ストーリー卓球

卓球・丹羽孝希×高校生×支援企業 コロナ禍から再生への一歩

2020-10-16 午後 01:00

新型コロナウイルス感染拡大の影響が世界中を覆った、2020年。

東京オリンピック・パラリンピックの延期に、途方に暮れるアスリート。彼らをスポンサーや実業団の立場で支えてきた企業は、コロナ禍の不況で大きなダメージを受け、10代の選手の進路にも影響が出ている。

それでも、前を向いて進むために。彼らが交わった瞬間、微かな希望が生まれた。舞台は岡山。苦境と向き合う姿を見つめた。

 

(サンデースポーツ 10月11日放送をもとに作成)

五輪代表・丹羽孝希の憂鬱

「社会的に見たら、スポーツがどう貢献できているのかわからないんです…。」

 

 

リオオリンピックの銀メダリスト・丹羽孝希は、苦悩していた。

代表に内定していた東京オリンピックの延期決定からおよそ半年。9月にNHKのインタビューカメラの前に現れた丹羽は、自らの「役割」に悩み続けていると明かした。

 

「医療関係者の方たちは最前線で動いているのに、僕たちスポーツ選手は何もできないと考えていたし、結局何もできなかった。僕が卓球をすることでコロナの患者さんを救えるかと言われたら救えないですから。すごく難しいです。」

 

この半年、卓球界でも大会の中止や延期が続き、丹羽が真剣勝負できる場はない。

インタビューを終えた後、普段は淡々とすぐに立ち去る男が、この日はその場に立ち止まった。腰に手を当て考え込むようなしぐさを見せた後、口を開く。

 

 

「すみません、なんか本当に気持ちを切り替えられなくて…。今は試合もないので、モチベーションを維持するのも大変なんですよね。」

 

1か月後。丹羽は岡山にいた。今シーズンから所属するTリーグ「岡山リベッツ」の合宿に参加するためだ。11月のリーグ開幕に向けた練習のかたわら、地元のスポンサー企業回りなど「チームの顔」としての活動にも取り組む日々。

練習場で、一人黙々とサーブ練習を続ける丹羽。アスリートの自分が果たすべき役割は何なのか、考え続けていた。

 

売上激減 それでも地元企業がスポンサーを続けるわけ

「倉庫の下から上まで在庫です。約15万足。」

 

 

岡山リベッツを支援するスポンサー企業のひとつ、地下足袋メーカー・丸五の営業担当・松野幹男は、倉庫に積まれた在庫の山に頭を抱えている。

この会社は倉敷市で100年続く老舗。主力商品は祭りで使われる足袋。年間およそ30万足を生産してきたが、今年は全国の祭りが相次いで中止になったことで売り上げが7割も減った。しかし、会社は岡山リベッツへのスポンサー支援を続けている。

松野が見せてくれたのは、リベッツのロゴが入った靴下。選手が試合でも着用するチームソックスを提供している。このソックスには、老舗足袋メーカーの技術が詰め込まれていると教えてくれた。

 

 

「これは指先が(足袋のように)二股になっているので、足の指が使いやすい靴下なんです。それに、足の甲の部分は加圧で締め付けるようになっていて、足の機能を出しやすくしています。」

 

松野は、売り上げが激減して苦しい時期にも関わらず、会社が支援を打ち切るつもりはないと言う。

 

 

「苦しい時だからこそ、リベッツさんを応援する。そしてリベッツさんが活躍すれば私たちも元気が出る。逆に私たちが頑張れば、コロナ禍でも頑張っている会社があるんだと、もしかすると選手のみなさんを勇気づけられるかもしれない。それがある意味、本当のサポーター、応援者なのかなと思います。」

コロナに夢を奪われた高校生

「去年よりいい成績をとろうと思って練習をやってきました。それを出す場所がなくなってしまったことは、残念な気持ちです。」

 

 

岡山市にある卓球の強豪・関西高校3年生の金光将希は、新型コロナに夢を奪われた。

去年のインターハイで団体戦5位入賞。今年は表彰台を目指していたが、4月に大会の中止が決まった。さらに金光に、ショッキングな知らせが届く。進路先に考えていた実業団がコロナ禍の不況により、採用を見合わせたのだ。先行きの見えない日々。それでも金光は得意のフォアハンドの練習を毎日繰り返した。

 

 

この姿勢が、思わぬ形で実を結ぶことになった。

9月29日。岡山市内の体育館にやってきた金光。そこには、オリンピックメダリスト・丹羽孝希が待っていた。その模様を、倉敷市の足袋メーカーの社員たちも見守る。

コロナ禍の暗闇の中にいた3者が、卓球を通して初めて交わった。

“ドリームマッチ”で交わる3者

“岡山リベッツ 青春ドリームマッチ”。

 

 

大会中止で目標を失った高校生を応援しようと、丹羽が所属する岡山リベッツが企画したこのイベント。リベッツのトップ選手と地元の高校生が対戦する1日限りの特別大会だ。その模様を撮影した映像はインターネットで配信。チームソックスを提供する足袋メーカーの会議室でも、社員が集まってリモート観戦していた。久しぶりの卓球の試合観戦、応援に熱が入る社員たち。するとモニターにはユニフォーム姿の丹羽が映った。自分たちが作ったチームソックスを履く丹羽の姿を目にしたのはこの日が初めて。営業担当の松野も喜びを隠せない。

 

 

「丹羽選手の初ソックス姿、コラボ靴下姿ですよ。こうやって実際にはいてもらうと、うれしいよねぇ。やっぱりオリンピックに出ているオーラがある!」

 

金光は若干落ち着きのない様子で、他の選手たちの試合を見つめていた。彼の出番はこの日の最後の試合。丹羽とのシングルスの試合だ。

「胸を貸す」形になる丹羽。準備を進める彼の表情はいつも国際大会で見られるのと変わらない、冷静沈着な姿。格下の高校生相手にも手を抜かないと、心に決めていた。

 

 

「イベント的な要素ではなく、真剣勝負をして僕の実力を伝える。(高校生が)トップ選手と試合をする機会はなかなかないと思うので、少しでも力になれたら。」

 

真剣勝負。それが今の自分にできる金光へのエールだと考えたのだ。

緊張が隠せなかった金光も、試合を前に腹を決めた。

 

「丹羽選手は日本を代表する選手。自分が3年間頑張ってきたこと、自分の得意な攻撃で勝負したい。」

今、アスリートの役割は

 

ドリームマッチの最終試合、丹羽孝希対金光将希。

第1ゲーム、金光は得意のフォアハンドで攻める。何度も右手を振りきるが、丹羽はバックハンドで平然と返してくる。丹羽の返球は金光のミスを誘う。あっという間に1ゲーム目をとり、オリンピック選手の貫禄を示す。

 

ここで金光。「何か言いたいことは?」と問われると、配信用カメラに向かって。

 

「ハンディが欲しいです。…4本ください。」

 

会場は温かい笑いに包まれ、丹羽も笑顔で快諾した。

その後も金光は持てる力を出し切ろうと攻めた。パワフルなフォアハンドで丹羽からポイントを奪うと、会場が沸く。打ち返す丹羽の高い技術にまた会場が沸く。オリンピアンから高校生へ。プレーでトップ選手の力を伝え続けた試合は、両者笑顔で幕を閉じた。

 

試合後、金光は充実した表情でこう答えた。

 

 

「日本を代表する丹羽選手とやらせてもらったのは、すごくいい経験でしたし、自慢になります。」

 

試合を観戦していた倉敷の地下足袋メーカーの人たち。松野はこの大会から確かなものを受け取った。

 

 

「選手も高校生も皆さん一生懸命で“ガチンコ”でしたね。楽しかったです。見ているこっちが元気をもらえる、新型コロナを乗り切っていく、頑張っていかないといけないと思いました。」

 

そして、アスリートの役割を見つけられず苦悩の中にいた丹羽。自分なりの答えを見つけていた。

 

 

「この前のインタビューで、『コロナ禍の中で自分のやるべきことが見つからない』と言ったんですけど、今日の試合で少しでも高校生の力になれれば、僕にとってのやりがいになるかなと思っていました。喜んでもらって、少しは僕が貢献できているかなと思えた。岡山に来て、よかったです。」

 

この日の丹羽は、取材を終えると立ち止まることなく、淡々と立ち去った。

 

 

サタデースポーツ/サンデースポーツ

 

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