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軍配はどちらに 米大統領選 初の討論

11月のアメリカ大統領選挙まであと40日余り。アメリカの有権者の投票行動に影響を与えると言われるテレビ討論会が行われました。民主党クリントン候補、共和党トランプ候補の初めての直接対決は、過去最も多い8400万人がテレビで視聴し、論戦の行方を見守りました。大統領選挙に向けた「天王山」第1弾の戦い。軍配はどちらの候補者に上がったのでしょうか。(ワシントン支局 田中正良支局長)

会場は地元NYの大学

注目の討論会が行われたのは、ニューヨーク郊外のヘンプステッドにあるホフストラ大学。1935年に創設された私立の大学で、これまでの大統領選挙の際にも候補者の討論会の会場として使われたことがあります。クリントン氏とトランプ氏の最初の対決の場は、2人の候補者にとって「地の利」がある地元ニューヨークの大学の講堂でした。

両候補者の“勝負服”は

9月26日夜9時3分。壇上にクリントン氏、トランプ氏のふたりの候補者がゆっくりと登場。クリントン氏は、全身真っ赤なスーツに身を包み、トランプ氏は、黒のスーツに青いネクタイ。2人は、ゆっくりと歩み寄り、笑顔を浮かべながら握手を交わしました。

司会を務めるNBCテレビのアンカー、レスター・ホルト氏は冒頭、「候補者2人の政策と立場、それにビジョンと価値観を聞くことを楽しみにしています。始めましょう」。 「討論に熟練したクリントン氏」対「テレビを知り抜くトランプ氏」の戦いの幕は切って落とされました。

論戦のハイライトは

最初の討論会で司会のホルト氏が選んだテーマは3つ。「繁栄の達成」、「アメリカの進路」、「安全の確保」です。テーマを抽象的にしておくことでアメリカ社会、経済、さらには世界の動きについて、直近に起きたあらゆる問題を議論できるようにするためです。

司会者が最初に取り上げたのが「雇用」でした。
クリントン氏は、労働者の最低賃金の引き上げ、富裕層や企業への課税を通して、経済の公平性を実現すると強調。手堅いスタートを切りました。

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これに対してトランプ氏は、「雇用がアメリカからメキシコなどの外国に逃げている」と述べ、企業への課税が原因で、国内の雇用が失われていると政府を批判しました。

この後、トランプ氏は、貿易問題に話を移し、TPP=環太平洋パートナーシップ協定をめぐるクリントン氏の姿勢を批判するなど、非難の応酬が激しさを増しました。

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特に、クリントン氏が、トランプ氏が税金の確定申告書を公開していないことを取り上げた場面です。「過去40年間、大統領選挙の候補者は確定申告書を公開してきた。トランプ氏はなぜ公開しないのか。それほど金持ちではないのかもしれない。もしくは所得税を払っていないことを国民に知られたくないのかもしれない」と述べると、トランプ氏は、クリントン氏の国務長官在任中に私用のメールを使っていた問題を取り上げて、反撃しました。「クリントン氏は、当時のメールを削除している。それらのメールを公開するなら私も確定申告書を公開しよう」。
討論会の場で、双方のいわば「疑惑」が取り上げられ、互いを非難するトーンは、一気に高まりました。

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さらに相手を非難する過程では、「異例」の頻度で、日本の名前が出てきました。2人の候補者の同盟に対する考え方の違いからです。トランプ氏の日本を含め同盟関係についての発言です。「アメリカは、日本やドイツ、韓国、それにサウジアラビアを防衛しているが、彼らは正当な費用を負担していない。数百万台の車をアメリカに売る日本を守ることはできない」と持論を展開しました。
クリントン氏はこれに対して、「アメリカは条約に基づいて、日本や韓国といった同盟国を防衛することをはっきりさせたい。大統領選挙で、世界の指導者に懸念を抱かせてしまった。私は、何人かの指導者と話し、アメリカは約束を守るということを伝えた」と述べ、立場の違いを鮮明にしました。討論会では、議論が白熱する中で、トランプ氏がしばしば、クリントン氏を遮って発言し、司会者から注意される場面も見られました。

「軍配」はどちらに

討論会終了後の26日夜11時すぎ、トランプ氏が記者団の前に姿を現しました。殺到するメディアを前にトランプ氏は、「討論会を楽しんだよ。いいできだった。勝利したと思っている」と述べ悠然と会場を後にしました。

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クリントン氏は、記者団の前では発言しませんでしたが、支持者を前に、「すばらしい討論会だった。このまま突き進んで選挙に勝利しよう」と述べて自信を示しています。

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討論の結果について、アメリカの有権者に影響を与える主要メディアはどのように評価したのでしょうか。「ワシントン・ポスト」、「ニューヨーク・タイムズ」などの主要紙は、議論を優位に進めたとしてクリントン氏に軍配を上げています。
またCNNテレビは討論会の後、視聴者を対象に調査したところ、クリントン氏の勝利と感じた人は62%、トランプ氏の勝利と感じた人は27%と回答したと伝えています。しかし調査対象の人たちの41%がみずからを民主党支持者だと答え26%がみずからを共和党支持者だと答えていたことから、実態を反映していないのではないかという指摘も出ています。
これに対し、インターネットやソーシャルネットワーク上では、「トランプ氏優勢」という書き込みも多く見られました。

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NHKが、討論会の後に取材した専門家の意見も真っ二つに分かれています。アメリカ大統領選挙の討論会を専門に研究しているミシガン大学のアーロン・カール氏です。「最初は、トランプ氏が攻勢に出たが途中で失速し、クリントン氏が全体的にパフォーマンスを維持していた。クリントン氏が討論会に向けた準備を行ってきた成果だと思う」と述べ、クリントン氏は準備を入念に行い成果を出したと評価しています。 これに対し、アメリカ政治が専門のアメリカン大学のキャンディス・ネルソン教授は、「トランプ氏が優勢だった。真剣な態度で、経済問題を把握していることを示した。クリントン氏は終始守りに入っているように見えた」としています。

選挙戦 今後の行方は

世論調査の平均値で見ると、クリントン氏とトランプ氏の支持率の差は2ポイント余り。7月の全国党大会の後、みずからの発言などが原因で、クリントン氏に8ポイントまで差をあけられたトランプ氏ですが、ここに来て、クリントン氏の失言や健康不安が原因で、ぴたりと射程圏内につけています。

この後、大統領候補者どうしのテレビ討論会は2回行われます。次回、10月9日の討論会は、住民との対話形式で、会場の参加者、ソーシャルメディアからの質問が候補者に直接、投げかけられ、政策の理解、指導力、判断力などリーダーとしての資質があるのかどうか、より厳しい目にさらされることになります。両候補者ともに、討論会では、大統領にふさわしいと有権者が感じる言動を行うことが求められるほか、失言や失態は絶対に避けなければなりません。

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さらに「オクトーバー・サプライズ」と呼ばれる、10月中の災害、テロ、経済情勢の急激な変化があれば、その対応が、選挙戦の行方に直接、影響します。今回の大統領選挙では、投票日が11月8日なので、11月に入って以降の、「ノーベンバー・サプライズ」を注視すべきだと話す専門家もいます。

クリントン氏、トランプ氏にとって、投票日まであと40日余り。全米50州と首都ワシントンに割り当てられた合計538人の選挙人のうち、過半数の「マジック・ナンバー」、270人の確保を目指し、特に接戦州での選挙運動に力を注ぐことになります。

田中正良
ワシントン支局
田中 正良 支局長