特集 綱とりの貴景勝 早くも正念場も元横綱は

館内がどよめいたあと、すぐに静寂に包まれた。大関・貴景勝が平幕相手にはたきに屈し、まさかの初日から2連敗、横綱昇進が遠のいた瞬間だった。
「切り替えは出来ている。負けたのは理由があるので、またあした・・頑張っていく」
貴景勝は取組後、いつものように表情を変えず、ことばを発した。だが、昭和以降に連敗スタートで横綱昇進を成し遂げた力士はいない。
追い込まれた貴景勝、私は、あの元横綱に、今場所の心のあり方について質問を投げかけてみた。
「これで終わりじゃない」
そう語ったのは、元横綱・稀勢の里の荒磯親方。稀勢の里は、外国出身力士が土俵を席巻する中、4年前、平成29年の初場所後に日本出身力士として19年ぶりに横綱昇進を果たした。稀勢の里の横綱昇進への道のりは、決して平たんではなかった。何度も挑み、そのつど壁にはねかえされた。5回は下らない。当時をこう振り返った。
「自分は何度も失敗して、何が違うと考え詰めて最終的に横綱になった」
荒磯親方は自身の経験を踏まえて貴景勝に対して心の内を語った。
「今までやってきたことをやるだけだ。それが15番続くというか。(得意の)突き押しで勝つしかないし、そこだけ信じるしかない。悪かったら悪かったで、反省して。次の日のことを考えないと。必ず次の日は来るから」
「自分は天才でも何でもない。1つ1つ勉強して、力つけていかないと強くならなかったから。負けて学ぶこともある。苦しいときだからこそ、学ぶときに変えられるチャンスってあると思う。だから、こういうのを糧にしてほしい」
苦しい場所でのたたかいが必ず生きてくるという。さらに続けた。
「今までの突き押しの力士とは、精神的にも技術的にもちょっと違う。絶対的な“決め打ち”の突き押しがある。やると決めていることをしっかりやる。腰を割ってから自分のペースでという、なかなかない突き押しですよね」
これは大関の実力を認めているからこそ出てきたことばだ。残り13日間、最後まで「綱とり」に挑み続け苦しみをチャンスに変えることができるのか、それとも再チャレンジの振り出しに戻ってしまうのか。元横綱が期待を寄せる24歳の若き大関が早くも正念場を迎えた。
この記事を書いた人

小野 慎吾 記者
平成28年NHK入局。岐阜局を経て、2019年8月からスポーツニュース部で格闘技(大相撲、ボクシングなど)を担当。前職はスポーツ紙記者。