2023年2月7日
国連 北朝鮮 朝鮮半島

北朝鮮のミサイル 資金源はなに?必要な対策は?元国連の専門家に聞く

「北朝鮮から船1隻分の石炭が来たので、山分けした」

2022年11月、中国で石炭を扱う業者から聞いた話です。
北朝鮮産の石炭は国連安全保障理事会の経済制裁により、取り引きが原則禁止されています。核・ミサイル開発の資金に使われるおそれがあるからです。

では、北朝鮮は核・ミサイル開発につぎ込む資金をどうやって獲得していて、開発に歯止めをかけるための対策はどうあるべきなのでしょうか?

国連安全保障理事会の専門家パネル(小委員会)がまとめた報告書やパネルの元メンバーへのインタビューを元に、北朝鮮の資金源を探りました。

(アメリカ総局記者 矢野尚平)

半年で最大800億円の試算も 北朝鮮のミサイルとカネ

2022年、かつてない頻度でミサイルを発射した北朝鮮。

韓国軍の発表をまとめると、その数は巡航ミサイルを含めて37回、合計で90発以上になります。

韓国メディアによりますと、政府系シンクタンクの国防研究院は、2022年の1月から6月までに発射した17回、あわせて33発のミサイルにかかった費用を試算しました。最大で6億5000万ドル、日本円(1ドル=130円)で845億円にのぼると推計しているということです。

この金額は、北朝鮮で2022年に不足すると推計されていた食糧86万トンのうち、84万トンをまかなえ、すべての国民にファイザー製の新型コロナウイルスワクチンを接種することもできる規模だといいます。

北朝鮮は多額の資金をどこから得ていたのか?

北朝鮮の資金源は何なのか、その謎を解くヒントとなるのが国連が公表している報告書です。

国連の専門家パネルがまとめた中間報告書(2022年10月公表)

国連安全保障理事会は、北朝鮮への制裁措置を管理する制裁委員会の下に、関係国の専門家で作るパネルを2009年に設置しています。メンバーは各国の外交官や研究者など国籍も所属もさまざまで、実は日本人も在籍してきました。

専門家パネルは、決議の違反状況を各国の情報機関や軍に問い合わせるなど定期的に調べて報告書にまとめて提出しています。

国連安保理の制裁とは?

北朝鮮には日本やアメリカをはじめとする国々からさまざまな独自の制裁も科せられていますが、最も厳しいのは国連の安全保障理事会によるものです。2006年から2017年にかけて、ヒト、モノ、カネの流れを規制する11本の制裁決議を採択しました。

制裁の主な内容
・海外で収入を得る北朝鮮労働者などの本国への送還
・北朝鮮からの輸入禁止:石炭、鉄、鉄鉱石、海産物、繊維製品など
・北朝鮮への輸出禁止:航空燃料、石油精製品(年間50万バレルを上限)、ぜいたく品

専門家パネルはこれらの制裁が実施されているかどうかを監視しています。

報告書には、北朝鮮が世界各地に拠点を置いて、制裁に違反したり、回避したりして、核・ミサイルの開発に必要な資金を調達している実態が書かれています。

2022年10月に公表された300ページを超える中間報告書を読み解いていきます。

1. 巧妙化する「瀬取り」

「瀬取り」とは、海上で船から船に積み荷を移し替え、北朝鮮以外の国から輸入したように装う手口です。北朝鮮はこうして、主に石油や石炭の不法な取り引きをしているとみられています。制裁が大幅に強化された2018年から活発になったとされています。

報告書には、北朝鮮籍や北朝鮮のフロント企業が運航する船舶が、朝鮮半島西側の黄海や東シナ海で他国の船に「瀬取り」を行っているとする衛星写真が掲載されています。

北朝鮮の貨物船が石炭の「瀬取り」を行っているとする衛星写真

日本をはじめ関係国は「瀬取り」が疑われる行為を発見した場合には、国連安保理に通報しています。報告書は、北朝鮮が近年、監視網をかいくぐろうと、船を偽装させたり、発信装置を意図的に切って位置を隠したりするなど、手口を巧妙化させていると指摘しています。

私たちは、北朝鮮で豊富に採れるといわれる石炭に注目し、中国での実態を取材しました。そして、中国東部で20年以上、北朝鮮からの石炭を入手しているという業者に接触しました。

Q)北朝鮮の石炭はあるか。
A)北朝鮮の石炭は取り扱っている。ブローカーが手配してきた船1隻分の石炭を運んできたものを、私たちが山分けして転売している。値段は高くない。

Q)石炭の量と種類は。
A)無煙炭2000トンぐらいだ。

Q)北朝鮮の石炭の取り引きにリスクはないのか。
A)どんなリスクがあるというのか。貨物があって、お互いが希望する値段が一致して、売ればもうけがでる。

中国の業者は、瀬取りで不正に北朝鮮から運ばれた数千トンの石炭を山分けして販売しているというのです。石炭が到着した中国の港も、国連の報告書に明記されている場所と一致していました。現場の取材から見えてきたのは制裁措置が有名無実化している実態でした。

中国 丹東から撮影した対岸の北朝鮮 シニジュ(新義州)

中国は北朝鮮の伝統的な友好国で、北朝鮮にとって貿易のおよそ9割を占めるとされています。中国の港湾は国営企業によって管理・運営されているため、西側のある外交官は「中国政府がこうした取り引きに何らかの形で関与しているのではないか」と指摘していました。

私たちは中国外務省に、北朝鮮の石炭が中国国内に運ばれている実態を把握しているかどうか尋ねる質問書を送りました。しかし、中国外務省からの回答は事実関係の確認を避けるだけのものでした。

中国外務省からの回答
「中国は一貫して制裁決議を誠実に履行しており、企業に対しては規定に沿って北朝鮮に関連する貿易を行うよう求めている。またわれわれは、一部の方面が意図的に通常の中朝の正常な往来をわい曲し、国連の報告書を利用していることに注目している」

2. 海外のIT技術者からの送金

報告書が指摘している北朝鮮の資金調達の方法としてこのところ急速に増えているのが、海外にいる北朝鮮のIT技術者からの送金です。

韓国政府はその金額は、年間であわせて数億ドルにのぼると指摘しています。2022年12月8日には、北朝鮮のIT技術者が国籍などを偽って国外で仕事を請け負い、外貨稼ぎを行っているとして、韓国の国内企業に注意を呼びかけました。そして、「収益の相当部分は技術者が所属する北の機関に納められ、核・ミサイル開発に使われている」と指摘しました。

北朝鮮は数千人のIT技術者を世界各地に派遣していると見られています。技術者たちは、数人ずつグループで暮らしながら、ソフトウエアや携帯端末のアプリなどの開発を各国の企業から受注しているというのです。

国連の報告書に記載された 北朝鮮のIT技術者 ソン・リム

国連の報告書には具体例が記されています。サングラスに野球帽をかぶり、ピースサインをする男性。「ソン・リム」という北朝鮮のIT技術者の写真です。

中国のIT技術者と偽り、北朝鮮との国境にある東北部の遼寧省丹東を拠点に活動しているということです。金融機関などを装って金銭をだまし取ろうとする「フィッシング詐欺」への関与が指摘され、「フィッシング詐欺」で使うスマートフォンのアプリを販売し外貨を獲得しているということです。

注目すべきなのは、彼が所属する企業の親会社が「ハプジャンガン貿易会社」だということです。この会社は北朝鮮で核・ミサイル開発を担う軍需工業部の傘下にあるロケット工業部の関連会社とみられているのです。

こうした技術者たちは違法に収集した運転免許証やIDカードを画像編集ソフトで偽造し、国籍や身元を偽るなどして活動していると指摘されています。

日本でも北朝鮮のIT技術者がスマートフォンのアプリの開発に関与するケースが確認され、アメリカや韓国政府が企業などに注意を呼びかけています。

3. サイバー犯罪

経済制裁の抜け穴とも言われ、いま国際的な協力が必要だと強調されているのが、北朝鮮によるサイバー犯罪です。報告書では、暗号資産関連の企業や交換所に攻撃を仕掛けて暗号資産を盗んだり、求人情報を装い、ウイルスに感染させるリンクや添付を送りつけたりしていると指摘しています。

アメリカのFBI=連邦捜査局は2022年、北朝鮮のハッカー集団の「ラザルス」と「APT38」がオンラインゲームのネットワークにサイバー攻撃を仕掛けて日本円で800億円相当の暗号資産を盗んだ疑いがあると発表しました。これは北朝鮮が2022年の上半期に発射したミサイルにかかった費用をほぼまかなえる金額です。

科学技術関連の施設を視察するキム・ジョンウン(金正恩)総書記(2015年)

北朝鮮はどれくらいサイバー攻撃に力を入れているのでしょうか。

「核・ミサイルとともに、わが軍の攻撃能力を担保する万能の宝剣」。

キム・ジョンウン(金正恩)総書記は、サイバー戦を核兵器、ミサイルに並ぶ戦争の手段と位置づけ、サイバー部隊の育成に力を入れているといわれています。その規模について韓国の国防白書は、6800人あまりが活動しているという見方を示しています。

北朝鮮でサイバー部隊を統括しているとみられているのが「偵察総局」と呼ばれる対外工作機関です。報告書では「ラザルス」や同じくハッカー集団の「キムスキ-」などを配下に置いていると指摘しています。

韓国のシンクタンクは、偵察総局が、軍事技術の搾取や外貨獲得、工作活動などを目的にサイバー攻撃の能力を大幅に強化し、その能力は「世界最高水準」だと分析しています。

日本政府は2022年12月、独自制裁の措置として、偵察総局傘下の「ラザルス」を資産凍結の対象に指定するなど対策を急いでいますが、匿名性が高いなど追跡が難しく、現状では、サイバー犯罪への効果的な抑止力が不足しているとも指摘されています。

専門家パネルの元メンバーに聞く

こうした中、私たちは専門家パネルのメンバーの1人として、北朝鮮の制裁逃れを監視してきた竹内舞子氏に話を聞きました。

国連安保理 専門家パネル元委員 竹内舞子氏

竹内氏は北朝鮮によるサイバー攻撃の脅威は、全世界で高まっているとした上で、今後、特に注視すべきとして「アンダリエル」という北朝鮮のハッカー集団を挙げました。

「アンダリエル」も偵察総局の傘下にあり、防衛、エネルギー、旅行、暗号資産関連の会社を狙って、サイバー攻撃を行っているとみられています。アメリカ財務省は2019年、韓国政府や韓国軍から機密情報を盗もうとしたり、オンラインのギャンブルのウェブサイトから現金を盗み出したりしているとして独自制裁を科しました。

竹内氏は「アンダリエル」を注視すべき理由を核・ミサイル開発の資金と情報のいずれも自力で窃取できる「自己完結型」とも言える能力を備えたグループだからだとしています。

国連専門家パネル元委員 竹内舞子氏
「医療機関などに身代金攻撃を仕掛けて資金を獲得する。その資金を使って、サイバー攻撃で使う装備品を購入している。そして今度はミサイルなどの軍事情報を窃取している。あまり注目されていないグループだが、その活動を注視していく必要がある」

どうすれば核・ミサイルの資金源を断てるのか?

北朝鮮の核・ミサイル開発を止めるためどうすればよいのでしょうか。

竹内氏は、まずは現在の制裁の厳密な履行によって外貨獲得は大幅に制限できると指摘します。その上で、新たな脅威であるサイバー攻撃への対策が必要だと語りました。

竹内氏
「さまざまな制裁やコロナ禍で、物理的な移動を伴わないサイバー空間での外貨稼ぎは北朝鮮にとってやりやすく、北朝鮮の外貨稼ぎの中で比重は大きくなっていくだろう。ただ、北朝鮮のサイバー活動そのものを禁止する措置は現在の安保理決議にはなく、野放しになっていることは懸念される。サイバー空間上で悪意のある活動については国連が明示的に禁止する決議が必要だと思う」

竹内氏によると、北朝鮮のハッカー集団は、まずは組織に所属する「個人」を攻撃し、そこを足がかりにして政府機関や企業から資金や情報を盗み取るといいます。

そのため、北朝鮮からのサイバー攻撃に対応するためには「攻め」と「守り」が必要だと強調します。

竹内氏
「ラザルスなどに各国が制裁をかけて世界に積極的に周知していくことで、ハッカー集団や北朝鮮そのものにプレッシャーをかける『攻め』に出る。同時に、ターゲットになり得る会社や個人が『守り』を固めていく。北朝鮮が実際に行っている手口は、『あなたを採用したい。会社案内をダウンロードしてくれ』などと情報を送り込み、それを突破口として組織を攻撃する足がかりを作る。会社や組織はもちろん、社員や個人1人1人が守りを固めることが非常に重要だ」

2022年、安保理は大国どうしが対立し、北朝鮮が弾道ミサイルの発射を繰り返しても一致した対応を示せませんでした。竹内氏は最後に日本政府に求められる役割にも言及しました。

竹内氏
「安保理が動けなかった2022年は、北朝鮮がミサイル発射など技術的なテストを行うのに好都合な1年になってしまった」
「2023年は日本が安保理の非常任理事国に入るとともにG7の議長国でもある。日本の国際的な活動に世界の注目が集まる1年になる。大量破壊兵器の開発や拉致問題などに国際的な関心を改めて集めていく大切な1年だ。積極的な多国間外交をどれだけ繰り広げられるか、日本政府に期待している」

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