目指せ!時事問題マスター

1からわかる!原発処理水(2)“安全”を浸透させるカギは?

2023年10月05日
(聞き手:堀祐理 鈴木優)

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2023年8月に始まった、福島第一原発にたまる処理水の海洋放出。安全性はどうチェックしているのでしょうか。心配される風評被害の現状と対策は。1からわかりやすく解説します。

処理水の安全性は?

学生

海洋放出を始めた処理水ですが、その後の安全性はどう確認しているんでしょうか?

東京電力は放出開始からこれまでのところ(10月5日時点)原則毎日原発から3キロ以内の海域の10地点で海水を採取してトリチウム濃度の分析を行っています。

水野
解説委員

9月11日に終わった1回目の放出では、検出された最大の値が1リットルあたり10ベクレルと、放出の停止を判断する700ベクレルを大幅に下回りました

東京電力は「初回の放出は大きな問題なく終えることができた」として、10月5日に2回目の放出を始めました。

教えてくれるのは、NHKの水野倫之(のりゆき)解説委員。専門はエネルギー・原子力、科学技術、宇宙。文系出身ながら、初任地の青森局時代に核燃料サイクル施設を取材したのをきっかけに、原子力政策、国内外の原子力施設を30年近く取材。福島第一原発の事故後も20回以上現地に入り、廃炉へ向けた課題を継続的に発信している。

「ベクレル」と「シーベルト」って?

学生
鈴木

そもそも「ベクレル」という単位が難しいです…。

「ベクレル」は放射能の強さ、放射性物質が放射線を出す能力を示す単位です。値が大きいほどたくさんの放射線が出ていることを指します。

一方、「シーベルト」という放射線が人体に与える影響の度合いを示す単位もあります。

ボールに例えてみましょう。まず「ベクレル」とは、ボールを投げる人が単位時間あたりにボールを投げた回数です。

このボールが自分の体にあたる時に受ける衝撃は、ピンポン玉、野球のボール、鉄球など、大きさや重さ、スピードで変わります。この衝撃の度合いが「シーベルト」です。

ピンポン玉はあたっても痛くないですが、剛速球や鉄球があたるとケガをしますね。

そうですね。そこで今回の「トリチウム」と、2011年の原発事故で放出された代表的な放射性物質「セシウム137」を比較します。

ボールの例だと、トリチウムはピンポン玉のイメージです。

同じ1ベクレルでも、トリチウムによる影響はセシウム137による影響の約700分の1です。

そのうえで、今回のトリチウムの検出データをどう受け止めればいいですか?

そもそも今回の海洋放出では、処理水を数百倍の量の海水と混ぜて薄め、トリチウムの濃度を国の規制基準(1リットルあたり6万ベクレル)の40分の1未満にします。これはWHO=世界保健機関が示す飲料水の基準(1万ベクレル)も大きく下回ります。

そして原発周辺の海水のトリチウム濃度は、最大でも検出できる下限の濃度とほぼ同じ1リットルあたり10ベクレルということでした。

東京電力は「安全上問題はなく、計画通り放出できている」としています。

安全性のチェックはどこが?

こうした処理水の放出後の安全性に関するチェックは、どこが行っているんですか?

海水についてはいま説明したように東京電力がモニタリングを行っているほか、環境省も週1回採取して分析結果を公表しています。原子力規制委員会福島県なども独自に調査しています。

また、魚については水産庁が周辺2か所でヒラメなどを捕獲して、トリチウムの濃度をホームページで公表しています。

環境省による海水のモニタリング

ホームページにデータが載っているのはありがたいですが、頻繁に確認するのは大変だと感じる人もいるかもしれません。

確かに、毎日のようにホームページを見に行くという人は多くないと思います。また、載っている情報の意味を理解するためには、説明をかなりしっかり読み込む必要があります。

ですから、データに変化が見られた場合などは、その意味も含めてわかりやすく簡潔に公表することが求められます。

私たちも日々取材してニュースで分かりやすく伝えていますが、より多くの人に伝わるよう、各省庁や自治体、東京電力もSNSなどで情報発信することが大切です。

もし異常が確認された場合は、どうなるんでしょうか?

東京電力は周辺の海水でトリチウムが海洋放出の際の基準の半分程度、1リットルあたり700ベクレル検出された場合、放出の停止を判断するとしています。放出設備などに異常が生じた場合も即座に停止する方針を示しています。

また、震度5弱以上の地震、津波注意報、高潮警報などが出された際にも運転員が手動で放出を止めることにしていて、緊急時を想定した訓練も行われています。

報道公開されたALPSの遠隔操作室

風評被害の現状は

処理水の放出で心配された風評被害の状況はどうですか?

まず風評被害とは、科学的な根拠に基づかない不確かな噂などによって受ける被害のことです。

福島の漁業への風評被害が一番懸念され、放出のすぐ後に福島の漁業者を取材してきましたが、「取引価格への影響は出ていない感じだ」ということでした。

ただ、「価格は突然下がることもあるので風評被害の懸念はぬぐえない」と話していました。

その後、海洋放出が始まってから1か月たった2023年9月24日時点で、漁業関係者は福島県内で水揚げされた水産物の価格に大きな変化は見られないとしています。

「常磐もの」を代表するヒラメ(2023年8月31日 福島県いわき市の中央卸売市場で)

原発事故後の深刻な風評被害

福島の方々が風評被害を懸念する背景には何があるのでしょうか?

やはり原発事故の後、実際に風評被害に悩まされ続けてきたことです。事故直後の当時は、放射性物質が放出された影響で一部の農産物や水産物が出荷できなくなりました。

その後、例えばコメについては福島県が「全量全袋検査」で放射性物質の基準を下回ることを確認して出荷しました。しかし、価格が事故の前より安くなったり、スーパーの棚に置いてもらえなくなったりしたこともあったということです。

福島県では原発事故の後すべてのコメについて放射性物質の濃度を測定する「全量全袋検査」が2020年まで続けられた(写真は2015年)

また特に風評被害が深刻だったのが水産物で、事故のあと、福島県漁連は国の基準(1キロあたり100ベクレル)よりも厳しい1キロあたり50ベクレルという独自の検査基準を作り、クリアしたものだけを出荷してきました。

しかし、漁業者に話を聞くと、事故からしばらくして東京で行われたフェアで基準をクリアしたシラスを子どもたちに提供しようとしたところ、保護者が「食べさせないで」と拒否してその場で捨てられてしまったこともあったそうです。

風評被害について話してくれた漁業者と水野解説委員(福島県相馬市の松川浦漁港で)

厳しい基準を設けて安全性を検査しながら努力されてきた気持ちを思うと切ないです。

その後の地元のみなさんの地道な取り組みによって、放射性物質を理由に福島県産の食品の購入をためらうという人は大幅に減り、福島の沿岸漁業はようやく2021年4月から本格操業への移行期に入りました。

処理水海洋放出後、国内での消費を後押しする動きが各地で広がっている(画像は都内のスーパーに設けられた特設コーナー)

しかし、2022年の水揚げ量は5525トンと、事故後の最多にはなったものの、事故の前と比べると2割ほどにとどまっています

また放射性物質の検査についての認知度の低さも課題です。

消費者庁の調査では、福島県や漁協が行っているような食品中の放射性物質の検査について「知らない」と回答した人が事故直後は22%にとどまっていましたが、直近では過去最高の63%にのぼっています。

こうした取り組みを知らない傾向がさらに高まると、風評被害が起こりやすくなってしまいます。

大変な思いをしてきたからこそ、福島の方々は処理水による風評被害を懸念されているんですね。

そうですね。処理水の放出前、漁業者を代表する全漁連(全国漁業協同組合連合会)の会長は「科学的な安全に関しては一定程度理解できたと思うが、科学的な安全と社会的な安心は違うものだと思っている」と話しました。

全漁連の坂本雅信会長(2023年8月21日 岸田首相と面会後)

私たち消費者が処理水の実情をよく知らないままだと、漠然とした不安から福島の魚を敬遠してしまうということにつながりかねませんので、知る努力をしてもらいたいと思います。

岸田首相も福島の魚を食べるなどして安全性をPRしてきましたが、消費者の「安心感」が生まれるまで、丁寧に繰り返し説明していくことが求められます。

中国はなぜ反発?

処理水をめぐっては、中国が強く反発しました。

処理水の放出を受けて、中国政府は「核汚染水」という言葉を使って、日本の水産物の輸入を全面的に停止しました。

中国では、北京の日本大使館の敷地にレンガの破片が投げ込まれたり、日本人学校に石や卵が投げ込まれたりしました。

また放出の直後、各地の企業や公共施設などに、中国の国番号86から始まる国際電話の嫌がらせが相次ぎました。

中国の国番号86から始まる国際電話の着信履歴

なぜこうした動きが一斉に起きたんですか?

背景には、中国政府とメディアが一体となって、処理水の放出反対キャンペーンを行ってきたことがあります。

中国政府は2年ほど前から処理水放出反対を掲げてきました。政治的に日本をけん制する意図があったのかもしれません。

中国では、日本と違って政府に都合の悪い情報は厳しい制約を受け、メディアは「処理水は危険だ」という見方ばかりでした。こうした情報に接した一部の人たちが行ったとみられます。

また、中国国内では若者の失業率の高さや不動産市場の低迷などで国民が不満を募らせる中、そうした不満が政権に向かわないようにしたのではないかとの見方もあります。

中国外務省の汪文斌(おう・ぶんひん)報道官 記者会見で処理水放出に反対の姿勢を示した

中国の反発で水産業への影響は

中国が日本の水産物の輸入を全面的に停止したことで、影響は出ているのでしょうか?

北海道や宮城県ではホタテの輸出ができず、出荷に影響が出ているところもあります。

2022年に日本が水産物を輸出した国と地域の割合を見ると、最大は中国で全体の22.5%でした。このうち、最もウエイトが大きいのがホタテなんです。

中国は日本の水産物の主な輸出先

今後、収束に向かうのでしょうか?

岸田総理大臣は、訪問先のインドネシアで中国の李強首相に対し、科学的な安全性などを説明して中国による輸入停止措置を直ちに撤廃するよう求めました。

政府は水産業への影響を踏まえ、できるだけ早期に撤回させたい考えで、国際社会の理解と支持を背景に働きかけを強めていく方針です。

政府内には、WTO(世界貿易機関)への提訴も検討すべきだという声もありましたが、時間もかかりますし、勝訴するとは限らないため、中国側の出方を見極めながら慎重に対応を判断するとみられます。

風評被害への対策は

影響が出始めているようですが、風評被害などに備えた対策はどうですか?

政府は風評被害などへの対策として300億円の基金を設置しました。卸売市場などでの水産物の取り引き価格が原則7%以上下落した場合、漁業者の団体などが一時的に買い取り、冷凍保管するための費用を全額補助するということです。

これとは別に、漁業者の事業継続を支援するための500億円の基金も設けました。放出の影響で売り上げが3%以上減少した場合などに、新たな漁場の開拓などを支援するとしています。

このほか中国による水産物の輸入停止を受けて、水産事業者などへの207億円の緊急支援策をまとめました。中国に依存していたホタテなどの輸出先の転換を支援するということです。

また東京電力も実際に風評被害が出れば、期間や地域、業種を限定せず賠償するとしています。請求があれば、東京電力が統計データを活用して被害の有無を推認し、損害額を算定することになっています。

東京電力は2023年10月2日から風評被害を受けた事業者への賠償の受付を始めました。

電話では0120-429-250で受け付け。宮城県石巻市に相談窓口を開設しました。

対策を漁業者の人たちはどう受け止めていますか?

総額1000億円を超える支援策ですが、水産物の買い取り支援も買うのは漁連などで政府が買い取ってくれるわけではありません。

また支援の対象はホタテを運んだり保管するのにかかる経費で、認められるにはどれくらい価格が下がったかを示すなど多くの条件がついていて、使いづらくこのままでは絵に描いた餅になりかねないとの声も出ています。

賠償についても、漁業者が願っているのは、賠償を受けながら暮らし続けることではありません。

処理水放出の開始直後に福島県相馬市の漁業者に取材しましたが、彼らが目指しているのは原発事故が起きる前と同様に“海に出て自力の力で稼ぐ”、そんな当たり前の漁業の姿を取り戻すことです。

政府や東京電力には、風評被害を起こさない・抑える対策を継続して行うこと、多くの消費者とコミュニケーションをとりながら処理水について理解してもらい、安心感が生まれるようにしていく取り組みが求められます。

これから社会人になる私たちができることはありますか?

出所が確かでないフェイクやうその情報にだまされないことです。そしてぜひ処理水の問題を自分事としてとらえて、正しく理解を深めてほしいです。

福島で作られた電気は首都圏で暮らす人たちに供給され、その電気でさまざまな産業が発展し、その効果は日本全国に波及してきました。

「福島産のものを食べてみる」など、関心を持って個人でできる行動を起こしてみてはいかがでしょうか。

1からわかる!原発処理水。最終回は、処理水放出の先にある「燃料デブリ」取り出しの課題など、廃炉に向けた道のりについて徹底解説します。

撮影:豊田俊斗 編集:林久美子

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