2023年6月29日
映画 IT アメリカ

AIが映画をつくる?ChatGPTに揺れるハリウッド

「私たちはAIの下働きではない」

念願かなってテレビ業界の脚本家として働いてきたある女性のことばです。

まるで人間が書いたような文章をいとも簡単に、素早く作成できる対話式AI、ChatGPTの登場でいま、映画の都、ハリウッドが揺れています。

AIが脚本のほぼすべてを書いた実験的な映画まで登場し、近い将来、映画やドラマの脚本家の仕事が奪われてしまうのではないかという懸念が高まっているのです。

脚本家たちでつくる労働組合による15年ぶりの大規模なストライキも起きていて、闇は深いようです。

(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

終末期を描く短編映画

「私たちは今、AIの奴隷になる将来に直面しています。あと数時間で人類は滅亡するのです」

テレビから流れる不気味なニュース。それを聞いて3人のきょうだいが言い争いを始めます。

「強いのは俺だ!」

「賢い私が行くべきよ!」

7分間の短編映画の一節です。「セーフゾーン」、日本語で「安全地帯」というタイトルが付けられたこの作品。AIによる支配が及ばない安全地帯に行けるのは、ひと家族で1人だけ。

誰が行くのが最もふさわしいのか、3人が言い争うという物語です。

実は脚本家も監督もAI

この作品の脚本、実は、対話式AIのChatGPTがほぼすべてを書きました。

AIが書いた脚本

AIは、元となるアイデアをわずか数十秒で生み出したほか、撮影に使うカメラのレンズの種類や、俳優の衣装まで指示。

さらに、演じる俳優たちがソファーに座る位置や、怒りに震える俳優の表情も画像生成AIを駆使して指定してきたといいます。

画像生成AIが作った表情のイメージ

今のAIにどれだけのことができるのか、試しにやってみよう。

この短編映画のプロデューサーは、そんな軽い気持ちで実験的に製作してみたといいますが、これまで人間が行ってきた数々の作業がAIで置き換えられた事実に衝撃を受けたといいます。

もちろん、この「AI脚本家」は完璧ではありません。

映画に使う音楽の指定については当初、全く言及がなかったり、納得のいく作品の水準にたどり着くまで、何度もAIに質問を投げかける必要があったりと、課題も多くあります。

しかし、プロデューサーは、AIの大きな可能性に期待しています。

プロデューサー アーロン・ケマーさん

ケマーさん
「初めてAIの能力に感心させられました。能力の高い優秀なメンバーがもう1人製作に参加しているような感じでした。
AIが作る映画やテレビ番組、演技や脚本は間違いなく誕生し、もはや避けられないでしょう」

大規模ストライキは15年ぶり

一方、「AI脚本家」の登場に危機感を抱くのが、映画の都、ハリウッドです。

映画やテレビの脚本家でつくるWGA=全米脚本家組合と、アメリカの動画配信大手ネットフリックスやアマゾン、ソニーなどが加盟するAMPTP=全米映画テレビ製作者協会との交渉が難航、実に15年ぶりとなる大規模なストライキに発展。

5月2日から始まったストからすでに2か月ほど経ちますが、収束の気配はありません。

ストライキというと、通常、賃金の引き上げや職場環境の改善などいわゆる待遇面での交渉をイメージしがちですが、今回のストは、ちょっと様子が違います。

脚本家らによるストライキ(2023年5月)

報酬の引き上げや長期雇用のほかに、今回大きな焦点となっているのがAIの活用についてなのです。

ChatGPTのような生成AIは、既存の作品を大量に学習したうえで、そのデータを活用して新しい脚本を作成するため、組合側は、元の作品を書いた脚本家の著作権の侵害にあたるのではないかと主張。原作づくりにはAIを使わないように求めています。

このストライキで映画の製作に遅れが生じるなど影響が出ています。実に30億ドル、日本円でおよそ4300億円の経済損失が見込まれています。

AIの下働きはしない

ロサンゼルス中心部で行われているデモに集まる脚本家たちを取材しようと足を運び、ある脚本家の女性と出会いました。

テレビや動画配信大手、ネットフリックスの人気コメディー番組の脚本家を務める、ジョンテリ・ガッドソンさん。ストライキの開始以降、ほぼ毎日デモに参加しているといいます。

脚本家 ジョンテリ・ガッドソンさん(中央)

ガッドソンさんによれば、まだ現時点では、AIによる原作が実際に放送に使われている例はハリウッドでは見られないということですが、すでに、いちばん作成に手間がかかる第1稿をChatGPTなどに書かせたうえで、その手直しを人間の脚本家にやらせるという動きがあるというウワサを耳にしているといいます。

脚本家の仕事では、最も労力がかかる第1稿を書いた人への報酬が高く設定されるということですが、もし、AIが最初の原稿を書き、人間が修正するだけになると、脚本家が受け取ることができる対価も必然的に低くなってしまうおそれがあるというのです。

「AIの下働きはしない」

ガッドソンさんは語気を強めました。

ガッドソンさん
「脚本家という職業が脅かされていると感じました。
全米映画テレビ製作者協会は、AIの使用禁止について交渉することを拒んでいます。彼らが提示してきたのは年に1度、AIの技術革新について会議の場を持つということだけでした。
これでは十分ではありません。製作会社側は確実にAIを使いたいんだな、と恐ろしくなりました」

人間にしか書けない物語を

約5年前、念願かなってハリウッドの脚本家になったガッドソンさん。

最初に手がけたというコメディーショーの脚本を見せてくれました。脚本のアイデアの多くは、自身の実体験を元にしているといいます。

ガッドソンさんが手がけた脚本

ガッドソンさん
「私は人を笑わせるのが好きです。コメディーは説教くさくならず大事なことを伝えるための手段だと思います」

このコメディーショーの脚本にはゲイの息子との実際のやりとりを盛り込みました。

2人である店を訪れていた時、息子に対し英語で「Can you stop being so extra?」、「大げさなしぐさはやめて」と言い放ってしまったガッドソンさん。息子はそのことばに傷つき「それは同性愛嫌悪的な表現だよ」と言ったといいます。

ガッドソンさんはこのことばを後悔しました。そして、自分の過ちを公表して息子やほかのLGBTQなど性的マイノリティーの人たちにとって、よりよい環境をつくることができるなら、そこに価値があると考えたといいます。

ガッドソンさんはこの実体験をコメディーの脚本に盛り込み、笑いに包みながら差別がいけないことだということを伝えました。

人間にしか書けない物語があると信じているガッドソンさん。たとえストライキが長期化したとしても、脚本へのAI活用を阻止することは譲れないと感じています。

ガッドソンさん
「実体験をもとにすると、より視聴者から共感を得られると思います。
AIの脚本ではさまざまな経験をしてきた人間と同じ質の作品は作れません。脚本家が自分たちの経験を語り合い作品を生み出すのと同じことは、AIにはできないのです。
それに、AIはオリジナルのアイデアを生み出しません。機械学習が、人間が書いた過去の脚本を元にしているなら盗作の問題にどう対応するのでしょうか」

スト長期化でAI脚本の増加も?

全米映画テレビ製作者協会は、「クリエイターの仕事を高く評価している」としたうえで「AIによって生成されたものは著作権で保護できず、法的にも難しい問題を引き起こすため、さらに多くの議論が必要だ」としています。

現時点で、AIの利用を禁止する明確なルールはありません。

一方、もし、脚本家の求めに応じた製作会社側が、AIの活用を制限すると約束した場合、業界団体に所属していない製作会社が、AIを活用した作品を自由に作り始めることも予想されます。

そうなると、AIを使った場合の作品の製作コストだけが下がるため、ハリウッドが競争力を保てなくなるおそれもあるという見方もあります。

専門家はこのストライキが長期化すればするほど、番組の再放送が増えたり、映画の製作に遅れが生じたりするため、製作会社側が、作品にAIを取り入れようとする機運が逆に高まってしまう可能性もあると指摘しています。

ノースダコタ州立大学 ジェレミー・ストラウブ助教

ストラウブ助教
「ストライキが長引くほど、番組を再開できるか確認するため、製作会社側がAIを試す可能性は高くなります。
うまくいけば製作会社側はAIを使い続けるでしょう。脚本家の役割や報酬がかなり抜本的に再定義されるべき時に来ているのかもしれません」

人への思い それが最大の価値に

うまく活用できれば、人間の能力を向上させるツールにもなるChatGPTなどの生成AI。

新しい技術を脅威に感じるのは脚本家だけに限らないと感じます。今回の取材を通じて、人間が「創る」ことにどんな意味があるのか、深く考えさせられました。

取材したガッドソンさんは「より技術が進めば、AIが作った文章のほうが断然早く、かつ、うまいと評価されるかもしれない。それでもAIには感情がない。この作品を見てほしい、見た人にこんなことを感じてほしいという思いがない。たとえAIより時間がかかっても、多少洗練されていなかったとしても、人間が書く価値はまだあるはずだ」と話していました。

最後に残るのは、人が人を思いやる気持ちであり、人間最大の価値なのだというわけです。ガッドソンさんが、自分の息子を思い、みずからが学んだ教訓を脚本に込めたというエピソードは、それを物語っていると思います。

AI脚本家の脅威は私たち1人1人に、人間としての価値とは何なのかを改めて考えるきっかけを与えてくれたのかもしれません。

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