ストーリー陸上

“ミックスゾーン”の声 陸上日本選手権・裏側のドラマ

2020-10-14 午後 01:36

10月1日~3日まで新潟で開催された陸上の日本選手権。本来は6月にオリンピックの出場権をかけて行われるはずだった大会。3カ月遅れの開催となったものの、新型コロナウイルスの影響でいまだ満足ではない環境の中にいた。オリンピック延期で維持するのが難しいモチベーション、それでも競技ができる喜び。さまざまな思いが交錯した「特別な3日間」は、2021年へのリスタート。

サンデースポーツ取材班は、ミックスゾーンで語られたアスリートの声に注目。その言葉の陰にあった選手たちのドラマとは…。

笑顔と涙が交錯する場所

「ミックスゾーン」。そこは、戦いを終えた選手たちが、初めて口を開く場所だ。

 

男子100m決勝、100分の1秒差で2位となったケンブリッジ飛鳥。一時の不調から脱し、桐生祥秀と共に今シーズンの男子短距離界を引っ張ってきた。2位に追わったレースの後に彼が語ったのは、難しい環境のシーズンを「完走」した充実感。

 

ケンブリッジ飛鳥

「久しぶりに、心の底から“走ると楽しいな”と思えたシーズンでした。」

 

女子円盤投げ・日本記録保持者の郡菜々佳。優勝候補として臨んだ大会、最初の2投がファールとなり、3投目も記録が伸びず。後半の試技に進めず9位に終わった。ミックスゾーンに現れた彼女は、あふれる涙とともに言葉を絞り出した。

 

郡菜々佳

「楽しく試合をしようと心から思っていたんですけど…。こんな試合をしてしまいました。」

 

コロナ禍の中で進んできた異例のシーズン。トラック、フィールド競技の選手たちにとってこの日本選手権はそのシーズンの締めくくりにあたる大会だ。満足のいくパフォーマンスができたものとできなかったもの。笑顔と涙。ミックスゾーンにカメラを据えると、選手たちが抱えてきたそれぞれの思いに触れることができた。

連覇の喜び、ライバルへの感謝

大会初日の夜。ミックスゾーンにやって来たのは、男子やり投げで7連覇を果たした新井涼平、29歳。口にしたのは、一人の選手への思いだった。

 

新井涼平

「彼の存在がなかったら、自分はここまで投げられなかったと思うので、本当に楽しく試合ができました。」

 

 

それは同い年のライバル、ディーン元気。8年前の2012年大会の王者。この時のディーンの記録、84m03は今も破られていない大会記録だ。勢いに乗ったディーンは新井が出られなかったロンドンオリンピックに出場したが、その後は相次ぐけがで低迷。入れ替わるように新井が2014年から日本選手権の王座を守ってきた。

 

だが、今大会のディーンは違った。5投目の記録は80m07。この時点で唯一の80メートル超えのビッグスローで新井を抜きトップに立った。この投てきが、新井の心に火をつけた。

新井涼平

「ずっと一緒に戦ってきたディーン選手が戻ってくれた。彼の投げで、僕も目覚める事ができました。」

 

新井に残されたチャンスは最後の1投。雄叫びと共に放たれたやりは高い軌道を描き、80mのラインを超えた。結果は。

 

 

優勝:新井 81m57cm

2位:ディーン 80m07cm

 

新井にとって、ライバルと競い合ってつかんだ7連覇。そして復活を果たしたディーンにとっても、新たなモチベーションをもたらしてくれた大会となった。

 

 

新井涼平

「ディーン選手がけがに苦しんで低迷していて、その間に自分がずっと連覇をしているという状態だったので、彼が復活してくれたのは、本当に大きくてうれしい事です。」

ディーン元気

「僕が投げたことが、今日の新井君にとっても原動力になったと思います。来年また更にレベルの高いところで、世界がもっと見える所で戦いたいなと、それが率直な気持ちです。」

医療従事者として、選手として

今大会にかける、特別な思いを語った選手もいた。

女子800mの実力者、広田有紀。大会2日目の金曜日に行われた予選。2組目を走った広田はトップとわずか0秒66の差で4位となり、順位での決勝進出はかなわず。その後の3組目の結果を受けて、タイムで拾われることもなく予選敗退に終わった。

 

直後のミックスゾーン。語ったのは、土曜日の決勝で自分の走りを見てもらいたかった人たちへの思いだった。

 

広田有紀

「決勝に行ったら、休日だからこそ会場に来れる医療従事者の方もいらっしゃったと思うので、そこの場面で走れたらよかったと思います。」

 

広田は医師を志し、医学部で学びながら陸上を続けてきた。この春の卒業後に選んだのは、オリンピックを目指して陸上に専念する道。しかし胸には常に葛藤があった。

広田有紀

「医療従事者の方々が大変な思いをしているのは日々ニュースで見ていたので、医師免許を持っていながらもそういうところに携わらず、自分の好きな事をやってる自分の立ち位置がちょっと、ふがいないというか…。」

 

 

支えとしてきたのは、病院で働く仲間からのメッセージ。大会を前に、広田のスマートフォンには多くの仲間からの応援の声が届いていた。

「自分は自分の道で全力を尽くす。」

理想の結果にはならなかった。それでも、仲間への思いを胸に走り切った800mだったと、誇りを持って言える。

 

広田有紀

「新型コロナウイルスの影響で暗い雰囲気になった時期もあったかと思うんですけど、自分たちが頑張っている姿がみなさんの励みになればいいなと思っていました。私もその一員として、きょう走りきりました。」

10代も、40代も

トラック、跳躍、投てきで男女合わせ30種目が行われる日本選手権。ミックスゾーンには、様々な世代、様々な立場の選手たちの声が集まってくる。

 

 

オリンピック3大会出場、男子棒高跳びの日本記録保持者・澤野大地、40歳。7位に終わったベテランジャンパーがまず口にしたのは競技ができることへの感謝。

澤野大地

「(大会を開くまでには)本当に大変だったと思うんです。だからこそ跳べる、試合ができることがこんなにうれしい事なんだと、普通じゃないんだと改めて感じさせられました。」

 

女子走り高跳びの17歳、山口悠はインターハイが中止となり、一時目標を失っていた。それでも、この日本選手権で自分の出せる力を出し切り、15位・1m65cmという記録を残した。

山口悠

「私、高跳びがなくなったら、別にとりえがないんです。だからインターハイがなくなったのは、悔しかった。この大会ではたくさんの感謝をして、精いっぱい競技ができたと思います。」

 

女子走り幅跳びで優勝した19歳の高良彩花は、涙ながらに喜びを語った。高校時代に日本選手権2連覇。その後の伸び悩んだ時期を乗り越えて、2年ぶりの優勝を果たした。

高良彩花

「大学に入って伸び悩んでいた時期、練習がうまくいかなくて…。跳べない自分を放っておかないで支えてくれた、ずっとそばで練習を見てくれた方、一緒に練習してくれた方に、感謝したいです。」

若きチャンピオンの悩み

苦しんだ日々の思いを語った選手もいた。女子1500mで優勝した田中希実、21歳。

 

田中希実

「試合で走れる機会だけが本当に…、そういう日々だけが輝いている、そんな苦しい日々が続いてるんですけど。だからこそ報われたいという思いを持って走りました。」

 

田中は今年、3000mで18年ぶり、1500mで14年ぶりに日本記録を更新。大会が相次いで延期や中止となった今シーズン、出場できる試合の重みは以前より増す中で、日本選手権初優勝をかけて挑んだレースだった。

1500m決勝、田中は驚きの走りを見せる。まだ全体の半分も走っていない600m過ぎからのロングスパート。他の選手は誰もついていくことができず、そのまま最後まで逃げ切っての優勝。田中が決勝の舞台で追い求めていたのは、勝利だけではなかった。

 

田中希実

「自信を本物にしたい、そして持ちタイムに恥じないような堂々としたレースがしたいということを考えていました。だから、しっかりとこの機会を無駄にせずに走れているのかなと思います。」

 

苦しんでいるからこそ、報われたい。そう語った田中は笑顔で優勝を喜んだ。

 

"永遠の20歳ですから”

3日間に渡った戦い。最後にミックスゾーンに現れたのは飯塚翔太、29歳。

 

飯塚翔太

「あと1本だから振り絞ろうという思いでした。」

 

大会の最終種目である男子200mで優勝。前日の男子100mでも4位と健闘し、リレーのオリンピックメダリストが健在であることを印象付けた。

 

 

飯塚翔太

「終わると疲労が抜けたようなすっきりとした気持ちでした。(今29歳だが)自分の中では、永遠の20歳だと思ってやっていますからね(笑)。」

 

全国から約700人の選手が参加した今大会。最後は飯塚の笑顔が、ミックスゾーンの3日間を締めくくった。

飯塚翔太 リモートで語る

大会終了翌日。飯塚がリモートインタビューの形式でサンデースポーツの単独取材に答えた。コロナ禍でどのように競技に取り組んだのか。今大会にどう臨んだのか。日本選手権10回目の出場となった飯塚にとっての「特別な3日間」を振り返ってもらった。

 

**********

 

 

自分が実際に大会に出てみて、多くの選手が、自分のためでなく誰かのために競技をしていたように思います。ひとりでも多くの人に元気を与えたい、という思いもそうですし、刺激をくれるライバルの存在を強く意識して臨んでいた選手もいましたし。そういった、今までの日本選手権とどこか違う思いは感じていましたね。

 

 

今回は大会に出るまでの状況が今までとは違っていました。今シーズンはまず練習ができないところから始まりましたからね。外を走ることはできなかったので、自宅で腕立て・腹筋とか簡単なトレーニングから始まって、いざグラウンドで練習が始まったら感覚が全然あわなかったりして。そんなところから始まったので、「自分と向き合う時間」が明らかに増えたシーズンだったなと思います。僕の中では「走りを見る時間」が増えました。映像を見ることで次にこう走った方がいいかなとかイメージをして、自分の走りと向き合う事は進化につながると思って、そこにモチベーションを置いていましたね。

 

 

大会が3カ月遅れて、オリンピックの選考会でもなくなったことは、確かに次につながるモチベーションがないという状況ではありました。普段は選考会であることがモチベーションでしたからね。でも他の選手も言っていましたけど、改めて「試合がやれる喜び」だとか、「試合ができて楽しかった」とか、「お客さんが入って盛り上がった」とか、ある意味スポーツの原点を改めて感じることができたということが、今大会の大きなモチベーションだったんじゃないでしょうか。そうした思いを感じながら、多くの選手が競技をした3日間だったんだと思います。

 

**********

 

コロナ禍の異例のシーズンから、2021年へのリスタートとなった陸上の日本選手権。陸上界はこれからトラックからロードのシーズンへと移り、延期されたオリンピック・パラリンピックの待つ2021年へと向かう。

 

サタデースポーツ/サンデースポーツ

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス