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特集 土俵づくりと呼出しさん(前編)~土俵を築くときに留意していることとは!?~

相撲 2020年1月11日(土) 午後0:00

___観客のいない朝の薄暗い国技館の真ん中に、数か月前に築かれた土俵がひっそりとたたずんでいた。ここでおすもうさんたちの熱戦が繰り広げられたのは数か月前のこと。すでにヒビも入りひどく傷んでいるその土俵の脇に、1人、またひとりと男たちが集まってきた。Tシャツにニッカポッカ、足袋を履いてねじり鉢巻きなど、思い思いの作業着姿。大相撲になじみがない方には、まさかこのワイルドな男たちが、あの大相撲の世界でしなやかに和の風情をかもしだしている呼出しさんたちであるとは気がつかないであろう。

 

 

古い土俵から俵を掘り起し、土俵脇にどんどん積み上げていく。近づくとやや腐敗が始まった藁の香りが周囲にただよう。荒々しく土を崩す音と振動、土を運ぶトラックの音、たちあがる土ぼこり、呼出しさんたちの声…そんな喧騒のなかで古い土俵はあっという間に壊されていく______

大相撲の土俵は毎場所、新しく作りかえられています。

「土俵築(どひょうつき)」と呼ばれるその作業の流れは「大相撲〝呼出しのすべて〟」をご参照いただくとして、ここでは呼出しさんたちが何を考え、留意しながら土俵をつくりあげているのか、具体的にうかがいながらいくつかの作業を追ってみました。(主に令和元年秋場所の取材から)

両国国技館の土俵には〝土台〟がある!

 

両国国技館には昭和60年の開館時の土俵が今も残っています。その姿が見られるのは年に3回、土俵築の初日の一瞬だけ。数か月前に盛った土俵の表面を崩すとなかから現れるその頑丈な土俵を土台(芯)にして新しい土を上に盛って土俵がつくられ、丸35年、文字通り〝縁の下の力持ち〟となってさまざまな名勝負を支えてきました。

土台が現れると、まずたっぷり水をかけてメンテナンス。ここが乾燥すると、たとえ新しい土の上から十分に水分を補充しても中で割れてしまうのだそうです。重いおすもうさんたちの激しい取組にも耐えるしっかりとした土俵をつくるために、とても重要な工程といえますね。

大胆に、そして繊細に、数度にわたって土を盛り、削り、形を整えていく

土俵に土を大胆に盛って固めて削り、おおまかな形ができあがると、周囲に落ちた土をスコップですくって、また土俵の上にまいていきます。せっかく形をつくりあげたのになぜ?

実は土の中に空気が残ったままの箇所があると、削ったときにその部分が小さな穴となって表面に現れ、凹凸ができてしまいます。その穴を埋めるためにもう一度全体にうすく土をまいて、土俵の高さを調整しながら、穴も埋めていくのです。

 

 

さて、まいた土をスキのような道具でていねいに均等にならしたあと、呼出しさんが一列に並んでその上を足でふみふみと踏み固めていきます。なんだかかわいらしくて萌える光景なのですが(笑)。なぜ、わざわざ人の足で踏み固めるのでしょう?

それは、いきなり強くたたくと細かい土が跳ね上がってしまい、せっかく埋めたつもりの穴がまた現れてしまうおそれがあるため、なのです。人の体重でやさしく踏み、土をやんわりと均等に踏み固めてから、タコという道具で上から力強くドシ、ドシ、と徐々に硬く固めていくのです。

おすもうさんは素足で土俵の状態を感じ、足の指で土俵をつかみながら、ひとつひとつの取組に相撲人生をかけています。微妙な硬さの違いや凹凸は勝敗に影響を及ぼすおそれがある…と考えると、こういった呼出しさんたちのひと手間の繊細な作業が、おすもうさんの一番一番・大事な取組を支えていると言えます。

俵作りにもたくさんのこだわりが!

バン、バン!と大きな音をたてて土俵が固められていく、パワフルでエネルギッシュな作業の横で、繊細な心遣いが求められる俵作りが黙々と地道に行われています。俵を舟形に編んだあとその中に土を詰めて縛っていくのですが、ここにもたくさんのこだわりや工夫が隠されています。

・土
俵の中に詰める土にも適度な湿り気が必要です。乾いた土は俵の中で動いてしまうので形が固定しないのです。また乾いた土が藁のすき間からパラパラ抜け出てしまうと俵の変形につながるため、俵作りには不向きです。土に含まれる水分量を考え、足りないと感じた時には詰める前に水をまきます。また、特に硬さが必要な勝負俵・徳俵に入れる土には玉砂利を混ぜて、おすもうさんが力強くふんばっても形が崩れないようにします。

 

 

・俵作りで心がけていること
土をしっかり詰めた俵を、縄で縛り形を作っていきます。どのようなことに留意しながら俵作りをされているのかうかがってみました。「もしも縄がゆるんでおすもうさんの足の指にひっかかったら大ケガをしてしまうので、とにかくゆるまないようきつく縛るようにしているよ」(琴三さん、陽平さん)。「俵を埋ける最後の工程は人に任せるので、その人が作業しやすいようにクセのないまっすぐな俵を作るように心がけていますね」(重太郎さん)。「重いおすもうさんが毎日踏むので、俵のなかの土が徐々に偏ってきてしまうんだよね。かたよると俵がゆるむ原因にもなるので、とにかく硬く・きつく作るようにしているね」(光昭さん)などなど…

「以前は〝よーし、俵作りを任されたぞー、いい俵を作るぞー〟ってはりきっていたんだけど、リキむとけっきょくいい俵は作れなかったんだよね…今は気負わず平常心で作るよう心がけているよ」(弘行さん)と、精神面をあげてくださった呼出しさんもいらっしゃいました。

俵の埋け方

 

毎場所同じ大きさ・同じ形の土俵をつくるために、定規を使ったり測り方を工夫したりされています。俵の置き位置を決める方法は図の通り。こうしてみるとなんとなく土俵の下には目には見えない幾何学図形が刻まれているような気がしてきます。先人たちの工夫に目を見張る思いです。

 

・勝負俵、徳俵

 

 

勝敗に直結する重要な俵なので、細心の注意を払い慎重に行われます。埋ける前にたたいて少し曲げておくことがポイントのひとつ。まるい土俵にしっかり確実に埋けるために、絶妙な曲がり具合にしておく必要があるからです。経験による勘に頼ることになり、基本的には土俵築のリーダーが担当します。溝の中に順番に俵を入れ、内側に押しつけて外側から土を入れ、既定の高さになるよう道具を使って慎重に測りながらしっかり固定します。

 

・角俵

 

 

慣習的に、両端は高く、中央はやや低くなるようになだらかなカーブをつけて埋けています。理由は諸説あるようですが、光昭さんが寛吉さんから教えてもらった話によると、土俵下にいる勝負審判が取組とその勝敗を見やすくするために中央を低くするようになった、とのことです。神社の鳥居の種類によっては笠木に反りがあるので、神聖な土俵を囲む俵をその形に寄せたのでは、という説もあります。

水桶置き場

 

力水をつけるための水を入れた桶が、東西花道寄りの土俵の角に置かれています。この置き場の形ですが、上下の高さが決まっている以外は特に厳密な規定はないそうで、繰り抜くときはおおまかな形にアタリをつけて作っているそうです。三次元的に複雑な形状をしていて削り具合も大きいので失敗はできず、作業は細心の注意が払われます。

「底の部分は薄いから、たたきすぎたり乾燥し過ぎたりすると割れやすいので注意して作っているよ」(幸司さん)。「水桶に当たらないように、底に対して垂直になるように削っているね」(邦夫さん)。テレビ画面ではなかなか確認しにくい場所ですが、映った時にはちょっと注目してみてくださいね。

上がり段

 

角俵の位置を基に定規を使って印をつけ、形を作りあげていきます。埋けるときは3つの俵が同じ出具合いになるよう、時々土俵の真横に立って確認しながら埋けていきます。基本的には10か所あるどの上がり段もほぼ同じ形をしていますが、作業する呼出しさんの力量や考え方の違いなどにより、細かい部分では多少の違いがあったりします。

「水桶置き場の横の上がり段はほうきで掃いた土が落ちてたまりやすいので、なるべくたまらないような形、たまった土を落としやすい形に作るようにしていますね」と語るのは大将さん。また、大吉さんは「審判を担当する親方たちからは〝土俵に上がりやすいよう奥行きをやや深めに作ってくれるとありがたい〟と言われていますね」と教えてくださいました。

道具も大事です!

ベテランの呼出しさんたち曰く、「昔の兄弟子たちは道具がなければかわりの道具を使って上手に作業していたんだよね。〝弘法は筆を選ばず〟だったんだよなぁ」。「どんな道具で作っても昔の土俵は本当につやつやときれいだったよ」。偉大な兄弟子のみなさんは道具に頼りっきりではなく、技と工夫ですばらしい土俵をつくりあげていたのだそうです。

 

 

そうはいってもみなさん、道具に対しては強いこだわりをお持ちです。たとえば、大タタキという道具。大きく振りかざして土をたたいて固めていく道具ですが、柄(え)の形状が楕円形だったり手にフィットする素材でないとしっかり持てず力を出せない、柄と板のとりつけ角度が少しでも違うと十分に力を土に与えることができない、取り付け部分に適度なあそびがないと折れて飛んで行ってしまいあぶない、板の底の丸みの形状が絶妙に作られていないとたたいた時に土に板の形がついてしまう…などなど、考慮するポイントがたくさんあります。

その細かい要望を満たす道具を作る会社の方も真剣勝負。土俵づくりの現場に担当者が来て、実際に呼出しさんに道具を試してもらい、具合を訊いて改良を重ねていく…そんな様子もみられました。



 

土俵をつくるうえで大事なことは?昨年の九州場所で新たに試みられた作業とその成果は?伝統を受け継ぎつつもアグレッシブに新しい試みも取り入れ、その経験と知恵を次世代へ伝承していく呼出しさんたちの様子など…後編に続きます!

たきもとかよ

イラストレーター。相撲雑誌などスポーツのイラストを中心に活動。

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