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特集 阪神 湯浅京己投手 “復活の1球”

野球 2023年12月6日(水) 午後3:30

「本当に歓声がすごくて。あの大歓声があったからこそマウンドで力に変えられた」

 

プロ野球・日本シリーズ第4戦の終盤、阪神ピンチの場面。岡田彰布監督にすべてを託されたのが湯浅京己投手(24)でした。ファンの歓声が球場全体の雰囲気をがらりと変える中でマウンドに立った右腕。わずか1球でバッターを打ち取り、シリーズの流れを大きく引き寄せました。その“復活の1球”までの道のりです。

WBCで世界一に貢献

ことし3月のWBCでメダルを手に笑顔の湯浅投手 (左端)

湯浅京己投手は独立リーグのチームから入団し、今シーズンで5年目。入団後はたび重なるケガに見舞われ、おととし(21年)までの3年間でわずか3試合しか登板がありませんでした。昨シーズンは59試合に登板してフル回転し43ホールドをマーク。最優秀中継ぎのタイトルを獲得するなど一気に飛躍しました。ことし3月のWBCでは日本代表に選出され、日本の野球ファンが感動した世界一に貢献しました。

 

挫折を乗り越えて世界の舞台に立ち、一流選手への道を切り拓いた姿に多くの阪神ファンが心を打たれました。

抑えを託されたが・・・


今シーズン、新たに就任した岡田彰布監督から抑えのポジションを任された湯浅投手は、順調にセーブを挙げていきました。

 

しかし4月中旬、右前腕の肉離れが判明し、戦線を離脱しました。ボールを投げない期間を設けたあと、実戦で3試合に登板。5月下旬、40日ぶりに1軍に復帰しました。

「どうやって投げていたのかな・・・」

ところが、ここから大きく長い試練が待っていました。

 

6月15日のオリックス戦 9回にホームランを打たれる

6月3日のロッテ戦、3点リードした9回にマウンドに上がりましたが、2本のタイムリーヒットを打たれるなどして同点に追いつかれ、帽子をたたきつけるほど悔しさをあらわにしました。その5日後(8日・楽天戦)には逆転サヨナラスリーランホームランを打たれてリリーフ失敗。さらに15日のオリックス戦では1点リードの場面で2本のホームランを打たれて逆転されました。


その翌日(16日)、2軍に降格したのです。

 

右腕のケガは癒えていたはずでした。しかし『湯浅投手自身にしかわからない感覚』は戻っていなかったのです。


湯浅京己投手

本当に今まで味わったことのない腕の感覚だった。右腕は画像上は問題ないけど、『どうやって投げていたかな』みたいな感覚で。ボールが指にかかる感覚がないというか抜けていく感じ。でも、1軍でやっている以上はそんなこと言えないし。『何とかして抑えよう、投げながら治っていくだろう』と思っていた。オリックス戦の時は正直、本当にきつくてボールを投げたくないという心境だった。

 

再びのケガ!それでも・・・

2軍に降格した次の日から再びボールを投げない期間を設け、感覚を含めて万全な状態に戻すことに専念しました。しばらくして投球を再開し、1軍復帰を目指しましたがまたしても・・・。7月30日に行われた2軍の広島戦。復帰に向けたテスト登板でしたが、今度は腕ではなく左のわき腹を痛めてしまったのです。

 

湯浅京己投手

ケガした瞬間は本当に訳が分からなかった。最悪やって・・。何をしてんかなっていう感情、自分に対して。

それでも、なぜか翌日には気持ちを切り替えられたと言います。

 

「シーズン中に絶対に治して、1軍で投げるんだ」

 

ケガに悩まされながらも、そのつど乗り越えてきた自分にしかわからない経験。さらに成長を支えてきたあくなき向上心、しんどいことが起きてもみずからを奮い立たせて立ち上がることができる湯浅投手ならではの“心の強さ”がありました。

湯浅京己投手

今までいっぱいリハビリをした経験が今の自分に生きていると思うし、ずっとマイナスに考えていたらいい方向に進まない。けがをした日はめちゃくちゃ痛くて生活も普通にできずに『まじでやばいわ』って思っていたが、次の日少しマシになって、絶対に間に合わしてやると思った。

 

チームは8月に10連勝をするなど快進撃を見せて、16日には優勝へのマジックナンバー「29」が初点灯。18年ぶりのリーグ優勝が目前に迫ったなかで2軍の施設にいた湯浅投手は、「まだ間に合う」とみずからに言い聞かせるように明かしてくれ、黙々とリハビリやランニングに励んでいました。


リーグ優勝に間に合わなかったものの、ついに10月1日に実戦復帰。宮崎で行われた若手の育成を目的に設けられたフェニックスリーグでも好投し、11月1日、日本シリーズの第4戦で初めてベンチ入りをしました。

甲子園での日本シリーズ

日本シリーズ第4戦で8回途中から登板

第1戦に勝利したものの、その後2連敗し、負ければあとがなくなる第4戦。2点リードの7回にエラーをきっかけに追いつかれ、さらに直後の8回、ツーアウト一塁・三塁の場面。ワンヒットで勝負が決まる大ピンチでした。ここで・・。

 

『タイガースのピッチャー、島本に代わりまして湯浅』。場内アナウンスでコールされた瞬間、甲子園には、これまでにないほどのどよめきと拍手が沸き起こりました。

岡田彰布監督

湯浅が出てくるとファンの声援でガラッとムードが変わると思った。

岡田監督が、6月15日以来となるおよそ4か月半ぶりの1軍マウンドに湯浅投手を送り出したのです。リリーフカーに乗った湯浅投手には、スタンド中から「おかえり!」、「頼むぞ!」といった声がかけられていました。

 

湯浅京己投手

本当にあの場面で行かせてもらえるんだ、ここでチャンスをくれるんだなと思って。ブルペンから出ていくときに本当に歓声がすごくて、鳥肌も立ちました。幸せでした。

投球練習では、緊張と集中が入り混じったように見える表情で臨み、オリックスの1番・中川圭太選手を迎えました。いつもどおり右腕を高くあげてのセットポジションから、全力で投げたのは持ち味のストレート。わずか1球で勝負がつきました。

 

打球がセカンドへ上がった直後に跳びはねて喜びを表現した湯浅投手。ベンチに戻ったあと満面の笑みを浮かべていました。

 

湯浅京己投手

緊張もあったが、どこかで冷静な部分は自分のなかにあった。あの状況を楽しみながら投げられた。リハビリを頑張ってよかったなとか、本当にいろいろあった。シーズン中に何も力になれなくて、日本シリーズで少しでも力になりたいと思ってずっとやってきた。あの1球は“とりあえず、ほっとした1球”だ。

“ほっとした”。このひと言に今シーズンの痛み・悔しさ・奮闘・喜びのすべてが詰まっていました。まさにケガを乗り越えて大舞台で投じることができた“復活の1球”でした。

 

経験を糧に・・

日本シリーズが終わって数日後、高知でのキャンプに向かった湯浅投手。来シーズンに向けてケガをしない強い体づくりを続けています。

 

湯浅京己投手

意識高く、今まで以上にいろいろ試しながらやっている。6月の打たれた試合も全部そうだし、リハビリ中のこともそうだが、今シーズンをやって終わりじゃ意味がない。本当に悔しかったシーズンだが、無駄ではないシーズンだと思う。やっぱり勝ち試合で投げたいですし、そこはしっかりアピールしていきたい。ことしの経験を無駄にしないように来年以降に絶対つなげていきたい。

 

 

この記事を書いた人

中村拓斗 記者

中村拓斗 記者

平成30年NHK入局 福岡県出身

東筑高校野球部出身(ポジションは三塁コーチャー)

令和4年シーズンから阪神を担当

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