特集 元横綱が親方の武蔵川部屋 おかみさんは、元フラダンサー!

2018年5月、おかみさんの誕生日を部屋の力士たちが祝う
力士が体ひとつでぶつかりあう、大相撲。その力士たちが、厳しい稽古を続ける相撲部屋に、元フラダンサーの「おかみさん」がいます。その「おかみさん」とは、武蔵丸雅美さん。みずからが主宰するフラダンススクールが国際大会で優勝した経験がある異色の経歴の持ち主です。元横綱・武蔵丸が親方の武蔵川部屋での“おかみさんの仕事”や“おかみさんから見た大相撲の世界”について、聞いてみました!
フラダンスの魅力は見ている人を幸せにする“笑顔”
武蔵川部屋おかみ:武蔵丸雅美さん
日本でフラダンスを習い、その後にハワイで学ぶ。1998年、姉・親友とともにフラダンススクールを主宰。2001年、フラの国際的な大会「キングカメハメハ フラコンペティション」日本大会ワヒネ部門で優勝。2002年、同ハワイ大会で日本人グループ初の準優勝をする。2008年4月に武蔵川親方と結婚。2014年6月、長男誕生。
――まずは、フラダンスとの出会いを教えてください。
武蔵丸雅美さん(以下、雅美):姉と一緒にハワイ旅行に行ったときに歌詞を踊りで表現するフラダンスに感動して、自分も始めたいと思ったんです。最初は日本の先生に習っていましたが、その後、フラダンスのために留学して、ハワイの先生に習うようになりました。
――講師として教えていたこともあると伺いました。
雅美:はい、ハワイの先生に勧められて日本でフラダンス教室を立ち上げました。その後、教室として、国際大会にエントリーしました。だいたい20チームくらいが参加するものだったのですが、表現力や衣装、全員の踊りが揃っているかなどの基準で評価され、その中で優勝することができました。
――国際大会で優勝はすごいですね!当時、意識していたことはなんですか?
雅美:チームとしてまとまるように、愛情深いコミュニケーションをとること、でしょうか。ハワイで習っていた先生が、明るくて愛にあふれている方だったので、それを受け継ぎました。笑顔で元気にいることは、見ている人たちや周りの人たちを喜ばせることができると思っています。フラダンスの魅力は笑顔。幸せを自分から発信することで、見ている人までも、幸せにすることができるのです。
2007年、フラダンスの講師時代の雅美さん
雅美さんは、2008年に武蔵川親方(第67代横綱・武蔵丸)と結婚し、フラダンスの世界から大相撲の世界へ飛び込んで、12年。どんなふうに大相撲を見ているのでしょうか。
2008年、武蔵川親方(元・横綱 武蔵丸)と結婚
ハワイアンミュージシャンとして活躍していた小錦さんを通じて知り合った
共通しているのは「成長を感じる喜び」
――フラダンスの講師と相撲部屋のおかみさんという仕事、共通点はありますか?
雅美:愛情をもってすべてを受け入れること、ですかね。フラダンスは、家族の応援や理解がないとできない習い事なので、チームで一つになれるように、“家族ぐるみ”の付き合いを意識していました。武蔵川部屋のおかみになってからは、力士の子たちと一緒に生活をしていますので、何か悩んでいることはないかと、常に気を配っています。
――教える、という点で共通している部分はありますか?
雅美:相撲の稽古は、親方がいますので、私はあえて距離を取るようにしていますが、「成長を感じられる」ところは、共通していると思います。
武蔵川部屋は未経験で相撲界に入ってくる子が多く、何も知らない子たちが相撲のことを吸収し、体つきが急激に変わっていきます。フラダンスも、ハワイ好きの普通の女性たちが入ってきます。初心者の方が協調性や体のしなやかさを身につける様子を間近で見られますね。
太陽のような存在で。“女将”ではなく“おかみ”でありたい
2018年9月、千秋楽パーティーの様子
――普段のおかみさんの仕事を教えてください。
雅美:よく「力士全員のご飯を作ったり洗濯をしたりしているんですか?」と聞かれますが、そういったことは行っていません。自分でできることは学んでできるようにするのが武蔵川部屋の方針です。私はあくまでもサポートとフォロー。ちゃんこも今は兄弟子が下の子達に教えながら作っています。私はといえば、稽古見学の方がいらしている場にいて、いかに若い子たちが頑張っているのかを話したり、お金の管理だったり、千秋楽パーティーのとりまとめだったりを行っています。新型コロナウイルスの感染拡大があってからは千秋楽パーティーを行えていないのですが…。
また、若い衆は記録用にノートを持っていて、体重、食べたもの、稽古の内容、お世話になった方のお名前を記録しています。それを私が読んで、生活面でアドバイスできることがあればしています。それは交換日記などではなく、あくまでも力士が自分を知るためです。自分を分かっていない若い衆たちが、日々を記録することにより自分の成長を知ることができるんです。
――細かなフォローをされているんですね。
雅美:親方はお茶目な性格ですけど、あまり褒めないタイプなので、若い衆は怒られたり、指摘されたりすることがどうしても多くなるんですよね。そこで私はなるべく褒めるようにしています。一緒に暮らしているからこそわかる、その子のいい面を“実はこれができていたよね、すごいね!”と。とは言っても表面だけを見て適当に褒めるのは嫌なので、20人いる力士の子たちをなるべくしっかり見てあげようと思っています。
また、先代のおかみさんから「相撲部屋のおかみさんは太陽でいなさい」と言われたことがありました。いつも明るくみんなを照らす存在。そういう存在が相撲部屋にいたほうがいいかな、と私も思っています。「雅美さんならできるわよ、あなた明るいから」と先代のおかみさんに言ってもらったことは今でも励みになっていますね。
2019年9月、武蔵国の断髪式にすでに引退した一番弟子と二番弟子がかけつけてくれた
――雅美さんにとって、部屋の力士たちは子供、家族、弟子…
どの言葉が一番近いのでしょうか?
雅美:彼らには本当のお母さんがいるので、押し付けがましく「私がお母さんの代わりですよ」とは言えません。でも、私たちのことを信頼して、親御さんが大切なお子さんを預けてくださっているので、お母さんに近い存在でありたいとは思っていますね。様々な家庭環境にあって、なかなか本当の親に会うことが出来ない子には、なおさら、親方のことを本当の父親のように思ってもらいたいな、と思います。
私自身の意識としてはやっぱり“おかみ”ですね。お母さんでもなく、姉でも叔母さんでも、寮母さんでもない、“おかみ”。そして漢字の“女将”ではなく、ひらがなの“おかみ”です。旅館などの女将は、前に出て切り盛りするので大将の“将”が当てはまりますが、相撲部屋のおかみは裏方なので、ひらがなの“おかみ”でありたいと思っています。やさしい雰囲気がするじゃないですか、ひらがなって。
相撲部屋でおかみさんが力士たちと生活をともに過ごす中で明るく優しい存在であることがわかりました。しかし、生活をともに過ごす相撲部屋では、新型コロナウイルスの影響が多々ありそうです。武蔵川部屋ではどのような影響があったのでしょうか。
新型コロナウイルスの影響を乗り越えて
――新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、どのような影響がありましたか?
雅美:稽古の見学がなくなったり、地方場所や千秋楽パーティーがなくなったりと、みなさんと交流する場がなくなりました。それにより、日頃の成長を披露したり、応援してもらえる機会が減ったのでモチベーションの維持が大変になったと思います。
――具体的にはどのような対策を行っているのでしょうか?
雅美:相撲協会からもしっかりとしたガイダンスがあるのですが、食事は時間差にして少人数で食べる、調理やゴミ捨ての際にマスクとビニール手袋をつけるなどですね。消毒も徹底していて、足踏みで消毒液が出るタイプの器具も購入したり…良いと言われるあらゆる物を買いました。なにかあれば大相撲全体に迷惑をかけることになりますし、うちは親方と私が以前腎臓の移植手術をしていて重症化のリスクも高いということもあるので特に気をつけるようにしています。ですが、確実に感染を防ぐことは出来ないので「もし何か(体調不良など)あれば、怖がらないですぐに教えてね」という話もしていますね。
――新型コロナウイルス流行の前後で何か変化がありましたか?
雅美:応援してくださる方とも握手が出来なかったり、友達に会えなかったりと、閉塞感を感じてしまいがちな状況なので、気分転換のひとつとしてみんなでジャンクフードを食べる日を作りました(笑)。ピザや、フライドチキンをデリバリーしてみんなで食べるんです。どうしても行動に厳しい制限がかかってしまうので、いい息抜きになっているかなと思います。
若い力士たちが、みんなでジャンクフードを食べている…。その姿を想像すると、武蔵川部屋全員で、この状況を乗り越えよう!という雰囲気が伝わってきますね。
――最後に、おかみさんが思う相撲の見どころを教えてください!
雅美:(武蔵川部屋には十両以上の関取はいないのですが)ぜひ関取の相撲だけじゃなくて、幕下よりもっと下のほうの力士たちが成長していく過程も見てもらいたいです。また、これから相撲を見るという人は、同じ出身地の力士を見つけると親近感がわいて応援したくなるんじゃないでしょうか。力士たちも励みになります。そんなふうに、応援したい力士を見つけるとぐっと面白くなるのでおすすめですよ」
やさしく、明るく、元気なおかみ。その姿は、たしかに太陽みたいな存在でした。
みなさんもぜひ、推しの力士を探してみては、いかがでしょうか?