ストーリー陸上

松田瑞生 あの時、辞めていたら良かったかな

2021-01-29 午後 0:00

陸上担当の記者やディレクターが発信する「いだてん」たちの“つぶやき”。女子長距離の25歳、松田瑞生の物語だ。“優勝候補”だったマラソンの東京オリンピック代表選考レースで4位。気持ちを立て直し臨んだラストチャンスのレースでは優勝し一度は代表をつかみかけた。

 

しかし、そのわずか1か月後、最後の代表枠はみずからの手を離れていった。どん底まで落ちた心。再出発を図ろうと、もがく心。その心の浮き沈みを記者の私は見つめ続けてきた。

 

その翌日に会った彼女は

代表内定を逃した翌日、去年の3月9日。私は松田と会う約束をしていた。「なんて声をかけたらいいのか」、迷いながら約束の場所である都内の飲食店に向かった。目の前の彼女は意外にも、ふだんと変わらないように見えた。

 

松田 選手

この4年間、長かったような短かったような感じ。マラソンで(オリンピックに)出場するまではやめられない。

 

でも、その直後、本音がかいま見えた。

松田 選手

4年後と考えるとやっぱり長いな。

 

当然だ、心の整理がそんなに簡単にできるはずはない。それだけギリギリの戦いをしてきたわけだから。

涙、笑顔、涙

わずか半年の間に彼女の心はジェットコースターのごとく揺れ動いた。おととし9月の代表選考レース、MGC=マラソングランドチャンピオンシップは優勝候補の一角に挙げられながら4位。フィニッシュ後には人目をはばからず泣きじゃくった。

 

3つの代表枠のうち残るは1つ。行方は、その後の3つのレースにかかっていた。彼女が選んだのは去年1月の地元大阪でのレース。自己ベストの更新が絶対条件だった。

 

(2020年1月26日 大阪国際女子マラソンで優勝した松田瑞生選手)

 

「今までで一番走った。これでダメならやめてもいい」

 

そう臨んだ舞台では思い通りのレースが出来た。2時間21分47秒の好タイムで優勝。フィニッシュテープを切った彼女は満面の笑顔で冬の大阪の空に力強く拳を突き上げた。「オリンピックをつかみ取った」、私は確信した。

 

(日本陸連の設定記録を突破する2時間21分47秒で優勝 喜ぶ松田瑞生選手)

 

それからわずか1か月あまりの3月。現実はあまりに非情だった。最後の選考レースでは松田の2つ年下の一山麻緒が快走した。日本歴代4位、国内のレースでは日本最高という2時間20分29秒で優勝。内定したのは一山だった。

引退もよぎった

その4日後、松田の姿は福島県にあった。マラソン代表内定選手がそろった記者会見。

 

(2020年3月12日 マラソン五輪代表内定選手の会見 鈴木亜由子、前田穂南、一山麻緒の各選手<左から>)

 

松田はMGCで4位だったので「補欠」として出席した。座った席は一山の隣。終盤までは淡々と受け答えをしていた。しかし、女子マラソンの元オリンピック代表でスポーツジャーナリストの増田明美さんから質問を受けた時、我慢が限界を超えた。

 

(五輪代表内定を目前で逃して補欠となり、記者会見で涙を流す松田瑞生選手)

 

---切ない気持ちになるが目標は?

松田 選手

正直なところまだ気持ちの整理がついていないので…。

 

涙で言葉が詰まった。

松田 選手

再スタートを切れるぐらい気持ちを戻して、体を整えてからまたチャレンジしたい。

 

そう声を振り絞るのがやっとだった。残酷なほどに、勝者と敗者が色濃く分かれる形となった会見。その時を振り返り松田は言う。

松田 選手

その場に並ぶのも嫌だったし会見には正直、行きたくなかった。負けたときを思い出した瞬間だった。

 

オリンピックは「光り輝く場所」。その場所でマラソンを走って引退すると、かねてから話していた。それほどまでに強く思い憧れていた目標を失ったこの時の松田、頭には引退もよぎっていた。

日記につづられていた、本心

なんとか練習を再開させた松田。ただ、ある“異変”を感じていた。「スタートラインに立つことの怖さ」だ。「また失敗して負けるのではないか、理由もなく怖いという感情が芽生えてきた」という。自分のすべてを出し切っても敗れてしまう。その悪いイメージが頭をちらつき走ることへの恐怖につながっていったのだ。

 

(2020年7月15日 北海道で開催された中長距離の大会で力走する一山麻緒選手<中央>、松田瑞生選手<左から2人目>)

 

代表内定を逃して4か月後。新型コロナウイルスの感染拡大後、北海道で再開された中長距離の大会に松田はエントリーした。同じ10000メートルの出場予定選手の中には一山の名前があった。そのスタートラインに立つことが嫌だった。比べられるのが嫌だった。そんな気持ちでスタートすれば結果は見えていた。序盤から失速し一山の背中は遠くに消えた。見せ場なく8位に終わった。

 

 

松田はふだんから毎日欠かさず日記に思いをつづっている。後日私は、松田にその日記を見せて欲しいと声をかけた。ふだんの彼女は元気いっぱい。関西弁の大きな声で、私たち取材陣を笑わせてくれることも少なくない。「腹筋女王」と呼ばれる「元気印」一般的にはそのようなキャラクターとして知られている。でも本当は違う。「涙もろくて繊細」それが彼女の姿だ。だからこそどうしてもこの時期の“本心”が知りたかった。

 

一度は断られたが、松田はその後、日記を特別に見せてくれた。目を奪われたのが北海道でのレースの日の記述だった。

 

7月15日「もう駄目なのかな。あの時(=福島での記者会見のあと)辞めていたら良かったかな」

 

正直、言葉がでなかった。

救ってくれた人たち

見失いかけていた「走ることの意味」

 

 

気づかせてくれたのは、ファンや支えてくれる人たちだった。「辞めていたらよかったのか」と日記につづった翌日に松田が目にしたツイッター、そのひと言、ひと言がどん底から救ってくれた。

(7月16日のツイッターより)

「松田さんの走りが大好きです。ずっと応援します」

「久々に松田さんの走りを見ることができてうれしかったです!」

 

勝ち負けだけじゃない。自分の走りそのものが誰かの心を動かしていた。松田はそれがうれしかった。走る意味は、まだあった。「いろんな人から温かい声をもらって心の支えになった。この人たちに向けて、また笑っている姿を見せたい」

新たな目標

マラソンでの代表は逃した松田だが、オリンピック出場の可能性がなくなったわけではない。見据えるのが10000メートルでの代表だ。過去、日本選手権で2連覇し実績は十分。ただ、東京大会の参加標準記録はまだ突破できていない。自己ベストを14秒縮める必要がある。

 

(2020年9月18日 全日本実業団陸上 女子10000m 優勝した鍋島莉奈、2位の松田瑞生、3位の前田穂南の各選手<左から>)

 

新人の時から所属先で指導を受け、今は監督を務める山中美和子は、2位に入った去年9月の全日本実業団選手権での10000メートルを引き合いに手応えを口にした。

 

(松田瑞生選手を新人の時から指導している山中美和子監督)

 

「表情が柔らかくなっていたし、最後までいい走りができていた。終わったあと『競り合えて久しぶりに走るのが楽しかった』と、気持ちが前向きになってきていた。10000メートルでもオリンピックを目指せると感じた」

 

(全日本実業団陸上 女子10000m 2位の松田瑞生、優勝の鍋島莉奈、3位の前田穂南の各選手<左から>)

 

まだ足りない14秒を縮めるために。松田は今、トラック練習での設定タイムを大幅に速くする猛練習を積み、10000メートルで戦う上で欠かせないスピードを体に覚え込ませている。

涙の数だけ強くなる

今も走る恐怖はぬぐえない。ただ戻ってきたのは、一心不乱に走り込む姿だ。

 

松田 選手

克服するには練習するしかない。どん底に落ちた選手が負けた気持ちを克服して、またはい上がっていく姿を見せたい。

 

10000メートルでのオリンピック出場が新たな目標だが、マラソンへのこだわりを捨てたわけではない。「本来、私はマラソン選手」という自負があるからだ。10000メートルに向けて強化したスピードは、高速化が進むマラソンにおいても欠かせない。ことしはマラソンで日本記録の更新を目指しているという。「マラソンの借りは、マラソンで返す」という思いの表れなのだと、私は感じた。

 

負けるたび、どん底に落ちたと思うたびに流してきた大粒の涙。その涙の数だけ彼女は強くなっていると私は信じている。

この記事を書いた人

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金沢 隆大 記者

平成24年 NHK入局

広島局、大阪局スポーツを経て報道局スポーツニュース部に移動。広島では主に事件担当、大阪ではプロ野球(阪神・オリックス)、春のセンバツ90回大会、夏の甲子園100回大会を取材。スポーツニュース部ではパラリンピックの担当。小学校から大学まで野球部に所属。

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