ストーリー水泳

打倒・入江陵介 追いかける男たちの戦い

2020-12-19 午前 0:31

目の前には高い「王者」の壁。あなたならどう挑みますか。

 

競泳・背泳ぎの「王者」入江陵介選手、30歳。この13年間で日本選手権の200m背泳ぎを制すること、実に12回。その栄光の陰には、入江に何度も挑み何度もはね返され続けてきた選手たちがいます。

異例の12月開催となった今年の競泳日本選手権。

「今年こそ、自分が。」

栄光をつかみ取るために臨んだ二人の選手。それぞれの戦いを追いました。

どん欲に肉体を鍛える 砂間敬太の場合

25歳の砂間敬太選手の「打倒・入江」へのアプローチ。それは他の選手が試していないことも貪欲に吸収し続けることです。

 

 

日本選手権の3週間前。入江を追いかける男のひとり、砂間選手は、都内のジムで筋力トレーニングに打ち込んでいました。砂間選手は去年の日本選手権で、入江選手にわずか0秒27差の2位。今年は初優勝を目指していました。

 

砂間選手は1メートル80センチ、体重80キロ。日本の他のスイマーに比べてかなり筋肉質な体つきです。日本では「筋肉をつけ過ぎると、体が重くなって泳げない」と、ウエイトトレーニングに消極的な選手が少なくありません。しかし、砂間選手は「ウエイトは絶対必要だと、僕は思います」と言い切ります。

 

 

このウエイトへの向き合い方にも現れているように、「既成概念」にとらわれず何でも試すことが、砂間選手が考える王者を倒すためのアプローチ。5年前の日本選手権では6位でしたが、翌2016年には3位、ここ2年は2位に入り近年急速に力をつけてきました。

理想は「入江を倒した男」

砂間選手がウエイトトレーニングに力を入れるようになった背景には、理想とするスイマーの存在があります。アメリカのライアン・マーフィー選手。リオデジャネイロオリンピックでは、100mと200mで背泳ぎで2冠を達成。入江選手を圧倒しました。

 

 

その強さの秘密は「肉体」にあると、砂間選手は考えています。

入江選手は身長1メートル78センチ、体重64キロ。対してマーフィー選手は身長1メートル91センチ、91キロ。上半身だけをとってみても、胸や肩周りの筋肉の付き方には差があるように見えます。

では自分はどうなのか。砂間選手は自らも筋肉量を増やすことを決意しました。

 

 

「海外の選手と比べたら、自分の身体はまだまだ細い。これじゃ勝てないなと。そこで、体が“ごつい”イメージがあるラグビー選手やアメフト選手の知り合いに頼んで、どういうトレーニングをやっているのか聞いて、自分の練習に取り入れたんです。」

 

プールの中だけではなく、陸の上で自らを鍛える日々。その努力は実を結びつつあります。今年8月の東京都特別水泳大会の200m背泳ぎ。このレースで砂間選手は、入江選手に初めて勝利しました。

 

鍛えた肉体を、水の中で生かせ

王者の背中が見えてきた今、砂間選手が取り組んでいるのは、鍛え上げた肉体が生み出す力をしっかりと水に伝える事です。その中でも意識しているのは、手のひらの感覚。

 

「自分は元々“親指側”の感覚が強くて、“小指側”の感覚が薄いなと感じていました。それを逆転したら結構面白いんじゃないかなと思って、それを意識して泳いでみたら、本当に気持ちよく進む事ができるようになりました。」

 

わずかな力の入れ方の違いで、泳ぎに大きな手ごたえを感じる砂間選手。自分のパワフルな泳ぎは王者にも通用する。自信を深めていました。

 

 

「自分の中では、これから“革命的”に記録が上がると思っています。入江選手本人の前では言えないですけど、自分は負けないと思います。」

 

最後に、日本選手権での勝負どころを聞くと、こう答えました。

 

「入江選手が得意なラスト50mより先に仕掛けます。絶対に勝ちます。」

自分と向き合う 金子雅紀の場合

28歳の金子雅紀選手の「打倒・入江」へのアプローチ。それは自分の泳ぎに徹底的に向き合い、持っている武器を地道に磨き抜くことです。

 

 

大会3週間前の東京都内のプール。金子選手はプールサイドに座り、壁にかけられた大型モニターを一心に見つめていました。金子選手は4年前の日本選手権で2位に入り、入江選手と共に背泳ぎの代表としてリオデジャネイロオリンピックに出場した実力者。しかし、その後は少しずつ順位を落とし、去年は準決勝敗退。入江選手との差を埋められずにいました。

 

 

「自分の泳ぎを客観的に見る事で、気付いていなかった部分もわかりますから。」

 

所属チームが設置したモニターには、水中など様々な角度から撮影した自分の泳ぎが映し出されます。水中での感覚と、外から見た体の動きにズレがないか、入念にチェック。見ていたのはターンの後の動き。水中で体をしならせ進む「バサロ」です。これが、金子選手が持つ武器。

 

「バサロが僕を救ってくれた。オリンピックに行かせてくれた技術です。」

 

そのバサロは、自分の弱点と向き合った末に生まれたものでした。

弱点と向き合い見つけた 自分だけのバサロ

金子選手は1メートル81センチ、75キロと、入江選手よりも肉体的には恵まれていると言えます。しかし、ひとつ弱点がありました。それは、足のサイズが24.5センチと、一般的な男性に比べて小さいこと。それはすなわち、キックの際に水と接する表面積が小さいということ。効率よく水を蹴ることができなければ、キックでの強い推進力を生むことができないのです。

金子選手は、もともとは苦手としていたバサロから目をそらさず、長年向き合い続けてきました。大学時代は自らが被験者となり、さまざまな泳ぎ方を科学的に検証し、自分ならではの推進力を探し続けました。

 

そうして編み出したのが、「金子オリジナル」の“バサロ”です。

 

 

「僕のバサロの強みは、胸から下をムチのようにしならせること。細かく速く、体の全ての筋肉をうまく連動させて使えることです。」

 

下半身を大きく動かしている入江選手に対し、金子選手は上半身、胸周辺から体をしならせながら泳いでいます。

 

 

足だけに頼るのではなく、体全体で大きな推進力を生み出し、ターンのたびにこのバサロで加速。リオデジャネイロオリンピックの代表選考レースとなった4年前の日本選手権でも、150m手前までは4番手でしたが、最後のターンのあとのバサロで一気にトップ争いへ。入江選手に次ぐ2位に入りオリンピック出場を勝ち取ったのです。

とことん自分の強みを磨く

金子選手が現在ポイントにしているのは、バサロのあとの“浮き上がり”です。水中を進むバサロでスピードに乗っても、水面に浮きあがり腕をかくときに水の抵抗を受けてしまうと、泳ぎにロスが生まれてしまうのです。バサロが生んだスピードを、いかにその後の泳ぎにつなげられるか。

 

今年、コロナの影響でプールでの練習ができない期間も、インターネットを通して競技仲間たちにヒントを求めました。元日本代表の古賀淳也選手らとリモートで対談し、その様子を動画配信サイトで公開したのです。

あくなき探究心で、得意のバサロをさらに磨く。そして、4年前のように王者・入江に食らいつけるか。

 

 

「日本選手権で結果を残す事によって、自分がこれまで取り組んできたものがさらに意味のあるものになる。入江さんにかわって、世界で戦えるようになりたい。」

強気に攻めた金子 しかし

迎えた日本選手権、200m背泳ぎ。午前に行われた予選。金子選手の予選2組で、波乱が起きました。

得意のバサロで序盤から攻める金子選手。去年は準決勝で敗退。このところのレースで結果が出ない中、予選の序盤から攻めると事前に決めていたレースプランでした。100mの折り返し、別の組の入江より速いタイム。

 

「自分はまだ王者と戦える。それを証明したい。」

 

強気に攻めたレース。しかし、後半徐々に失速していきます。

金子選手のタイムは2分00秒48。全体13位で予選敗退。入江選手と決勝で相まみえることすら、叶いませんでした。

 

「めちゃくちゃ悔しい。」

 

試合後のインタビューで声を絞り出す金子選手。それでも、頂点を目指す気持ちに変わりはないと言い切りました。

 

 

「決勝では入江選手と砂間選手がすごく高いレベルの争いをすると思います。そこをしっかりと見届けて、自分に足りない部分を探したい。」

 

そう言い残して、金子選手はプールサイドを後にしました。

王者の背中はまだ遠く

午後に行われた決勝。事前の予想通り、砂間選手と入江選手は決勝に進出。予選のタイム順で決められるレーンは、入江選手が第3レーン、砂間選手はその隣の第2レーン。この「入江選手の隣のレーンに入る」こと。これが砂間選手の狙いでした。

 

 

「8月に勝った自分の存在を入江選手に意識させたいんです。間にひとつでもレーンが空いちゃうと意識させられない。隣のレーンで、徹底的に自分を意識させて、自分が勝ちます。」

 

始まった決勝。レース序盤に飛び出したのは、先月海外でレースを終えたばかりの入江選手でした。

「前半から積極的に。後半はどうなってもいい」。

コロナ禍での海外遠征から帰国して時間がなかったことで、疲労の回復やレースに向けた十分な練習が詰めていないのではないか。そうした声を払拭する泳ぎでした。

 

 

「入江さんの調子はそこまで上がっていないと思っていたので、序盤から飛ばしていて驚きました。」

この入江選手の飛び出しに、隣の砂間選手は動揺します。

 

前半勝負で飛ばす入江選手を、砂間選手は鍛えた肉体を生かした力強いストロークで追います。100mの折り返しで砂間選手は3位。このままでは入江選手の視界に入ることすらできない。砂間選手は150mの最後のターンを待たず、ロングスパートで勝負に出ます。

去年は0秒27差まで追い詰めた王者。しかしその背中はどんどん離れていきました。

 

優勝は入江選手。タイムは1分55秒55。2位に入った砂間選手。タイムは1分58秒13

今年は2秒以上離され、王者の力を見せつけられました。

 

それでも王者を追い続ける

レース後の砂間選手。動揺した反省を語りつつ、視線は次の目標に向いていました。

 

「ちょっとビビってしまいましたね。前半控えめになって、後半もなかなかペースが上がらないレースをしてしまった。また新しい試みをして、来年の日本選手権がある4月を迎えたいです。」

 

砂間選手は今後、発汗を促すサウナスーツを使ったトレーニングで、さらに体脂肪を落とし肉体を鍛えていくつもりだと言います。これも柔道選手が良くやるトレーニング法を取り入れた新しい試み。今大会で力の差を見せつけられてもなお、笑顔で王者の背中を追い続けていきます。

 

 

「自分はチャレンジャーですからね。楽しくワクワクした気持ちで、入江選手を追いかけていきます。」

 

予選で敗れた金子選手も、今回の悔しさを胸に、さらに泳ぎに磨きをかけることを誓っています。レースでスピードを出しても、「バサロ」とその後の泳ぎを最後まで崩さず保つために、年末年始も泳ぎ込んで4月の大会に臨むと話しました。

 

絶対王者にどう立ち向かうか。

それぞれの選手が、それぞれのやり方で。自分の道を信じて進み続ける、男子背泳ぎの選手たち。再び相まみえる来年4月の日本選手権は、東京オリンピックへの出場権をかけた大会です。

その結果は、果たして。

 

サタデースポーツ/サンデースポーツ

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス

RANKING人気のトピックス

アクセス数の多いコンテンツをランキング形式でお届け!