教えて先輩! プロトレイルランナー 中谷亮太さん

“不眠不休の170キロ” プロトレイルランナーに聞く なぜ走る?

2023年12月27日
(聞き手:西條千春、幕内琴海)

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走行距離は約170キロ。ゴールまでは1日以上かかることもありますが、食事は走りながら、ほぼ仮眠もなし。“苦しいからこそ、人生が詰まっている”と語るのはプロトレイルランナーの中谷亮太さん。夢は「世界一のトレイルランナー」、そこにはある強い思いが込められていました。

舞台はアルプス?!

学生
幕内

早速ですが、そもそもトレイルランニングって、どんな競技なんでしょうか。

トレイルランニングは、中長距離走の一種で、平らな場所だけではなくて、山も走ります。

中谷さん

それも登山道だけでなく、整えられていない山道も走ります。

中谷亮太さん

1991年、兵庫県丹波市生まれ。プロトレイルランナー。22歳でトレイルランニングを始め、28歳の時に独立。「2023 Lake Biwa 100」で優勝するなど、国内外のレースに出場するトップランナーの1人。

実際にどんなところを走るのか、トレイルランニングの中で、最も多くの人が知っていて、憧れるレースをもとに紹介しますね。

ヨーロッパで行われるUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)というレースです。

UTMB 絶景のアルプスの山々を走る 奥に見えるのがモンブラン

まず走る距離は100マイル余=171キロです。

171キロ?!

しかも、のぼった高さを合計した累積標高という指標があって。

1000mのぼり500mくだって1000mのぼると、合わせて2000mのぼりましたというもので、UTMBではこの累積標高が1万メートルあります。

レースはフランス、スイス、イタリアをまたいで行われる

学生
西條

聞くだけですごいレースですが、中谷さんも出場したことはあるんですか?

去年(2022年)のレースに出ました。

世界のトップランナーが顔をそろえ、世界中から2700人以上が参し、すごく盛り上がっていました。

スタート地点の様子 19回目の2022年大会は104の国と地域から参加者が(日本からは121人)

171キロ走るのに時間はどのくらいかかったんですか?

僕は26時間33分36秒でゴールしました。

日本人では4位でしたが、全体では64位。トップとは6時間以上離れていますね。

UTMBでゴールする中谷さん

お腹がすいたり、眠くなったりしたら、どうするんですか。

食事は「ジェル」といって、飲むゼリーをもっと濃縮して小さくしたものですね。そんなにおいしくはないんですが(笑)。

あとは栄養補助ビスケットみたいなものとかを持って走りながら食べるのが基本のスタイルですね。

インタビューはオンラインで行いました

食べたくない時ってないんですか。

たくさん、あります(笑)

持久走を想像してもらうと少し分かると思いますが、レースの後半になってきてしんどくなってくると、食べたくなくなってきます。

でも食べないと動けないので、なんとか食べるっていう感じですね。食べられない人は失速してしまうのも、この競技の過酷さと面白さですね。

UTMBで走る中谷さん

休憩はないんですか?

レース中は数十キロおきぐらいに、「エイドステーション」といって、水を交換したり、食べ物を食べたりできる場所があります。

ただ、トップ集団の選手だと、必要なものを補充して、いらないものを捨てて出ていくっていう感じで、ほとんど休まないですね。

寝ることもないんですか?

あまり寝ないですね。タイムレースなので、寝た分、やっぱり遅くなってしまうんです。

10分寝たら、その10分で、ほかの選手は1キロ進んじゃうこともあるので。

ヘッドライトをつけながら夜中も走り続ける

走り終わった時は、どんな気持ちでしたか?

世界一のレースをゴールしたっていう爽快感はありました。ただ、もっと上の順位を狙っていたので、悔しさもあって、ちょっと複雑な気持ちでしたね。

レース=“人生”

レース中は、どんなことを考えて走っていたんですか。

レース中は、本当にめちゃくちゃ色んなことを考えています。

よく言うのですが、「100マイルレースって、人生を1回やるような感じ」なんです。

スタートとゴールが決まっていて、その中に「喜怒哀楽」のすべてがあります。

10月に開催された国内のレースで優勝

思うように走れなくて自分に腹も立つし、レースはきついし、でも走れることに幸せを感じるし、応援に感謝もする。泣いちゃうこともあるくらい、いろんな感情が自然に出てきます。

大自然のなかでスピードをあげきれず、アップダウンの変化もあるトレイルランだからこそ感じられるものだと思っていて。

それが人間らしくて、自分自身と向き合えて、やっぱり競技の1番の魅力かなと思います。

ちなみに、トレイルランをする人は、みんな過酷なレースに参加するんですか?

そんなことはないですよ!UTMBのように極限に挑戦するレースもありますが、ジョギングで流す趣味レベルのものもあるので、幅広い人が楽しめます。

景色もきれいですし、純粋に楽しむだけでも魅力を感じる人は多いと思います。トレイルランって、本当に走り抜くために人間としての総合力が求められるんです。

走るのが速いだけでもダメで、しんどくても食べないといけないし、完走するには埋めないといけないパズルのピースがめちゃくちゃ多いからこそ、むしろいろんな人に可能性があるんですよ。

伸びしろはどんな人にもあるので、それがトレイルランのいいところかなと思いますね。

きっかけは店長に連れられて

そんなトレイルランと出会ったきっかけは何だったんですか?

尊敬していたバイト先の店長がトレイルランを始めたからですね。

僕はそれまではずっと野球をやっていたんですけど、走りに行く時に連れていってもらったことがきっかけで、22歳くらいですね。

競技を始めたころの中谷さん

意外と最近なんですね。

そうなんです、本格的に始めたのは、その1年後くらいです。

当時は、教員として「野球部を甲子園に連れていく」という夢がありました。

非常勤で働いていたんですが、3年続けて教員試験に通らなくて、家庭の事情もあって、非常勤の仕事もやめざるをえなくなったんです。

そうだったんですね。

それで夢がなくなって、これからどうやって生きていけばいいんだろうって思っていた時に、初めて自分から山に入って。

そうしたら、自分の悩みも全部、自然は受け入れてくれるような感覚を覚えて、しかも走っていると気分も爽快になって、「今の自分でいい」って言ってくれているような気がしたんです。

そこから時間さえあれば山に行くようになりましたね。

徐々に競技の成績も伸びるように

そうしたら競技の成績もあがるようになって、たまたま出た大会で20代では1位になったことがあって、やったことが認められるっていうことがすごくうれしかったんです。

そこから本気でこの競技をやれないかと試行錯誤をして、28歳の時に会社を辞めて独立してプロトレイルランナーになりました。

独自のキャリア 不安は?

いわゆる“ふつうに就職”という道とは違いますが、他人とは違う選択をすることに不安はなかったんですか。

人間って絶対、環境で変わる生き物だと感じています。

僕も、自分の人生を変えてもらったと思っている人がたくさんいて、そういう人や環境に後押ししてもらって、自分は大丈夫じゃないかなと思い、今までやってきました。

だから、環境をどう変えるか、整えるかが大事で、たくさんの人と会って、チャレンジしているような人の情報にたくさん触れないと、心は簡単に「私はできないよ」とか、「俺は無理」みたいになってしまうと思っています。

考えるだけでなく、その分野に触れてみるということですか?

いろんな人やものに触れることで、自分が本当にしたいことやなりたいものを考える後押しになっていくと思います。

できなかったらどうしようっていうふうに思ってしまうんですけど、そうじゃなくて、「こうしたらできるかも」と考えてみることが何か1歩踏み出す時はすごく大事だなって、これまでやってきて感じています。

実はアルバイトもしながら・・・

ただ、実際には苦労も多いですね、正直(笑)。

生計を立てるのも難しくて、スポンサー企業から資金をもらったり、オンラインサロンや大会を運営したり、あとはアルバイトもやっています。

アルバイトも…。

そうなんです、海外の大会も多いので、遠征費がかかるんです。

特にヨーロッパは高いですね。渡航費も物価も高いですし、レースを本気で狙いに行くとなると、3週間は滞在したい。そうすると、やっぱり100万円以上かかりますね。

そんなにも!

ランナーとしての収入で生活していけるものですか?

世界規模だったら競技自体が盛んで、スポンサーがちゃんとつくので、たくさんいると思います。

国内外の様々なレースに参加

ただ、日本ではほとんどいないですね。

だから僕はそのモデルを作ろうと思っているんです。突破口を自分が作らないと、というような使命感があって、苦労の方が多いけど、広がってきている感覚はあります。

競技自体がめちゃくちゃ好きですし、人生を救われたと思っているので、僕みたいに、この競技に打ち込みたいと思った時にやっていける環境を作りたいと思っています。

だからこそ、夢は“世界一“

トレイルランに対する熱い思いを感じたんですが、今はどんな夢を持っているんですか。

今の夢は「世界一のトレイルランナーになること」です。

僕がいつも言うのは、“世界一熱くて、世界一自由で、世界一豊かなプロトレイルランナー”です。

まず選手としてUTMBで優勝するとか、世界一になるということはあるんですが、夢の先には目的があって。

この競技と出会うことで人生が豊かになるという人は非常に多いと思うので、その機会を広く伝えていくことも大事だと思っています。

そのためには僕が選手として世界一になったり、海外のいろんな山を飛び回ったり、ということを実現できれば、やっぱり説得力が増すと思います。

僕が自分の道を突き詰めた先に、本当に夢を実現ができるんだということを証明できれば、みんなが「じゃあ挑戦しよう」って思える、そんな雰囲気を学校でも、社会でも巻き起こしていきたいと思っています。

たしかに、そういう人の話は聞いてみたいです!

だから、挑戦を続けながら結果も出して、さらに上を目指していくっていう状態を見せつつ、当然ながら苦労もあるけど楽しいよっていうところを、いろんな人に見てもらいたいというのが1番の思いですね。

ありがとうございました!

これまで数々のレースに出場してきた中谷さんですが、100マイルのレースでは“幻覚”が見えるほどキツいこともあるとか。後編ではキツい時をどう乗り越えるのか。その思考法に迫ります。

NHK・BSの番組「グレートレース」では、中谷さんが出場したUTMBをはじめ世界のトレイルランニングなどのレースを特集しています。

この先の放送予定など詳細はこちら⇒番組のホームページ「グレートレース」

撮影・編集:岡谷宏基

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