2023年12月6日
ドイツ 経済 ヨーロッパ

“財政トリック”にNO!国の借金で激論 信念ゆらぐドイツ

「『増税メガネ』の上に『減税メガネ』をかけて国民の望むことが見えなくなっているのではないですか」
11月27日、参議院予算委員会での、岸田総理大臣に対する立憲民主党・辻元清美氏の質問です。来年度の予算編成が佳境を迎えるなか、防衛費の増額や増税・減税をめぐって激しい論戦が交わされています。
一方、同じように国の財政をめぐって議会や政府内で激しい議論が沸き起こっている国があります。それはドイツです。財政規律を守るための「債務ブレーキ」と呼ばれるルールを棚上げして積極財政に打ってでるべきか、それとも財政規律を守るべきか。ショルツ首相自身が「財政トリック」を作り上げたと批判も浴びています。議論の経緯を追っていくと、ドイツならではの「信念」が見えてきました。

(ベルリン支局長 田中顕一)

首相の器ではない!

2023年11月28日、ドイツの首都ベルリンにある連邦議会ではショルツ政権の財政運営に対して厳しい意見が噴出していました。

野党「キリスト教民主同盟」のメルツ党首がショルツ首相に対して「債務(借金)の制限を前例のない方法ですり抜けようとした違憲システムの作り手だ」と言い放ち、首相の器ではないとまで批判したのです。

ドイツ ショルツ首相を批判する野党「キリスト教民主同盟」メルツ党首(2023年11月28日)

これに対し、ショルツ首相が所属する「社会民主党」の議員は首相を擁護し、激しい論戦となっています。

債務ブレーキとは?

「違憲システム」とは一体何なのか。

これを理解するためには「債務ブレーキ」というルールを知る必要があります。「債務ブレーキ」はドイツの憲法にあたる基本法に定められているもので、財政規律を守るため、政府の借金=債務はGDP=国内総生産の0.35%未満に抑えなさいというものです。

ドイツの連邦議会

首相による“違憲システム”

さて、「違憲システムの作り手」について、話は2021年に遡ります。この年は、当時のメルケル政権が、2400億ユーロ(38兆5000億円)の新型コロナ対策費を計上しました。その際、パンデミックという緊急事態への対応ということもあったので、議会に債務ブレーキの適用除外を要請し、承認を得ました。対策費は国債を発行してまかないました。

その同じ2021年12月に発足したショルツ政権は、このうちの未使用となっていた600億ユーロ(約9兆6000億円)に目をつけて、気候変動対策のためとする基金の財源につけかえる2021年度の補正予算案を議会に提案し、可決されました。

発案者はメルケル前政権の財務相を務めていたショルツ首相本人だったと伝えられています。600億ユーロは、すでに補正予算として可決されているので、2022年度以降の予算審議には現れず、使うことができます。「債務ブレーキ」のルールにひっかからずに、基金を通じて政権が重視する気候変動対策の推進、課題となっている鉄道インフラの整備、さらには経済安全保障のために外国の半導体メーカーがドイツ国内に工場をつくる際の補助金など、看板政策に使うことにしたのです。

裁判所がノーを突きつける

表向き財政規律にふれることなく、巨額の予算が使える。ショルツ首相はほくそ笑んでいたかもしれません。

しかし、2023年11月15日、政権にとって衝撃の司法判断が下されました。

ドイツの憲法裁判所

カールスルーエにある憲法裁判所が、緊急事態でのコロナ対策予算を気候変動のための基金に転用し、複数年度にわたって使えるようにするのは財政規律や財政手続きに反して、違憲だという判決を下したのです。

判決では「年度ごとに予算を執行するという原則のもとにおいて、その年が始まる前に予算を成立させることが必要だ。また、その年が終われば、権限も失われる。特別な目的の基金をつくるためにこの原則をすり抜けることはできない」としています。

判決に関するプレスリリース

ショルツ政権による「違憲システム」とは、憲法である基本法に定められた債務ブレーキのルールをこっそりすりぬけて巨額の予算を使う、こういうことを指していたのです。ショルツ首相はメディアから「財政トリック」を使ったなどとの批判にさらされ、政権のイメージは低下しました。

財政混乱に陥るショルツ政権

判決を受けてドイツ政府の財政は今、混乱に陥っています。

まず、今年度中に支出する電気料金とガス料金の補助の支出が違憲と認定されるリスクをドイツ政府は恐れました。この補助が別の基金から複数年度にまたがって支出されていたためです。
このため、その分の資金をまかなうために、債務ブレーキに基づいて国債を発行できる上限を450億ユーロ(7兆2000億円)上回る今年度の補正予算案を議会に提出しました。

国債を発行できるように、議会に対して「債務ブレーキ」の適用が除外される緊急事態だと認めるよう要請しています。

ショルツ首相は、11月28日、連邦議会で演説し、緊急事態だという承認を求めるのは判決を踏まえた対応であることにとどまらず、エネルギー危機が終わっていないためなどと説明しましたが、苦しい言い訳に聞こえることは否めません。

ショルツ首相

さらに、2024年3月まで延長を決めていた電気料金やガス料金の補助は一転して止めると発表。料金が補助の必要のないレベルまで下がってきているためとしていますが、これも判決の影響によって違憲のリスクが出てきた財源の基金を廃止することになったことが影響しているとみられます。

ナチスの台頭を許した“悔恨”

違憲判決の根拠となった「債務ブレーキ」のルールそのものは、リーマンショックによる経済悪化への対応として財政赤字が膨らんだことから、2009年に財政規律を強化するために設けられました。

ただ、背景を辿るとドイツ特有の財政規律に関する事情があります。ドイツは第1次世界大戦後に敗戦の賠償金をまかなうため通貨マルクを大量に刷り、物価上昇率が1兆倍ともいわれるハイパーインフレーションを体験しました。モノの値段が急激に上昇した当時の状況について、次のような逸話も残っています。

「1杯5000マルクのコーヒーを2杯飲んだら、飲み終わるころには1万4000マルクになっていた」

ほとんど価値のなくなったドイツ紙幣の山(1923年)

その後、引き起こされた社会不安は、ヒトラー率いるナチスの台頭にもつながったとされています。そしてナチスは手形や公債を大量に発行して戦費を調達し、ユダヤ人の大量虐殺、ホロコーストにもつながりました。

ナチス・ドイツを率いたヒトラー

財政規律を守ることにドイツ人は重い歴史を背負っているだけに「債務ブレーキ」の存在もまた、大きいものがあるのです。

連立与党内でも財政規律をめぐり意見対立

ここにきて連立政権であるショルツ政権のきしみも浮かび上がってきました。ショルツ政権は、気候変動対策や社会福祉政策を強化したいと考える「社会民主党」、「緑の党」、そして財政規律を堅持したい「自由民主党」の3党からなる政権です。当初から財政運営をめぐり立場の違いを抱えていました。

連立に合意し署名式に臨む3党の党首ら(2021年)

「社会民主党」と「緑の党」からは、判決を受けて、今後の支出を抑制すればドイツの発展は遅れてしまうとして、来年度も緊急事態にして債務ブレーキを適用除外だとすべきだという声が出ています。一方、「自由民主党」からは、財政規律は堅持すべきで、法律では、予測できない災害などで財政出動が必要となるとされている緊急事態を、たやすく求めるべきではないと反対の立場を示し、折り合いがついていません。

今後の焦点となっている来年度予算案の編成について、3党は連日協議を行っていますが、現時点ではメドが立っていません。来年度が始まる来月(1月)以降に持ち越すという異例の事態に陥る可能性もあると伝えられています。

対応のカギを握るのは「自由民主党」の党首でもあるリントナー財務相です。11月下旬の公共ラジオのインタビューで、来年度の「債務ブレーキ」の適用除外には反対だとした上で次のように話しています。

リントナー財務相

リントナー財務相
「インフレが続くこの状況では、借金を増やすことは持続可能ではない。高い金利を支払っており、借金が増えることは、将来、より高い金利負担と返済義務を負うことを意味する。膨張的な財政政策を続ければ、数年後には利子を返済するためだけに税負担を増やさなければならなくなる可能性は否定できない。これは経済的に国家の首を絞めることになる。だからこそ、反対を唱えるしかない」

日本 税収増はすでに使った

冒頭記したとおり、日本でも今、来年度の予算編成が佳境を迎えています。

岸田政権は新たな経済対策に盛り込んだ所得税や住民税の定額減税を打ち出すことにしています。

参議院予算委員会で答弁する岸田首相(2023年11月)

岸田総理大臣は「税収増を国民に還元する」と述べていますが、鈴木財務大臣は、11月8日の衆議院の財務金融委員会で「過去の税収増は当初予算や補正予算の編成を通じて、政策的経費や国債の償還にすでにあてられている」と驚きの発言をしました。税収増は借金の返済などに使ってしまったとのこと。そして減税の原資については「仮に減税をしない場合と比べれば、国債の発行額が増加することになる」と述べ、国債頼み=借金が増えることを示唆しています。

衆議院財務金融委員会で発言する鈴木財務相(2023年11月8日)

財政支出 大事だけれど…

国を動かしていくうえで財政の支出は欠かせません。必要な予算はつけるべきで、特に緊急事態に陥ったときにお金を出せるのは政府ですから、私たちの家計のやりくりのように節約して黒字にして余ったお金を貯金していればいいということにはなりません。

しかし、コロナ対策やロシアのウクライナ侵攻といった次々起こる異常事態に世界各国の財政が伸びきっていることに懸念が広がっています。

思い返せば、2022年10月、イギリスではトラス政権が打ち出した大型の減税策が財源の裏付けに乏しいとみられ、国債が急落。イギリスの通貨ポンドも下落して金融市場から背中を押されるようにトラス氏は首相辞任に追い込まれました。

イギリス トラス前首相

アメリカも財政悪化が懸念され、2023年8月には大手格付け会社フィッチ・レーティングスがアメリカ国債の格付けを引き下げました。その後、こうした財政要因も加わり、アメリカ国債の価格が下落し、長期金利は10月中旬におよそ16年ぶりに5%を突破しました。

重い歴史のもと、長年、財政規律を守ってきたドイツ。しかし、気候変動対策やインフラ整備、落ち込む景気の浮揚策など、財政支出ニーズは増す一方です。日本が見習うべき「信念」は揺らがないのか、規律と支出のバランスをとることの難しさにドイツは直面しています。

ベルリン

(11月25日 NHKニュースで放送)

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