2023年9月5日
映画 ジェンダー アメリカ

炎上した映画「バービー」 真のメッセージとは?

この夏、世界中で大きな注目を集めた映画「バービー」。

着せ替え人形、バービーの初の実写版映画で、興行収入は世界で13億ドルを超えました(9月2日時点)。

しかし、同じ日に公開された原爆の開発者を描いた映画と結びつける画像がSNS上で広がり、これに「バービー」の配給会社が好意的とも受け取れる内容を投稿したことで、日本で批判が高まりました。

炎上したバービー、しかし、「思い」は別のところにありました。


(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)
※この記事は映画「バービー」の内容に触れています。

1959年生まれ

小さいときに手にした着せ替え人形の1つとしてバービー人形を覚えている方も多いのではないでしょうか。

アメリカの玩具メーカー「マテル」が生み出した人形で、1959年生まれ。

家族や友人などさまざまなキャラクターがつくられるとともに、宇宙飛行士やサッカー選手など、たくさんの女性の夢を実現してきました。

原爆連想の画像に不謹慎なコメントで炎上

この夏、このバービーの実写映画が公開されています。

日本でも8月中旬から上映が始まりました。アメリカでは、日本に投下された原爆の開発を指揮した学者を題材にした映画「オッペンハイマー」と同じ日に公開され、大きな話題となりました。

2つの映画のタイトルを掛け合わせた「バーベンハイマー」という造語が誕生するとともに、SNS上には、バービーと原爆のイメージを合成した画像が多数投稿されるように。

SNSに投稿されたバービーと原爆イメージの合成画像

これに映画の配給会社、ワーナー・ブラザースのX(旧ツイッター)が公式アカウントで「思い出に残る夏になりそう」などと好意的ともとれる内容をハートの絵文字付きで返信。日本を中心に批判が高まったのです。

投稿された合成画像とワーナー・ブラザースによる返信

無知が引き起こした結果

なぜ、こうした問題が起きてしまったのか。

海外から来た留学生たちに日本の歴史を教えている神田外語大学の特別講師、ジェフリー・ホールさんに話を聞きました。

神田外語大学 ジェフリー・ホール特別講師

ホール特別講師
「アメリカでは第2次世界大戦のことを詳しく教える州はあっても、原爆の人道的被害に注目するところは少ないのです。
だから、アメリカ人は原爆がどれだけ大きな問題なのか、今日に至るまで日本の人々がどれだけこの問題を重視しているのか知らないんです。
ワーナー・ブラザースが行った投稿は、無知によって引き起こされました。他の国の人々が、特に日本の人たちがどう反応するのかという点にまで思いが至っていませんでした」

映画のメッセージは“多様性”

配給会社の無知や視野の狭さによって日本人の怒りを買ったこの映画。しかし、映画に込められているメッセージは、視野を広げ、多様な価値観を尊重することの大切さです。

映画の舞台の1つ、「バービーランド」では、さまざまな職業に就く、あらゆる人種、体型のバービーたちが生き生きと仕事をして暮らしています。多様な価値観を尊重した世界観が表現されています。

ある日、主人公のバービーはボーイフレンドのケンとともに、人間の世界へと向かいます。すると、バービーランドとは真逆の「古い」世界が出現します。

人間の世界では男性優位で、登場する会社の役員は全員男性。バービーが見知らぬ男性にお尻を触られ、相手の顔を殴ったら逮捕されてしまうシーンも。

極めつけは、人間の世界では男性優位だと知ったケンが、男性であればどんな職業にも簡単に就くことができると勘違いするシーン。

女性の医師に対し「医者は男の仕事」と、差別的な発言をする場面もあります。

映画では人間の世界での体験を通じ、登場人物たちが多様な価値観がどれだけ重要か、再認識する姿が描かれ、ジェンダー平等や多様性を重視することが大切だというメッセージを訴えかける内容になっています。

子どもたちが目にするリアルを反映

映画に全面協力した、バービーの生みの親、玩具メーカー「マテル」のブランド担当の役員、リサ・マックナイトさんに映画のねらいは何かを尋ねました。

バービーの生みの親で「マテル」ブランド担当役員 リサ・マックナイトさん

マックナイトさん
「この映画はポジティブさ、女性の能力を再認識すること、そして多様性を大事にしています。映画を通じて女性が持つ無限の可能性を伝えたい」

マックナイトさんに案内され、これまでに発売したバービーを見せてもらいました。

その数、175種類。人種、体型などさまざまです。

かつてブロンドで白い肌、人間離れした抜群のスタイルなど、固定観念にしばられたバービーを販売していましたが、世間から批判を浴びるようになりました。

次第に人形の売り上げが悪化し、2015年ごろ、商品戦略の変更を余儀なくされたといいます。マテル自身が多様性でつまづいていたのです。

マックナイトさん
「人形に様々な体型を取り入れました。ふくよかなバービー、小柄だったり、背が高かったり。
障害のある人形、車椅子に乗った人形も作って、私たちの周りに存在する多様性とさまざまな種類の美しさを反映したんです。
この映画の制作でも、多様性や包括性などの点で、我々の製品と子どもたちがいま実際に目にしている世界をきちんと反映できるようにしたいと考えました」

ジェンダー平等の難しさ

映画のなかでコミカルに描かれるジェンダーの平等を実現する難しさ。

2人の娘を持つ母親でもあるマックナイトさん。かつては男性だらけの会議室で怖い思いをしたり、仕事を優先しなければと無理に自分に言い聞かせたときもあったと振り返ります。

マックナイトさん
「会社の会議室に女性が私だけのこともあり、若い頃は怖かったんです。でも年齢を重ねるにつれて、それがチャンスだと気づきました。
若かったころ、やることがありすぎて、家族よりも仕事を優先していた時期がありました。
時間が経つにつれ、働く母親として会社に出向き、家庭内のごたごたを周りに知られても大丈夫なんだと気づいたんです」

ありのままの自分でいて

そしてもう1つ、大切なのがこちら。

バービー人形の箱に記されている「あなたはなりたいものに何でもなれる」という言葉です。

映画の中でも、バービーは人形とは違い、「人間の命には終わりがあるけれど、可能性は無限だ」と学びます。

女性の無限の可能性を伝えたいという、マックナイトさんの思いにも通じるこの言葉。彼女は、自己実現のためには何よりありのままの自分でいることが重要だと強調していました。

マックナイトさん
「映画の中で、バービーも完璧じゃなくてもいいんだということに気づきます。私たちは、完璧ではありません。自分の弱さを見せ、ありのままの自分でいることが大切なのです」

中東でも上映、賛否分かれる

「バービー」が上映されている中東 ドバイの映画館

多様性やジェンダー平等を訴えかけたこの映画は中東でも上映され、話題となっているようです。

中東でも特に保守的で男性優位の傾向が強いことで知られるサウジアラビアではバービーを象徴するピンク色の小物を持った観客が押し寄せているとアメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズが伝えています。

一方でクウェート政府は「公序良俗にそぐわない」と上映を禁止、レバノンでも「信仰と道徳に反する」と上映が禁止されました。

日本では冒頭記したように配給会社が原爆を連想させる画像に無神経な投稿をして炎上しました。

アメリカ国内で多様な価値観を重視すると強調しても、国境を越えるとその実現には難しさが伴うことが今回、はからずも明らかになりました。

取材を終えて

前掲の神田外語大学のジェフリー・ホールさんが「自分とは反対の立場にある人がどうとらえているのか、理解するのはとても重要だ」と話していたのが印象的でした。

同じ事象を見ても、立場によって物事に違う解釈があるのは当たり前。

そして、たとえ意見が合致しなくても、相手の意見を受け入れ、尊重することはできるはず。

自分とは立場の異なる人の考え方を理解しようとする姿勢が大事なのだと実感させられました。

映画の最後、バービーはすべてが「完璧な」人形の世界ではなく、悩みの多い人間の世界で生きていくことを選びます。

やっかいで複雑、ぶつかることもあるけれど、悩むからこそ相手の弱みも理解できる。

今、世界は格差拡大、分断と囲い込み、SNSでのひぼう中傷など、目を覆いたくなる事態がはびこっていますが、逃げずに悩み、相手を理解することの大切さをかみしめたいと思っています。

国際ニュース

国際ニュースランキング

    特集一覧へ戻る
    トップページへ戻る