ストーリー陸上

勝者の栄光の陰で ~3つのライバル対決から~

2020-11-10 午後 01:25

10月、3日間の開催を終えた陸上の日本選手権。ことしは新型コロナウイルスの感染拡大が続く難しい環境での開催となったが、選手たちはトラックで、そしてフィールドで躍動した。

 

日本一のタイトルを手にしたのは30人。男子100メートルでフィニッシュラインを駆け抜けた桐生祥秀選手が優勝を確信して右の人差し指を掲げたシーンや女子やり投げの佐藤友佳選手が抱き合って喜びあったシーンなど勝者の笑顔が印象的だった。

 

ただ、その脇には大粒の悔し涙を流す選手たちも大勢いた。勝者の陰にいる数えきれないほどの敗者、その言葉には時に勝者以上に人の心を動かすものがある。今回は日本選手権で展開された3つのライバル対決に注目した。

女子やり投げ 北口榛花 選手

ああ2センチ、ああ2センチと思った。正直、もっと抜かれていたらすがすがしかったのかもしれない。

 

女子やり投げ決勝

優勝 佐藤友佳 59m32

2位   北口榛花 59m30

 

女子やり投げの最終6投目。この時点でトップだった北口選手は、最終投てき者の佐藤選手の一投を見守った。結果は59メートル32センチ。北口選手は記録でわずか2センチ越えられ逆転優勝を許した。勝負が決した瞬間、思わず崩れ落ちた北口選手。だがすぐに立ち上がり佐藤選手に歩み寄って笑顔で抱き合った。そのシーンをこう振り返った。

 

 

北口選手「ああ2センチ、ああ2センチと思って抱きついちゃいました」

 

佐藤選手をたたえる気持ちと僅差で負けたことに対する動揺。整理できない複雑な感情が「ああ2センチ」という表現になった。北口選手らしい答えだった。

 

 

報道陣の前で笑顔すらみせる北口選手だったが、佐藤選手と抱き合ったあと大粒の涙を流していた。逃した日本選手権連覇というビッグタイトル、頭ではわかっていてもその喪失感はあまりにも大きかった。

 

 

試合後、「世界で戦うには、みんなで競いあうことが大事」という優等生の発言も出た。しかし、そのあと「正直、もっと抜かれていたらすがすがしかったのかもしれない」と語った。悔しさがにじみ出たひと言だった。

 

新型コロナウイルスの影響で再び五輪のプレイヤーとなった2020年。ここで喫した“わずか2センチの敗北”を東京五輪につなげることが出来るか、北口選手の逆襲に注目したい。

女子100mハードル 寺田明日香 選手

『勝つのは1人だけでほかの選手は負ける』その中でどう楽しむかをわかってもらえたらいいと思う。

 

女子100mハードル決勝

優勝 青木益未 13秒02

2位 寺田明日香 13秒14

 

日本記録保持者の寺田選手はライバル青木選手に負けた。

 

 

冒頭の言葉は、レース直後に自宅でレースを見守った6歳の長女 果緒ちゃんへ伝えた思いだった。

 

20歳で日本選手権を3連覇しながら、その後、引退、結婚、出産、ラグビーへの転向と多くの転機を経験した寺田選手。去年、競技会に復帰すると日本記録を更新、華麗なるカムバックだった。30歳となった彼女を支えるのは果緒ちゃんの存在だ。

 

寺田選手と果緒ちゃん

 

寺田選手「目標とか夢があって、そこに向かっていく姿を娘に見てほしいし近くで感じてほしい」

 

背中で語る母親でありたいと、「娘のために金メダルをとる」と公言し今大会に臨んだ。しかし、レース本番。青木が自己ベストを更新する走りをみせたのに対し、寺田選手は本来の走りには及ばなかった。報道陣の取材を受けるミックスゾーンで、寺田選手は敗因について話したあと期待して待っていた果緒ちゃんへの思いを聞かれた。あくまで「母親としての観点で」と前置きしたうえでこう語った。

 

 

寺田選手「娘に金メダルをあげられなくて残念。ただ『スポーツで勝つのは1人だけでほかの選手は負ける』その中でどう楽しむかをわかってもらえたらいいと思う」

 

勝者の陰には数えきれないほどの敗者がいるという現実。そして、負けてもそのレースを楽しんだ自分がいるということ。勝負の世界に生きる母親がまさに背中で伝えたメッセージだった。インタビューの最後には「『来年に良い結果は取っておく』と娘に説明する」と笑いながら話した寺田選手。その視線は“娘の目の前で走る”と誓った来年のオリンピックの舞台を見据えていた。

男子やり投げ ディーン元気 選手

オリンピック選考会ではないので、悔しさは半分。来年は必ず勝つ。

 

男子やり投げ 決勝

優勝 新井涼平 81m57

2位 ディーン元気 80m07

 

長年、同級生ライバルとして競い合ってきた新井選手との勝負。5投目を終え1位は80メートル7センチのディーン選手。しかし、最終6投目で新井選手に逆転された。ミックスゾーンに戻ってきたディーン選手が言ったのは、「オリンピック選考会ではないので、悔しさは半分。来年は必ず勝つ」という前向きな言葉だった。

 

ディーン選手にとって新井選手は特別な存在だ。同じ1991年生まれ。けがで苦しむディーン選手を横目に2014年から日本選手権で負けなしと日本のトップに立ち続けていた。

 

一方、2012年のロンドンオリンピックに出場したあと、低迷していたディーン選手。復活したのは今シーズンだった。冬場の海外合宿の成果が実り8月に84メートル超えの投てきを見せた。その背景をこう語っていた。

 

ディーン選手「新井選手の存在が刺激になって戻ってこられた」

 

ことしの日本選手権は、調子を戻したディーン選手と新井選手との同級生対決に注目が集まった。結果は、1メートル50センチ差で新井選手が勝利し7連覇を果たした。「悔しさ半分」と語ったディーン選手は、こうつなげた。

 

ディーン選手「来年はもっとレベルの高いところで世界が見えるところでいっしょに戦いたい。負けたらめちゃくちゃ悔しいと思うので来年は必ず勝つ」

 

新井選手とディーン選手

 

ライバルの存在は選手を強くする。そして立ち直らせる。日本のやり投げ界を引っ張る2人から目が離せない。

この記事を書いた人

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小林 達記 記者

平成26年NHK入局。神戸局、大阪局を経て、スポーツニュース部。陸上担当。大学では野球部に所属。中学時代は陸上も経験。

この記事に出ている選手

北口 榛花

北口 榛花

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