ストーリー陸上

"医師ランナー" 広田有紀選手 葛藤を乗り越えて 陸上 日本選手権から

2020-10-08 午後 0:11

医師免許を持つ異色のランナー広田有紀選手。医療従事者が新型コロナウイルスと日々戦う中で葛藤を抱きながらも、自らの走りで勇気を与えたいとレースに臨みました。

 

女子800メートルの広田有紀選手、25歳。新潟市出身で県内屈指の進学校・新潟高校から秋田大学医学部に現役合格し、この春、医師免許を取得した女性ランナーです。

 

陸上の実力もトップクラスで、高校2年生の時に国体で優勝、3年生で全国高校総体を制して高校日本一になり、大学3年生のときに初めて出場した日本選手権では4位入賞、今回の日本選手権でも上位を狙っていました。

 

小さい頃の夢は眼科医

両親が医師で、母親と同じ眼科医になることが小さい頃からの夢だった広田選手。高校までは学業と部活動を両立させていましたが、トップアスリートとしての自分の姿は想像できず、大学では医師になるという目標に集中しようと考えていました。

 

それでも人生はわからないもの、大学入学後に先輩からの熱烈な勧誘を受け、いつの間にか陸上部に入部していたと言います。地方の国立大学という、トップレベルで競技をするという意味では決して恵まれているとは言えない環境でしたが、一度やると決めた以上手を抜けない性格の持ち主。

 

月に10万円近くかかる遠征費を自分で払うため、コンビニや学習塾でアルバイトをしながら、部活動と医師免許取得に向けた勉強の日々を続けました。

どこまで速くなれるのか

 

勉強、陸上、アルバイトの多忙な大学生活を続ける中、広田選手は次第に陸上の魅力に引かれます。5年生の時には800メートルの日本学生歴代10位に入る2分4秒33の自己ベストをマーク。

 

自分の可能性に挑戦したいという気持ちが強くなっていきました。大学のラストイヤーで臨んだ去年の日本学生対校選手権では2位と、学生日本一に一歩届かず、納得いくレースができなかったことで、逆に卒業後も陸上を続ける気持ちが高まったと言います。

「医師になるのは 先延ばしにしたい」

学生最後の大会を終えた、去年秋。医師を目指すきっかけになった母親に電話でそう伝えると「自分の好きにしたらいいよ」と背中を押してくれました。

 

ただ、陸上を続けても医師になる夢は諦めたくない。これまで支えてくれた母親にも医師になる姿を見せて恩返ししたいと、国家試験は先延ばししないと決めました。

 

陸上を続けながらの猛勉強の結果、無事に医師の国家試験に合格。トップ選手が集まる地元のランニングクラブへの所属も決まり、医師免許を持つ異色の陸上選手として、新たなスタートを切ろうとしていました。

 

しかし、ちょうど同じ頃、新型コロナウイルスが猛威を振るいます。連日伝えられる過酷な医療現場のニュース。研修医として慣れない中でも必死にウイルスと戦う大学時代の同期たちと連絡を取り合う中でもひっ迫する現場の様子が伝わってきました。

広田有紀 選手

「今こそ医師が求められているのに、医師免許を持っている自分がせっかくある知識も生かせず、陸上をやっていて本当にいいのだろうか」

 

医療現場で同期と支え合いながら一緒にこの苦難を乗り越えたい。そんなもどかしい感情を抱えていた広田選手。そんな中、励ましてくれたのは、他でもない研修医として奮闘する同期の友人たちでした。

 

「有紀ちゃんが陸上を頑張っているから、私たちも頑張れるんだよ」。

 

トップを目指して、日々苦しい練習を重ね、実力者同士がしのぎを削るアスリートの世界。大学時代、陸上と勉強を両立させてきた広田選手の努力を見てきた友人たちは、陸上選手として頂点を目指すことを決断した彼女の背中を押したのです。

 

今は自ら選んだ競技者としての道で全力勝負

 

医師免許を持つ自分が最後までトラックを駆け抜ける姿を見せることで、医療従事者をはじめ感染症に苦しむ多くの人に勇気を与える。他の人にはできない形でこの感染症に立ち向かっていく覚悟を決め、再び前を向きました。

 

ことしの最大の目標としていた日本選手権の舞台は新型ウイルスの影響で大阪から地元の新潟に会場が変更。思わぬ形で、生まれ故郷で自分の走りを見せる機会が巡ってきました。

広田有紀 選手

「今できることをやって力を出し切りたい。自分なりにできる走りをして、必死に走り抜く姿を見せたい」

日本選手権の結果は

 

迎えたレース当日。広田選手の名前がアナウンスされると、会場の観客からはひときわ大きな拍手が送られました。スタンドには仕事の合間を縫って応援に来てくれた母親の姿もありました。久しぶりに母の目の前で、成長した姿を見せたいとレースに集中しました。

 

上位2人が自動的に決勝に進む予選。後半の粘りが持ち味の広田選手ですが地元のレースへの意気込みを示すように序盤から、先頭集団で引っ張ります。最初の400メートルをトップで通過。しかし、終盤になると混戦に。残り200メートル付近で他の選手が前に出て、勝負は最後の直線での争いになりました。

 

大歓声の中、ラストスパートをかけた広田選手。力を振り絞りましたが、わずかに届かず4着でフィニッシュ。決勝進出はなりませんでした。実は広田選手、日本選手権に向けた走り込みの中で右のアキレス腱を痛め、本調子からはほど遠い状態でした。出場予定だった9月の大会を欠場し、この大会にかけていましたが、予選を突破することはできませんでした。

 

広田有紀 選手

「久々にスタート前にたくさんの人の姿があり、あいさつしたときにたくさんの拍手をいただけたのがとても励みになりました。頑張る姿で医療従事者などみなさんの励みにもなればいいなと思って走りきりました」

 

一方で、翌日の土曜日の決勝に進めなかったことについて「休日だからこそ来られる医療従事者の方の前でも走れたらよかった」と悔しさをのぞかせました。

 

それでもケガをおして最後まで走り抜いた広田選手の姿は、医療従事者はもちろんのこと、多くの人を勇気づけたように感じました。

葛藤を抱えながら走り続けた2020年

広田選手は来年までは陸上に専念することを決めていて、東京オリンピック出場も目標に掲げています。そして陸上に一区切りを着けた後、幼い頃からの夢だった医師の道に進むつもりです。

 

描く姿は産婦人科医か、ランナーとしての経験を生かして女性アスリートに寄り添えるような存在。今でも医学の知識を忘れないよう練習以外の時間で国家試験前にやっていた勉強をしているといいます。

 

陸上を極め、納得の走りを目指すと同時に、全力を尽くす姿で多くの人を勇気づけたいとこれからも走り続ける広田選手。異色の“医師ランナー”の挑戦は続きます。

この記事を書いた人

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山口 里奈 記者

平成29年NHK入局
新潟局でスポーツ担当。北海道出身で中学時代はスピードスケートに熱中夏にはバスケットボールや陸上も経験

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