 問われている5つの罪》

初公判の青葉被告

今回の裁判で青葉被告は、殺人や放火など5つの罪に問われています。
1.建造物侵入
まず、2019年7月18日の午前10時半ごろ、京都市伏見区にある京都アニメーション第1スタジオに正面出入り口から侵入したとする建造物侵入の罪です。
2.現住建造物等放火
このあと、1階中央のフロアでバケツに入れたガソリンを従業員の体やその周辺に浴びせかけ、ガスライターで火をつけ、従業員70人がいるスタジオを全焼させたとして放火の罪に問われています。
3.殺人と 4.殺人未遂
そして、36人を殺害し、32人に重軽傷を負わせたなどとする殺人と殺人未遂の罪です。
5.銃刀法違反
このほか、この日、正当な理由なく包丁6本を持ち歩いていたとして銃刀法違反の罪にも問われています。

《裁判で明らかになった新事実や当時の状況》

裁判では証拠調べや被告人質問のなかで新たな事実や事件当時の詳しい状況が明らかになりました。
1.大宮でテロも計画
検察の冒頭陳述では、青葉被告が事件の1か月前に、埼玉県の大宮駅前に行き、無差別殺人を起こそうとしたものの断念したといういきさつが明らかにされました。これについて被告は、被告人質問で「小説のアイデアをパクったことがそういう結末を生んだと京アニに伝えようと思った。大宮駅前まで行くと人の密集が低かったため大きな事件にはならないと判断した」と話しました。
2.過去の事件を参考に
また、事件をどのように計画したのかについては、「かつて消費者金融でガソリンがまかれて人が亡くなった事件やマージャン店の放火事件を参考にした。自分も最後の段階ではそれぐらいやると決めていた」と被告人質問で明かしました。また、現場に6本の包丁を持っていった理由について、東京・秋葉原で通行人がはねられたりナイフで刺されたりして7人が死亡した無差別殺傷事件に触れ、「ガソリンをまいたあと、止めに入られることを想定した」としました。
3.当時の状況を社員が証言
証人尋問では被告が火をつける瞬間を建物の中で目撃したという2人の社員が当時の状況を証言しました。このうち、1人の社員は「被告は、燃料のようなにおいがする液体を勢いよく頭や体にかけてきた。その上で、大きな声で『死ね』と言いながら火をつけていた。火は天井まで上がり、自分はトイレに逃げ込んだ」と話しました。

また、別の社員は「被告は、短い単語を投げつけるように叫んでいた。室内が真っ白になるくらいまぶしく光り、鈍い大きな音とともにガソリンのにおいと熱風が押し寄せてきた」と当時の様子を証言しました。

《青葉被告 法廷での主張》

裁判で青葉被告は「やりすぎだった」と述べ、遺族や被害者に対し謝罪のことばを述べる場面もありましたが、一貫して「京アニに小説のアイデアを盗まれた」と主張しました。初公判では裁判長から起訴された内容に間違いがないか尋ねられると、「間違いありません。当時はこうするしかないと思っていた。こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わずやりすぎだった」と述べました。

被告人質問でのやりとりは

被告人質問では、京都アニメーションに応募した小説が落選したことをどう受け止めたのかについて述べました。

被告は「がっかりして裏切られたような気持ちだった。落選させたのは、『ナンバー2』と呼ばれる人物で、自分に発言力を持たせたくなかったので圧力をかけたのだと考えた。その見返りに、京都アニメーションにかなりのお金が流れたと思う」などと話しました。

また、小説のアイデアが盗まれたとするいきさつについては、アイデアの一部は京都アニメーションに応募した作品には載せていなかったものの、ネット上に流出して盗まれたなどと述べました。

京都アニメーションの社長は、裁判で「ひとさまのアイデアを盗んだりできる会社ではない。被告の思い込みで事件が起き、断腸の思いだ」などと話し、盗作を否定しました。これについて被告は「自分の考えたアイデアに関して京都アニメーションの監督がブログで触れているので、自分の作品を読んでいないということはない」などと改めて主張しました。

スタジオで事務的な作業をしていた人まで巻き込む必要があったのかと問われると「アニメ制作は1人で完結するものではないので、何人かで盗作のシーンを作ったと思う」としたうえで、「盗作を知らなかった人も知っている人に聞いてこの会社は危ないと自分から退職届を出せば、犠牲者になることを回避できたと思う」などと話しました。

12月6日に行われた最後の被告人質問では、被告が「やりすぎた」と述べた意味を検察官から尋ねられると、「しょく罪の気持ちを含むというか、多大に申し訳ないという気持ちはある」と答え、初めて遺族や被害者に対して謝罪のことばを述べました。

そのうえで遺族や被害者が極刑を望むとした意見陳述への受け止めを聞かれると「それで償うべきだと捉えている部分はある」と話しました。

一方で、京アニに小説のアイデアを盗まれたとする主張について、「京アニのほうがやってきたという思いがある。それは正直に申し上げる。精神鑑定をした鑑定人からは妄想だったという話が出ていたが自分の中では事実としてとらえている」と改めて述べました。

また、弁護側の質問のなかで、拘置所の職員に今の生活を支えられているとしたうえで、「早く大阪拘置所に来てこんな環境に置かれていたらおそらく事件を起こさなかったのではないかと思う」と話しました。

《初公判は去年9月 裁判の経緯は》

裁判は去年9月から始まり、あわせて22回の審理が行われ、12月7日に結審しました。

【初公判】=2023年9月5日=
初公判で、被告は起訴された内容を認め「当時はこうするしかないと思って事件を起こしましたが、こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っておらずやりすぎだった」と述べました。
【証拠調べ】=9月6~7日=
2回目の裁判では、被告が取り押さえられた際に「小説をパクられた」などと叫んでいた音声データが再生されました。さらに、京都アニメーションの作品と被告が書いたとする小説との比較も行われ、アニメで描かれた3つのシーンについて、被告が自分の小説にも同じような描写があると供述していたことが明らかにされました。
【被告人質問】=9月7~25日=
3回目の裁判からは被告人質問が行われ、小説を応募した理由について、職場で過去の犯罪歴を知られたと考えて仕事を続けられなくなったとしたうえで、小説に全力を込め暮らしていこうと思ったと説明しました。しかし、7年以上かけて書き上げたとする応募作品の落選のショックは大きく、その後小説のネタ帳を燃やしたとし、「つっかえ棒みたいなものがなくなってしまい、よからぬ事件を起こす方向に向かった」などと話しました。

また、犯行直前には実行するかためらったとしたうえで、「自分のような悪党でも良心の呵責(かしゃく)はあり、悪いことだとは思っていた」などと話しました。
【証人尋問など】=9月27日~10月11日=
10回目からの裁判では、証人尋問が行われ、被告が火をつける瞬間を目撃したという社員が状況を証言しました。また、京都アニメーションの八田英明社長が証言し、「小説のアイデアを盗まれた」という被告の主張に対して、「ひとさまのアイデアを盗んだりできる会社ではない」と述べました。
【責任能力の審理】=10月23~10月30日=
13回目からの裁判では被告の責任能力について集中的に審理が行われ、被告の精神鑑定を行った2人の医師が出廷し、それぞれ異なる見解を示しました。

被告が起訴される前に検察の依頼で鑑定した医師は、「妄想で京アニに小説を盗作されたと考えたあと犯行にいたるまでに直接抗議するなどの現実的な行動は起こしておらず妄想は被告の言動に著しい影響を及ぼしていない」と述べました。

一方、起訴されたあと、弁護側の請求で鑑定した医師は「被告は犯行以前も問題が生じると職場を退職するなど、相手と関係を絶つという解決方法をとってきた。京アニに対しては『盗作され続ける』と妄想し、関係を絶つために犯行に及んだ」と述べ、妄想が犯行に影響したとしました。
【中間論告・中間弁論】=11月6日=
16回目の裁判では責任能力について検察の中間論告と弁護側の中間弁論が行われ、その後、裁判員と裁判官は非公開で中間評議を行いました。
【情状の審理】=11月27日~12月6日=
17回目の裁判からは刑の重さを決める情状に関する審理が行われ、遺族や被害者が直接、心情を述べました。

遺族の1人は「娘を返してください。せめてそばで、一緒に死ねたらよかった。甘えん坊なあの子に寄り添っていたかった」などと悲痛な思いを訴えました。

また別の遺族は亡くなった娘と対面した際、ほおずりをして子守歌を歌ったことを紹介していました。そのうえで実際に法廷でその子守歌を歌い、被告には死刑を望むと強く訴えました。

21回目の裁判では、最後の被告人質問が行われ、遺族の1人から遺族や被害者に対してどう思うか直接問われると、被告は「申し訳ないと思います」と答え、この裁判ではじめて謝罪のことばを述べました。
【最終論告・最終弁論・結審】=12月7日=
そして、22回目の裁判で検察が死刑を求刑したのに対し、弁護側が改めて無罪を主張し、すべての審理が終わりました。

「被害者参加制度」で遺族が質問も

今回の裁判では、殺害された36人のうち19人と、けがをした32人全員について、名前など個人が特定される情報を伏せて審理が進められました。

法廷で匿名で審理される人は、名前は読み上げられず、被害者の一覧表の番号で示されていました。

そして、遺族や被害者などは「被害者参加制度」を利用して傍聴席や検察側の席に座り、青葉被告に直接質問したりみずからの心情を述べたりしました。

裁判員裁判の評議は

今回の裁判では、裁判員6人と補充裁判員6人が選任され、去年9月5日の初公判から12月7日の結審まで22回の審理に参加しました。

裁判員裁判の評議は、非公開で行われ、3人の裁判官とともに6人の裁判員が被告が有罪か無罪か、有罪の場合はどのくらいの刑にするか、検討を重ねます。

4か月余りと長期にわたった今回の裁判は、争点を整理するため評議が2回設けられ、去年11月の中間評議では、青葉被告の責任能力について結論を出し、その結果は判決で初めて明らかにされます。

結審したあとの最終評議では、刑の重さなどについて話し合われたとみられます。

評議は裁判官3人と裁判員6人がそれぞれ同じ1票を持ち、意見が分かれた場合は原則として多数決で決められます。

しかし、意見が分かれた際に被告にとって不利な重い刑にする場合は、たとえ裁判員が5人以上賛成して過半数を占めても結論とはならず、必ず裁判官1人以上が賛成することが必要となります。

復帰できていない社員も

京都アニメーションには、事件当時、176人の社員がいましたが、このうち「第1スタジオ」で働いていた70人が事件に巻き込まれました。

会社によりますと、採用活動は、事件の影響で一時中断していましたが再開し、現在の社員数は今月の時点で事件前とほぼ同じ、およそ170人となっています。

事件でけがを負った社員の中には、治療を経て復帰した人もいますが、現在も療養を続け、復帰ができていない人もいるということです。

「第1スタジオ」の跡地は

一方、現場となった「京都アニメーション」の「第1スタジオ」の跡地は、建物が解体されたあと、さら地のままとなっています。

会社は、跡地について、将来的に慰霊碑の設置が想定されることや会社の事業用地としての利用も考えられるとして一般には公開しない見込みです。

また、遺族や会社などは、事件や犠牲者の存在、それに多くの支援への感謝を記憶にとどめる象徴として、スタジオ跡地とは別に、会社の本社がある京都府宇治市内で碑の設置を検討しています。

遺族や社員などが参加する検討会では、去年12月、候補地を宇治市内の駅近くの公園とすることを決め、今後、碑のデザインを固めたうえで、事件から5年となることし7月までの完成を目指すということです。