ストーリーフィギュアスケート

浅田真央が振り返る 思い出のNHK杯フィギュア

2020-10-30 午後 07:40

日本中から愛されたフィギュアスケーター、浅田真央さん。老若男女を問わず幅広い世代から支持されたその理由は、弾けるような笑顔と強さにありました。NHK杯出場回数は7回、うち4回優勝。数々の演技を披露したその中から、10代の頃の演技や浅田さん本人が選んだお気に入りのプログラムを交えながら思い出のNHK杯を振り返ります。

鮮烈な印象を残した16歳のNHK杯デビュー

2006年、浅田真央さんのNHK杯デビューはまだあどけなさの残る16歳のときでした。

 

初めてのNHK杯会場入り

 

実はNHK杯のリンクに立つのはこの時が初めてではありませんでした。

 

当時9歳、フラワーガールを務める浅田真央さん

 

当時9歳。お姉さんの舞さんと一緒にNHK杯でフラワーガールを務めていました。

 

 

このとき「NHK杯のフラワーガールをやりたい」という夢を叶え、次はそのNHK杯に出たいという目標ができたと言います。

 

そんな真央さんのNHK杯初出場は大きな注目を集めていました。
1年前にグランプリファイナルで優勝した天才少女の演技に期待が高まります。

 

2006年NHK杯ショートプログラム


ショートプログラムで選んだ曲はショパンの「ノクターン」。ミスもなく、誰もがうっとりしてしまうその滑りに、会場内ではスタンディングオベーションが起きました。

 

2006年NHK杯フリー

 

フリーでは、その後の真央さんの代名詞となるトリプルアクセルを披露します。

 

表彰式にて

 

結果、当時の歴代最高得点で優勝。鮮烈なNHK杯デビューとなりました。

コーチ変更を経て2度目のNHK杯優勝へ

2008年、さらなる成長を求め真央さんは新たなコーチを迎えました。
多くの金メダリストを育てた名コーチ、タチアナ・タラソワさんです。

 

タチアナ・タラソワコーチ

 

タラソワコーチと目指したのは高い芸術性と難しい技が融合した演技。

 

レッスンを受ける真央さん

 

美しい動きを身につけるためにバレエを練習に取り入れます。

 

ジャンプの練習も念入りに行う

 

さらにトリプルアクセルにも磨きをかけていきました。

 

迎えたNHK杯、フリーで披露したのは「仮面舞踏会」です。

 

2008年NHK杯フリー 真央さんが苦手というトリプルサルコーをはじめ、次々とジャンプ技を決めていく

 

表現力が求められるダイナミックな振り付けに、2本のトリプルアクセルを組み込んだハイレベルなプログラムでした。

 

表彰式にて

 

2回目のトリプルアクセルは惜しくも回転不足。
それでも2位に大差をつけ2回目の優勝を果たし、成長の証を見せました。

基礎を見つめ直して挑んだ初めてのオリンピック

2010年、バンクーバー。
19歳で迎える初めてのオリンピックです。

 

真央さんのライバルとして注目されたキム・ヨナさん(韓国)

 

ライバルは同い年のキム・ヨナさん。2人の金メダル争いに世界が注目していました。

 

2010年バンクーバー五輪フリー

 

ショートプログラムを終え、キム・ヨナがトップ。真央さんは2位。

 

銀メダル獲得も悔しさが残る

 

逆転をかけたフリーに挑むも、ジャンプ技で数回のミスをし、結果は2位。

 

試合後のインタビューで涙を浮かべる真央さん

 

「フリーの4分間、あっという間に終わってしまいました」
惜しくも届かなかった金メダル。悔しさが残りました。

 

佐藤信夫コーチと

 

オリンピックを終えた次のシーズン、真央さんは新たなコーチを迎えました。
基礎技術を教えることに定評のある佐藤信夫コーチです。

 

スケーティング技術を1から見直しました。
目指したのは伸びのある滑り。ジャンプも基礎から取り組みます。

 

コーチと二人三脚でさらなる強さを目指す

 

さらなる強さを求めて、再スタートを切りました。

 

新たな日々の中で披露したプログラムの中でも、真央さんの印象に残っているプログラムというのが「愛の夢」。

 

 

佐藤コーチに移り、0から指導を受けたものが2年目で少しずつ花開いてきたという真央さん。

 

2010年NHK杯フリー ジュニア時代を含めた自己最低点を記録し、結果は8位に。

 

2010年シーズンから2年連続フリーで披露した「愛の夢」ですが、1年目は思うような結果が出ずに苦しみました。

 

2011年NHK杯フリー トリプルアクセル以外の5種類のトリプルを全て完璧に成功させる

 

それでも諦めずに取り組んで迎えた2011年。2年目の「愛の夢」です。
本人も納得のいく表情で演技を終えました。

 

 

この時の演技について、真央さんは「確実に滑りもジャンプも変わっていたし、確実に前に進んでいると実感した」と自分の成長を振り返ります。

4年ぶりのNHK杯優勝からソチオリンピックまでの道のり

印象に残るプログラムとして次に真央さんが選んだのは、2012年シーズンのショートプログラム「アイガットリズム」。

 

振付師のローリー・ニコルさん

 

シニアデビューの頃から振り付けを担当し、真央さんに寄り添ってきたローリー・ニコルさんが送ったプログラムです。
“毎日の練習が明るくなるように”――
前の年に最愛の母を亡くした真央さんを思って作られました。

 

2012年NHK杯ショートプログラム リズミカルな曲調とともにさまざまな表情を見せる

 

弾けるような笑顔を届けた2012年NHK杯では4年振りに優勝。

 

難度の高いスピン・ステップをこなし、4年ぶりのNHK杯優勝を収めた

 

ローリー・ニコルさんの思いに応えました。

 

続いて選んだのはあの名プログラム。
ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」です。

 

 

真央さん本人も集大成になると思って作ったという「ピアノ協奏曲第2番」。
「きっと自分の選手生活最後のプログラムになるんだろうなという思いがあった」 と話します。

 

2013年NHK杯フリー

 

力強い振り付けが特徴で、ソチオリンピックでの演技が多くの人の心を打ったプログラムです。

 

ショートプログラム・フリーともに自己ベストを更新し、NHK杯4回目の優勝を果たす

 

2013年、オリンピック3ヵ月前のNHK杯。ここでもすばらしい演技を見せました。
NHK杯4回目の優勝です。

 

そして、あのソチオリンピック。
ショートプログラムはまさかのジャンプ失敗、以降リズムを取り戻せぬまま16位に沈んでしまいます。翌日、失意の中で迎えたフリー。

 

冒頭のトリプルアクセルを完璧に決め、合計8回の3回転ジャンプを決めるという驚異的なパフォーマンスを披露。オリンピックで女子ではまだ誰も成功させていないプログラムです。

 

2014年ソチオリンピック フリー 伝説となった“8トリプル”

 

積み重ねてきたものを出し切った真央さん。彼女が叩き出した得点は自己ベストであると同時に、そのシーズンの世界最高得点に。
集大成として臨んだ2回目のオリンピックは、最高の演技で終えました。

 

そして大会を締めくくるエキシビション。

 

エキシビションならではのプログラムも魅力のひとつ

 

時には愛らしく、時には大人っぽく。さまざまな表情を見せてくれました。

1年間の休養から復帰、そして引退へ

ソチオリンピックの後、真央さんは休養を決めました。

 

1年間の休養を決めた

 

リンクを離れさまざまな人と触れ合い、それまでになかった刺激を受けたと言います。

 

そして、1年後。競技生活に復帰しました。
休養中、いろいろなものを感じたり見たりしてチャレンジしたい気持ちが強まったという真央さん。

 

休養を経て競技生活に復帰

 

そんな復帰後のプログラムで真央さんの印象に残っているのは「素敵なあなた」。

 

このとき、真央さんは25歳。
10代や若いころにはできなかった、大人の魅力を表現するプログラムに挑みました。

 

ショートプログラムで冒頭のトリプルアクセルを失敗したが、中盤から盛り返し、結果は3位。

 

休養を経てさらに豊かになった表現力を見せてくれた真央さん。これが最後のNHK杯となりました。

 

 

今回、NHK杯を振り返ってみて、当時の思いや状況が演技に現れていると感じた真央さん。「そのときの気持ちによって全然滑りが違って面白かった」としみじみ話します。

 

引退後、アイスショーを通して感謝を伝える

 

現在、2017年に現役を引退した真央さんは、応援してくれた人たちに感謝を届けたいと、アイスショーで全国をまわっています。

 

NHK杯で見せてくれた真央さんの笑顔と強さ。
数々の演技は、いつまでも私たちの心に残っています。

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