ストーリーゴルフ

東京オリンピックの舞台となるゴルフの聖地 霞ヶ関カンツリー俱楽部ってどんなとこ?

2020-03-23 午前 09:00

東京オリンピックで男女ともにメダルが期待されるゴルフ。最近では、2019年の全英女子オープンで優勝した渋野日向子選手が話題になりました。

 

そのゴルフでオリンピックの会場となっているのが埼玉県川越市にある霞ヶ関カンツリー俱楽部(以下:霞ヶ関CC)。2017年には来日したアメリカのトランプ大統領と安倍首相がプレーをしたコースでもあり、ゴルフファンの間では90年以上の伝統を誇る名門ゴルフクラブとしても有名です。プレーをするのには会員の同伴か紹介が必要な霞ヶ関CC。

 

そこで、今回は霞ヶ関CCがどんな場所なのかをくわしくご紹介していきましょう!

創始者は当時の霞ヶ関村の発展に尽くした大人物!

霞ヶ関カンツリー誕生のキッカケとなった發智庄平の銅像除幕式

 

「かすみがせき」と聞くと、どうしても官公庁が集う東京都の地名をイメージしがちですが、実は埼玉県川越市にも、かつて霞ヶ関村がありました。ちなみに、東京は「霞ケ関」、埼玉が「霞ヶ関」で「ケ」が大きいか小さいかのちがいがあります。

 

さて、霞ヶ関CCが誕生したのは1929年。この場所が選ばれた背景には、当時埼玉県内で数々の事業を成功させていた發智庄平(ほっち・しょうへい)の存在があります。發智家は鎌倉時代から続く名家で、現在の笠幡一帯を開拓した豪族でした。

 

その27代目当主であった發智庄平は、現在の入間市立豊岡小学校の初代校長として教育に力を注ぎました。そのほか、2024年度に1万円札の肖像にもなることが決まっている渋沢栄一を招いて、黒須銀行(現在の埼玉銀行)を設立したり、農業振興にも尽くすなどして、当時の霞ヶ関村の村長も務めました。

 

そんな發智庄平を称えて、教え子たちが霞ヶ関別天地という場所に銅像を建てることになったのですが、そこで現・星野リゾートの創業者の弟にあたる星野正三郎という人物にゴルフ場建設のアイデアを聞かされ、自らが所有していた霞ヶ関村の広大な土地にゴルフ場を建設することを決心しました。こうして霞ヶ関CCの歴史は始まったのです。

「日本初」がいっぱいのアットホームなクラブ

コースの改造を提案したチャールズ・ヒュー・アリソン(右から2人目)

 

当時、日本ではゴルフが行われていましたが、そのほとんどは日本に逗留していた外国人主導によるもの。日本人ゴルファーはまだめずらしい存在で、一般的に広く浸透してはいませんでした。

 

そのなかで霞ヶ関CCが目指したのは「質素」と「ビギナー向け」。というのも、300人を超える会員の多くはほとんどが初心者。そのため、日本で初めて施設内に練習場を完備したゴルフコースとなり、家族的な倶楽部として出発しました。当時は会員たちが近くの畑で芋堀り会などもしていたそうで、地元住民たちとも深い関係を築いてきました。地域密着型のゴルフコースだったのです。

 

そんなアットホームな霞ヶ関CCが転換期を迎えたのは、イギリス人のゴルフコース設計家であるチャールズ・ヒュー・アリソンとの出会い。アリソンは熱心に視察し、必ず世界有数のコースになると改造案を提案。今も「アリソンバンカー」と呼ばれるバンカーは霞ヶ関CCの名物となっています。

 

このアリソンによるコース改造によって、刺激を受けた霞ヶ関CCの面々は、さらなるコースの建設に着手。1931年には東洋で初めて36ホールのゴルフ場として、注目を浴びるようになり、会員も続々と増えていきました。日本初のゴルフ会報誌や、歴史文化遺産ともなっている『キャディー読本』なども発行し、ゴルフを広めるための活動にも余念がありませんでした。

ゴルフブームの火付け役!カナダカップ開催!

カナダカップで優勝を果たした日本代表団

 

戦時中は、他のスポーツと同様に活動を制限され、土地だけでなく芝さえも徴用されるほどで、1945年にはついに閉鎖。戦後には米軍に接収され、当時のアットホームな姿はそこにはありませんでした。

 

しかし、米軍将兵向けに復旧されたコースは、返還されたのち、霞ヶ関CC復活のベースにもなりました。その後、クラブハウスが改修されるなどして、霞ヶ関CCは、再び日本人の手によって再興が図られていったのです。

 

こうして復活を遂げ、1957年には日本初の国際試合『第5回カナダカップ』が開催されました。カナダカップは国別対抗戦で、現在はワールドカップに名称を変更。この大会で、日本人プレーヤー中村寅吉が個人・団体ともに優勝を果たすと、日本国内で一大ゴルフブームが巻き起こりました。

 

これまで一般人へのゴルフ普及のために積み重ねてきた努力が実った瞬間でした。以降、霞ヶ関CCはゴルフファンにとっての聖地として広く知られるようになりました。

 

ちなみに、カナダカップ開催に際して、国際ゴルフ協会によるコースの選定のための視察が行われました。来日したゴルフ協会副会長は「日本中でここよりいいレイアウトはありえない」と発言したとか。その名コースぶりは今も昔も変わらないんですね。

名コースをオリンピック仕様に改修!

東京オリンピックの会場となる東コース

 

今では日本オープンや日本ジュニアゴルフ選手権の会場として活用され、ゴルフ愛好家の間では一度はプレーをしてみたいと憧れる人が多い霞ヶ関CC。ですが今でも地元民が集ってゴルフ大会を開催するなど、名門でありながらも地元を大事にする精神は受け継がれています。

 

まさにゴルフの歴史とともに歩んできた名コースが、東京オリンピックのために全面的に改造されました。大会期間中にどんなコースセッティングになるのか詳細はまだ発表されていませんが、きっと世界中の名だたるプレーヤーたちが記憶に残るプレーを見せてくれることでしょう。

 

霞ヶ関CCが、日本ゴルフ界の新たな歴史の1ページを刻む舞台となることはまちがいありません。現地でも、テレビでも霞ヶ関CCの深い歴史に思いをはせて観戦すると、よりゴルフが楽しめるかも!

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