石巻 大川小学校 震災遺構公開から1年

東日本大震災で多くの児童らが犠牲となった宮城県石巻市の大川小学校が震災遺構として公開されてから18日で1年となり、教訓を学ぼうと県内外から家族連れなどが訪れています。

石巻市の大川小学校は、11年前の津波で児童と教職員あわせて84人が犠牲となり、市は、慰霊と追悼、そして教訓を後世に伝えるため、校舎とその周辺を震災遺構として整備しました。
施設によりますと、公開からの1年で7万人余りが来場し、18日も県内外から家族連れなどが訪れています。
校舎は被災した姿のまま保存され、体育館に通じる渡り廊下がねじ曲がって倒れていたり、鉄筋がむき出しになっていたりと津波の威力のすさまじさを感じることができます。
敷地内には伝承施設も設けられ、当時、教職員が子どもたちを校庭に待機させ、津波が襲う直前になって川に向かって避難した経緯の説明や、震災前の学校周辺の姿を示したパネル、それに、子どもたちが使っていた一輪車などが展示されています。
埼玉県から家族と一緒に初めて訪れた女子大学生は「日常が一瞬でなくなったのだと思い、津波の恐ろしさを感じました。実際に見ることで子どもたちのことを想像できたので、校舎が残っていて良かったと思いました」と話していました。
福島県から来た50代の男性は「すぐ近くに山があって助かる方法があったのではないかと思い、命を守るための避難の大切さを考え伝えていきたい」と話していました。