芥川賞 仙台出身の佐藤厚志さん「荒地の家族」など2作品

第168回芥川賞と直木賞の選考会が19日、東京で開かれ、芥川賞に、仙台市出身の佐藤厚志さんの「荒地の家族」と、井戸川射子さんの「この世の喜びよ」の2つの作品が選ばれました。

芥川賞の受賞が決まった佐藤厚志さんは、仙台市出身の40歳。
大学卒業後、20代半ばから小説を書き始め、2017年、「蛇沼」で文芸誌の新人賞を受賞しデビューしました。
現在は仙台市内の書店に勤めていて、おととし、自身の体験をもとに東日本大震災で被災した書店員を描いた「象の皮膚」を発表するなど震災をテーマにした小説を執筆しています。
芥川賞は今回、初めての候補で受賞となりました。
受賞作の「荒地の家族」は、震災の津波で大きな被害を受けた亘理町に住む40歳の植木職人の男性が主人公です。
仕事道具を津波にさらわれ、苦しい生活を余儀なくされた男性は、さらに、その2年後、妻を病気で亡くします。
家族との関係性や故郷の風景が変わるなかで、喪失感を抱えながらも生活を建て直そうともがく主人公の心情を淡々とした文体で描いています。

【佐藤厚志さん“非常にうれしい”】
芥川賞の候補作に選ばれた「荒地の家族」を書いた仙台市出身の書店員、佐藤厚志さん(40)は、担当の編集者などとともに、東京都内の書店で選考の結果を待ちました。
そして、午後6時すぎに電話で受賞が決まったことを伝えられると、佐藤さんは担当の編集者と抱き合って喜んでいました。
佐藤さんは「緊張していたが、非常にうれしいです。被災地の生活者の翻訳されていない感情を描きました。このままのスタイルで書き続けていたい」と話していました。
また、記者会見では「緊張して選考の結果を待っていましたが、受賞が決まり、安心しました。地元が盛り上がっていて、期待に応えられるか心配でしたが、ほっとしています」と述べました。
東日本大震災をテーマに描いた作品の受賞が決まったことについては「震災を今の地点から振り返ったときに見える風景を描き、1人の生活者の日常をリアルに表現できればいいという思いが、まずありました。この作品が選ばれたのは結果的に、震災が忘れられるということに対して、ささやかな抵抗になればいいと思います」と述べました。
そのうえで「震災については、この作品ですっきり書けたという感じではなく、引き続き書くべきものだと思いました。もっとそうした作品が書かれて、いつかは震災から解き放たれたような自由な小説もどんどん生まれていったらいいと思います」と話していました。

【地元も喜びに沸く】
芥川賞の受賞が決まった佐藤厚志さんの地元の仙台市では、佐藤さんが働く書店の関係者などが喜びに沸いていました。
佐藤さんの地元の仙台市では、19日夕方、関係者10人ほどが、佐藤さんが働く書店近くの飲食店に集まりました。
書店の店長や大学時代の恩師も駆けつけ、集まった人たちは少し緊張した様子で、選考の結果を今か今かと待ちわびていました。
午後6時すぎ、佐藤さんの作品が芥川賞に選ばれたことがわかると、集まった人たちは歓声を上げ、拍手をしたりハイタッチをしたりしながら喜び合っていました。
そして、佐藤さんが勤務する書店の店長、石原聖さんが「仙台の皆さんが育てた厚志くんが芥川賞を受賞しました」とあいさつして、みんなで乾杯していました。
報道陣の取材に応じた石原さんは「発表の瞬間は本当に信じがたく、震えました。厚志君にはおめでとうと言いたいし、今夜はゆっくり喜びをかみしめてほしい。そしてそのあとは、きちんと書店に働きに来てほしい。書店に会いに行ける作家というのは今までいないと思うので、ぜひ皆さんに会いに来てほしいです」と誇らしげに話していました。
また、大学時代の恩師で東北学院大学文学部の植松靖夫教授は「佐藤君にはさっそく『おめでとう、こちらは大騒ぎですよ』とメールしました。私はあまり緊張しないタイプですが、発表を待っている2時間はこれまでにないほどのプレッシャーを感じていました。受賞がわかった時はホッとした気持ちが強く、そのあと喜びの感情が押し寄せてきました。佐藤君はおとなしくまじめな学生で、教え子が芥川賞に選ばれたことは本当にうれしいです」と喜んでいました。

【村井知事“若き才能の輝き”】
宮城県の村井知事は「心からお祝いする。宮城県民に若き才能の輝きと宮城県文芸界の明るい未来を感じさせてくれた。今後もすばらしい作品を発表されるよう期待する」とコメントを発表しました。

【郡仙台市長“仙台から生まれた作品 感慨深い”】
仙台市の郡市長は「仙台市にとって大変喜ばしいニュースだ。東日本大震災のあとの宮城を舞台に、喪失感と焦燥感を抱えながら生きる人々の内面が描かれているということで、震災から10年あまりが過ぎた今、仙台からこのような作品が生まれて大変、感慨深く思う」とコメントを出しました。

【受賞作すぐに売り切れる】
佐藤厚志さんが働く仙台市の書店によりますと、受賞が決まったあと、多くの客が受賞作「荒地の家族」を買い求めて、あっという間に売り切れになったということです。
受賞作を手に取っていた女性は「受賞を聞いて、とてもうれしい気持ちになり、こちらの書店に向かいました。書店員として働いていて、両立は大変だったのではないかと思います。東日本大震災の話を読むのは勇気がいりますが、仙台で働いている人の視点もあると思うので楽しみです」と話していました。
一方、受賞作を買えなかった仙台市に住む60代の女性は「仙台市の人の受賞と聞いて、本当にすばらしいと思って買いに来ました。売り切れていて本当に残念ですが、作品は絶対に読みたいので予約して帰ろうと思います」と興奮した様子で話していました。