ストーリー陸上

新型コロナの影響を乗り越えて 17歳の挑戦 陸上 日本選手権から

2020-10-08 午後 02:32

陸上の日本選手権に挑んだ地元・新潟の高校生。新型コロナウイルスの影響にも負けず常に前を向いて来た17歳が教えてくれたものとは。

”有望な若手”として出場

女子走り高跳びに出場した山口悠選手は新潟商業高校に通う3年生。身長1メートル71センチ、長い手足を生かしたダイナミックな跳躍が最大の武器です。全国的にはまだまだ無名と言える存在ですが、今回地元・新潟で行われた最高峰の舞台に立ちました。

 

日本選手権は日本陸上競技連盟が設定した「標準記録」を突破した選手などが出場できる一方、開催地の有望な若手などが地元の陸上競技協会の推薦を受けて出場できる出場枠があります。この1年で急成長を遂げた山口選手もこの“地元枠”で出場を果たしました。

 

山口悠選手

「まさか自分が出られるなんて、考えてもなかったので驚きでいっぱいです」

 

 

ぬいぐるみ集めが大好きで、ふだんはTikTokやインターネットの恋愛番組を話題に友達とおしゃべりするのが何よりの楽しみだという17歳。初めて取材したときも“アスリート”というより、あどけない笑顔にあふれた“今どきの女の子”という印象でした。しかし、フィールドに立つとその素質には目を引くものがありました。

持ち味はスピード

 

彼女の強さを支えるのが、同世代の高跳びの選手としては群を抜く、そのスピード。大会前に取材した際、試しに50メートルのタイムを計ってもらいました。ストップウォッチで計測したタイムは「6秒39」。女子高校生にしてはかなり速いのではないかと思い後で調べたところ、なんと室内の女子の日本記録を上回るタイム。手動のため、もちろん誤差はありますが、短距離の選手にも引けを取らないスピードと瞬発力の持ち主で、力強い助走を生かした大きな跳躍が最大の持ち味です。

苦難続きの高校時代

 

山口選手は中学生のときに全国大会に出場するなど将来を期待される選手でした。しかし、高校入学後は腰のけがに苦しみました。なかなか記録が伸びず、2年生で全国高校総体に出場したものの一度も成功できずまさかの記録なし。その後も思うような成績を残せずにいました。最終学年をむかえることし、山口選手の掲げた目標は「高校日本一」。1日1000回の腹筋を欠かさずに行うなど厳しいトレーニングを自らに課し、夏の全国高校総体で頂点に立つことを目指し努力を重ねてきました。しかし、待っていたのは新型ウイルスによる高校総体の中止。

山口悠選手

「2年生のときに記録なしだったので、ことしこそ良い記録を出したかったので、最後のインターハイがなくなったのは、悔しかったです」

仲間と続けた自主練習

 

新潟でも感染が拡大する中、3月以降は部活動も自粛に。気落ちし、目標を見失いそうになる中でも、持ち前の明るさと前向きな気持ちを失わず、代わりの大会があると信じて仲間と自主練習を続けました。学校のトラックや陸上競技場が使えないため、日本海に広がる砂浜を裸足で走り込んだり、山の中の坂道でダッシュを繰り返したり。全身の筋肉をもう一度鍛え直すため、工夫を重ねながら、およそ3か月間、トレーニングを続けました。

 

 

 

山口悠選手

「コロナがあったからこそ、深いところまで練習ができたし自分に足りていない部分を補えたと思うので、大きな時間と思います。1人では絶対できないので、みんながいたから、こんな練習も頑張れたと思います」

ひさびさの大会で記録を大幅更新!

代替大会で優勝

 

その後、県の高校総体の代替大会が開催されることが決定。7月、およそ8か月ぶりに実戦の舞台に立ちました。これまで積み重ねてきた練習を信じて臨んだ大会で、山口選手は驚きの跳躍を見せます。なんと自己ベストを一気に7センチも更新する1メートル74センチで優勝。全身の筋力アップによってスピードと瞬発力に磨きがかかり、これまで一度も超えることのできなかった1メートル70センチの壁を一気に超えたのです。去年の日本選手権の優勝記録に3センチに迫る大ジャンプでした。

努力実って出場へ

 

新型ウイルスの影響で日本選手権の会場が大阪から新潟に移されたことで出場選手の推薦枠を持つ新潟陸上競技協会は、この成績を評価して山口選手の出場を推薦。高校総体の舞台を奪われた中でも前を向き続けた山口選手の元に、「地元での日本選手権出場」という大きなプレゼントが届く形となったのです。

山口悠選手

「これで新潟にならなかったら日本選手権には出られていないので、ラッキーだと思いますし、自粛中の練習がなかったら1メートル70も跳べていないので、うれしかったです」

「気合」で望む

 

思いもよらなかった国内最高峰の大会への出場が決まり、周囲の期待も高まりました。小学1年生から通い続けている近所の書道教室には先生から贈られた「目指せてっぺん」の見事な書が掲げられていました。

 

 

山口選手は忙しい練習の合間でも書道を続けています。そこには走り高跳びとの共通点もあるといいます。

山口悠選手

「1枚1枚集中して1文字ずつ書く書道は、競技時間が長く、長時間の集中力が必要な走り高跳びにも通じるところがある」

 

 

 

大会に臨む決意を書いてもらうと、半紙に書き上げたのは「気合」の2文字。「強い人たちがたくさんいる中でも圧倒されず、『気合』をいれて、1本1本自分らしい跳躍をできるようにしたい」と静かに闘志を燃やしました。

そして大会へ

 

そして迎えた本番の舞台。会場は自己ベストを更新したときと同じビッグスワンスタジアムです。順位にこだわらず自己ベストを目指して笑顔で終わりたいと臨みました。
最初の高さは1メートル65センチ。スピードに乗った助走からの滑らかなジャンプで一発で成功します。

 

 

続いてバーの高さは1メートル70センチに。
体は十分にあがっていたものの下半身がわずかにバーに触れ、2回連続の失敗。

 


勝負の3回目の直前、山口選手は右手を胸に当てて目を閉じ、静かに精神を集中させます。
「ここで跳ぶぞ」
成功するイメージを繰り返しながら気持ちを落ち着かせて臨んだ3回目。しかし、わずかに足がバーに触れ失敗。目標にしていた自己ベストの更新には届かず、初めて臨んだ日本選手権は26人中15位という結果に終わりました。

 

山口悠選手

「記録的には全然だったけど、自分が持っている力が出せた」

 

山口選手は初めての日本選手権をこう振り返りましたが、その表情には悔しさがにじんでいました。
それでも彼女は、前を向いていました。

 

山口悠選手

「ハイレベルな選手達と戦うことができたし、今後も大きな大会に出たいので、高校生のうちに出場できたのは、いい経験になったと思います。いろいろなことがあっての選手権だったので、感謝をして、精一杯、競技ができました」

 

最後にはあどけない笑顔でこう話した山口選手。どんな苦難に直面しても、ひたむきに頑張り続けることで道は自然と開けていく。
そんなことを感じさせてくれました。新型ウイルスの影響で、高校生の部活動が制限され、高校総体を始め、数多くの大会が中止や延期となっている今シーズン。トップ選手の大記録に光が当たりがちですが、最高峰の舞台にも臆することなく挑戦した高校生の姿は、どんなときでも前向きに進むことの大切さを、改めて私たちに教えてくれるような気がしました。

この記事を書いた人

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本間 祥生 記者

平成27年NHK入局 水戸局→新潟局 
高校までバスケットボールに打ち込む。今回の日本選手権では新潟の注目選手や感染症対策の最前線などを取材。東京五輪にもつながる最高峰の大会の舞台裏に(3三つを避けながら)密着。

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