2023年11月22日
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ハマスを“テロリスト”と呼ばないイギリスBBC いったいなぜ?

イスラエルに対する10月7日の奇襲攻撃で、多くの民間人を含む1200人以上を殺害、240人以上を人質として連れ去ったイスラム組織ハマス。

欧米の多くの政府がハマスを“テロリスト”だと非難する中、イギリスの公共放送BBCはこの表現を使わず、政府や市民から批判や抗議の声があがっています。

なぜBBCはハマスを“テロリスト”と呼ばないのか。取材しました。

(ロンドン支局長 大庭雄樹)

「ハマスは“テロリスト”だ」

BBCニュース
「『過激派』ハマスによる前例のない攻撃で、700人以上が死亡したとみられます」
「ハマスの『戦闘員』たちは、これらの地点からイスラエルに侵入しました」

いずれも10月上旬、ハマスによるイスラエルへの大規模な襲撃について伝えたBBCニュースの表現です。

ハマスの攻撃を伝えるBBCニュース

これが実態を表していないとして、イギリスのスナク首相や主要閣僚が相次いで批判しました。

イギリス スナク首相(左) シャップス国防相

スナク首相
「ハマスを支持する人は、このひどい攻撃について責任を負っている。ハマスは『過激派』や『自由の戦士』などではなく、『テロリスト』だ」

シャップス国防相
「ハマスは罪のない人たち、赤ちゃん、音楽イベントの参加者、それにお年寄りなどを虐殺した、明らかな『テロリスト』だ。それをBBCがいまだに『過激派』などと呼んでいるのは驚きだ。組織内で一体何が起きているか知らないが、BBCは倫理基準を示すべきだ」

「BBCは恥を知れ!」

10月中旬には報道に不満を募らせた市民数百人が、ロンドン中心部にあるBBC本部の前に集結。

イスラエルの国旗を振ったり、「ハマスはIS(過激派組織IS=イスラミックステート)だ」などと書かれたプラカードを掲げたりしながら、ハマスを「テロリスト」と表現しないBBCに「恥を知れ」などと抗議の声をあげていました。

BBC本部前で抗議する人々(ロンドン 2023年10月)

参加した男性
「尊敬するBBCがハマスを『テロリスト』と見なさないことにひどく憤っている。BBCはイギリスを代表する報道機関のはずだ。われわれが生涯を通じて信頼してきたのに、裏切られた気分だ」

イギリスでは、ハマスによる襲撃でイギリス人17人が死亡、または行方不明になっていると報じられています。

大手調査会社「ユーガブ」が4000人近くを対象に行った世論調査でも、「ハマスはテロ組織だ」と回答した人が約3分の2に上っています。

なぜ「テロリスト」と呼ばないのか

BBCはなぜ「テロリスト」ということばを使わないのか。

その理由として挙げているのが、2019年に改訂した、BBCの報道指針をまとめた「編集ガイドライン」の規程です。

BBCの「編集ガイドライン」
「テロリズムは、重大な政治的色合いを伴う難しく感情的なテーマで、価値判断を伴うことばの使用には注意が必要だ。出所を明示せず、テロリストという用語を使うべきではない」
「『テロリスト』ということばは、理解の助けよりも妨げになる可能性がある。
われわれは何が起きたのか説明することで、視聴者に全貌を伝えるべきだ。他者のことばをわれわれ自身のことばとして採用すべきではない。
われわれの責任は客観性を保ち、誰が誰に対して何をしているのかを視聴者がみずから判断できるように報道することだ」

ハマスによる襲撃のあと、BBCはホームページに動画を掲載。

その中で、国際ジャーナリストとしてBBCに53年間勤めるジョン・シンプソン記者は次のように説明しました。

BBCの公式サイトで説明する ジョン・シンプソン記者

シンプソン記者
「『テロリズム』とは、人々が倫理的に認めない集団に対して使う、意図が込められたことばだ。誰を支持し、誰を非難すべきかを伝えるのはBBCの役割ではない」

報道が反ユダヤを助長?

それでも、イギリスに約27万人いるユダヤ系住民は納得していません。

ユダヤ人組織のまとめでは、イスラエルとハマスの衝突が激しさを増す中、イギリスではユダヤ系住民への襲撃や嫌がらせが4週間で1000件以上発生。前年の6倍以上に急増しました。

ユダヤ人学校や子どもたちも嫌がらせなどの被害にあい、首都ロンドンでは複数の学校が臨時休校を余儀なくされました。

その後、警備を強化し再開されましたが、ユダヤ系の住民からは、ハマスを“テロリスト”と呼ばないBBCの報道が、こうした行為を助長しているという懸念の声も上がっています。

イギリス最大のユダヤ人組織「英国ユダヤ人代議員会」のトップは、BBCが使うことばは特別な重みを持つと強調します。

英国ユダヤ人代議員会 マイケル・ウィーガー最高責任者

ウィーガー氏
「BBCは公的な機関なので、国民との関係はほかのメディアと異なる。一企業ではなく公共の存在であり、私たちはより高い期待を抱いている。
ユダヤ系コミュニティーは、この数十年間で最も高い緊張状態に置かれ、非常に心配な時期にある。
BBCの『編集ガイドライン』は、ハンムラビ法典やモーゼの十戒とは異なり変えられるものだし、変えるべきだ。そのための法的措置も検討している」

BBC内部から反発も

BBC内部からも、疑問の声が上がっています。

ユダヤ系のノア・エイブラハムさんはスポーツ記者として2年余りBBCで勤めましたが、ハマスの襲撃事件の発生直後から、BBCの報道への強い違和感を覚えたと言います。そして思い悩んだ末、10月中旬に退職しました。

BBCを退職した ユダヤ系のノア・エイブラハムさん

エイブラハムさん
「公平な報道をするBBCに勤めていることに大きな誇りを抱いていたが、今回、BBCは大きな過ちを犯した。
この状況で正しいことをしていない組織のために働いていることを恥だと感じたし、シンプソン記者の動画も見たが、彼のアプローチは時代遅れで間違っている。
ことばは極めて重要なものだ。戦争を引き起こすことさえあるし、今回の戦争において有害な影響をもたらす可能性もある。歴史の間違った側に、私はいたくない」

一連の報道を受けて、BBCではエイブラハムさんのほかにも複数の職員が辞めたと報じられています。

エイブラハムさんがBBCで勤務していた時に使用していたボイスレコーダーなど

BBCが方針転換?

こうした中、10月下旬からBBCのニュースに微妙な変化が表れました。

BBCニュース
「イギリス政府によってテロ組織に指定されているハマスの攻撃を受け、イスラエルは空爆を行っています」

「イギリス政府」や「欧米の多くの政府」を引用する形で、ハマスを「テロ組織」と表現し始めたのです。

批判の高まりを受けて方針転換したのか。BBCの「編集ガイドライン」を統括する幹部が10月25日、私たちのインタビューに応じました。

BBCの「編集ガイドライン」を統括する デイビッド・ジョーダン局長

「圧力を受けて譲歩した」という指摘もあるが?

「譲歩ではなく、局内外の情報に基づいて行動を調整したものだ。視聴者に尽くすためにある公共メディアが、視聴者の意見を考慮しないのは間違いだと思う。
政治家はみずからの主張を通すため、常に強いことばを使うものだが、それによって何かが変わった訳ではない。
われわれはすべての人の意見に耳を傾けるし、もし合理的な指摘だと思えば、やり方を変えることもある」

ハマスに関する新たな表現は中立だと思うか?

「BBCはこれまでもIRA(過激派組織IRA=アイルランド共和軍)、ヒズボラ、アルカイダ、ISといった特定の組織について説明する際、他者のことばを引用する形で『テロリスト』ということばを使ってきた。
それと同じだと考えている。ただ、われわれ自身のことばとして使わないだけだ」

引用でハマスを「自由の戦士」と呼ぶこともあるのか?

「ハマスのことを『自由の戦士』と呼ぶことはない。ただ例えば、ハマスが交渉の席に着いた場合、われわれは単に『ハマス』と呼ぶだろう。重要なのは、どのような文脈で説明しているかを考慮することだ」

ハマスに襲撃された音楽イベントの会場(2023年10月12日撮影)

一方でジョーダン局長は、パレスチナ問題の報道では歴史的な背景を考慮していることも明らかにしました。

ジョーダン局長
「すべてのメディアにとって、視聴者に対立の背景を理解してもらうことが重要だ。今回のハマスの襲撃は正当化されないのは当然だが、双方の対立は10月7日に始まった訳ではなく、長い歴史のある問題だ。
イギリスは1917年のバルフォア宣言(※イギリスがパレスチナにおけるユダヤ人国家建設の支持を約束)など、イスラエルの国家樹立に間違いなく密接にかかわっているので、その事実もわれわれの報道に反映させる必要がある」

収まらない逆風

ハマスに関する表現を“調整”したあとも、BBCに対する風当たりは弱まっていません。

インタビューと同じ10月25日、与党・保守党の委員会はBBCのデイビー会長を招致し、ハマスを「テロリスト」と表現するよう改めて要求しました。

BBC デイビー会長

会合は非公開でしたが、地元メディアによると「非常に冷ややかな」雰囲気で進行。

閣僚の1人が「これほどBBCに失望したことはない。組織は、多くの人々の信頼を失った」と述べ、編集ガイドラインの改訂も迫ったということです。

これに対してデイビー会長は従来の方針を説明し、要求を拒否したということですが、与党議員たちは今後も追及を続ける構えです。

イギリスメディアに詳しい専門家は、政権・与党には2024年にも行われる総選挙を見据えた、政治的な思惑もあると指摘します。

ニューカッスル大学 マーティン・ファー専任講師

ファー専任講師
「今回BBCが譲歩すれば、政府は『国民やユダヤ人の権利を守った』と主張できる。譲歩しなくても、『テロリストによるテロ行為』という多くの国民の認識に対し、BBCが抵抗しているという風にできる。
政府がBBCの編集権に明らかな影響を及ぼしたということになれば、政治的権威を増し、一部の支持者への訴求力になるかもしれない。
1982年のフォークランド紛争でも、BBCが『イギリス軍』『アルゼンチン軍』と報道したのを、当時のサッチャー政権は『わが軍』などと表現しなかったとして非難した。
公平性が求められるBBCは、必然的にあらゆる政権の怒りを買う存在だ」

サッチャー元首相

「真実が伝えられている安心感を」

強まる政府や市民の声に、BBCはどう対応するのか。

ジョーダン局長は、公共メディアとして公平さを保つこと、そして、何が起きているのか、真実を伝えることの大切さを強調しました。

世界の分断が指摘される中、公平さを保つ難しさは増しているか?

「公平であることは常に難しいが、今日それをさらに難しくしているのは、あらゆる紛争や議論にはもはや2つではなく、多様な側面が関係していることだ。あらゆる側面を反映するのは、非常に複雑な作業になる場合がある。
同時に、公平さを保つのはこれまで以上に重要になってきていると思う。世界中の権威主義的な政府によって、立場の異なる相手を非難することが常態化しているからだ」

「編集ガイドライン」を変更する可能性は?

「『編集ガイドライン』は4~5年ごとに見直していて、現在も2024年秋をメドに改訂を進めている。
その中で、今回焦点となっている『戦争・テロリズム』の項目について、多くの意見が寄せられるかもしれない。われわれはそれも考慮した上で対応することになる」

BBCは大きな試練を迎えている?

「BBCが強い政治的圧力にさらされるのは、珍しいことではない。もちろん、歓迎すべきことではない。
ただ現在のように、ふだんにも増して真実が重要な意味を持つとき、人々が何が起きているのか理解し、真実を伝えられているという安心感を持てることが極めて大事だ。
こういう時こそ公共メディアが極めて重要な役割を果たすと信じている」

(11月8日 BS国際報道2023で放送)

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