特集 五郎丸歩×田村優 豪華対談 ~第3回 ワールドカップの高み~

ラグビーのワールドカップフランス大会まで1か月を切りました。2015年のワールドカップをともに戦った五郎丸歩さんと田村優選手による豪華対談(ことし6月に実施)をテキストでほぼ全文を掲載いたします。コアファンも「にわか」と呼ばれるファンも大会が待ち遠しくなるような話を聞いてきました。さまざまなテーマに沿った対談を3回にわけてお伝えします。第3回は「ワールドカップの高み」です。
ワールドカップ 記憶に残るシーンは
(五郎丸)
15年のワールドカップ、僕は自分たちの試合ではなくて、サモア対スコットランドの試合が一番記憶に残っています。
2015年大会 スコットランドはサモアに勝利
自分たちの最終戦の前にサモアが勝たなければ我々の予選敗退が決まるという状況でした。ホテルの宿舎で見ていたんですが、スコットランドが勝利して我々の敗退が決まりました。そのシーンが一番心に残っていますね。
19年に関しては、やはり日本とロシアの開幕戦、東京スタジアム。
2019年大会開幕戦 日本 対 ロシア
あの空間に入った時に、赤と白のジャージを着たファンの方々がスタジアムを埋め尽くしていました。自分の中で目指してきた空間だったという部分で一番記憶に残っていますね。
(田村)
僕は、15年では最後のアメリカ戦。
2015年大会 日本は最終戦でアメリカに勝利も1次リーグ敗退
もう1次リーグ敗退は決まっていて僕は試合に出ていないんですが、みんながどういうふうにプレーするのかすごく楽しみだったし、終わった後に自分がどういう感情になるかもわからなかった。
19年はスコットランド戦ですね。台風が前の日に来てやる前はお客さんが入らないだろうと思っていました。
2019年大会 スタンドを埋めたファン
でもいざグラウンドに入ったら満員で、その光景を見た時にうれしかったですし、ラグビーで何か大きなものを動かしているんじゃないかなと思いました。それは一番印象残ってますね。
ワールドカップは何が違う?
2019年大会 スコットランド戦での田村選手
(田村)
19年は、自国開催でベスト8に入ると言っていたなかで、ラグビーの熱をもう1回上げるか、ゼロにするかの一番大事な大会だと思っていました。ダメだった時の怖さは19年の大会は常に感じていましたね。
(五郎丸)
普通のテストマッチとワールドカップでは重みはやっぱり全然違いますね。テストマッチで例えば南アフリカに勝ちましたとか、ニュージーランドに勝ちましたとなっても、さほど世の中は動かない。ワールドカップの位置付けは、4年に1回の「証明する場所」だと思っています。15年の時も、13年にウェールズに勝ったり、14年にはイタリアに勝ったりしたけど、全く世の中は動きませんでした。
2015年大会 南アフリカに歴史的勝利を収めた日本代表
ワールドカップは注目してもらっているし、そこで証明できるものの大きさをすごく感じた大会ですね。どんなにいい選手でもワールドカップのメンバーに入らない、もしくはけがをして出場できないという選手もいます。本当に限られたメンバーだけが集まって、国を背負って戦う唯一の大会だと思うので、そういった面では位置付けが全然違うと思いますね。
桜のジャージを着て戦うことへの思い
今大会のジャージ
(五郎丸)
田村選手は日本代表の初キャップはいつ? エディー・ジョーンズ体制になってから?
(田村)
そうです。2012年です。
(五郎丸)
初めて桜のジャージを着た時の感想は?
(田村)
その時よりも、ジャージを着ていってからの方が印象がありましたね。初キャップのときはうれしかったですけど、結構ふわふわしていました。
(五郎丸)
ステータスが2015年からかなり上がったというのもあると思います。私は19歳の時に日本代表のジャージを初めて着ましたが、その時の重みよりもワールドカップで着た時の方が重かった。初キャップってあんまり鮮明に覚えているものじゃないですね。ふわふわしているというか。
(田村)
僕はカザフスタンとの試合でした。もちろんいいチームでしたが、その後どんどん日本のラグビーも成長していって、試合の強度も対戦チームもどんどん強くなっていきました。やっぱりあとあとの方が重みは増してはいきましたね。
2015年大会の五郎丸さんと田村選手
(五郎丸)
代表というところでいけば、日本人だけの争いじゃないというところもやっぱりラグビーの良さだと思います。ジャージを着るステータスも上がっているけど、ハードルも上がってきているということです。桜のジャージを目指しているのが日本人だけじゃないというのが、非常にこの世の中とマッチしているんじゃないかなと思いますね。
(田村)
外国出身の選手も日本のことが好きで、日本代表に強い思い入れがありますよね。日本に育ててもらったという感覚もあって、外国人だから特別とかそういう感じは全くありませんでした。僕らと同じぐらいの思いは感じていました。
日本代表にとってリーチ マイケル選手の存在
(五郎丸)
リーチ マイケル選手の存在って大きいよね。
(田村)
日本選手と外国選手をつなげてくれるんでね。
(五郎丸)
やっぱり彼がいるから日本人と外国籍の選手たちがうまく融合できるというのもあると思います。これまで2大会でキャプテンをして年齢的にはもうラストかなという中で、まだキャプテンが決まっていない。(今大会のキャプテンは姫野和樹選手に決まりました。)
(田村)
3大会連続、いけるんじゃないですか。
(五郎丸)
まあ、彼がキャプテンしなくてもそれだけの存在感がある。
札幌ドームで調整するリーチ選手
(田村)
確かに。試合に出なかったとしても、いるだけでいいものを与えると思いますね。
(五郎丸)
彼が歩んできた人生が、もう自然と「つなぐ」という役割をしていると思います。彼は留学生として札幌山の手高校に入って、かなり苦労をしてずっと上がってきたわけです。全く日本語もわからない状況で日本に来て下宿して、そこから日本代表までのぼり詰めたということで、もちろんリスペクトするし、外国籍の選手たちや国籍を変えた選手たちのリスペクトも自然と発生してくるものだと思うんですね。そういう意味では、チームを1つにするためのリーチの存在は普遍的だなと思います。
高校生で初めての桜のジャージ
(田村)
僕はリーチ選手と同学年。彼が高校で日本に来てから10何年間ずっと一緒にプレーしているんですけど、根本のところは変わらないですね。ずっとあのままです。彼は英語も日本語もわかる。いろいろな意見を聞けるのはいいことですけど、良くないことを聞いてしまうこともあったと思うんです。それでもうまくみんなを1つの方向にまとめていくところは本当にすごいと思います。自分のことは基本的に後回しにして、みんなが気持ちよくできるようにしてくれます。同級生ですけど、ちょっとレベルが違うなと思います。
"Our Team" どう作っていくか
(田村)
以前、メンタルコーチから教わったこととして、きついことを繰り返して試練を乗り越えるしかないと。そうすれば言葉が伝わらずとも絆は深まるし、チームの一体感は増すと言われました。思い返すと過去2大会そういう時期が1年近くあって、みんなで我慢して我慢して頑張ってやってきて、ワールドカップの成果があった。今回は準備期間が短いので、それがほんの2、3週間だと思うんですけど、そこが大事なんじゃないかなと思います。
合宿で掲げられた言葉 Our Teamの文字が
(五郎丸)
15年の時は”Japan Way”というキーワードで日本にしかできないラグビーを世界でやって驚かせようとしていました。19年は「ONE TEAM」というワードを使い、今回に関しては「Our Team」になっています。ベクトルが外に向いてきたと感じます。「Our Team」は代表だけではなくて、それを取り巻くステークホルダー(利害関係者)を含めて日本代表として戦いたいという思いが込められているんじゃないかなと思います。そういった意味でも、今大会は前回とは違う日本代表のメッセージやプレーが見られるんじゃないかなと思いますね。
(田村)
「Our Team」はより当事者意識を持つというか、自分たちで自分たちのチームを良くして、その魅力をファンの方や日本全体に伝えていくという意志みたいなのを感じます。今まではリードできる人がチームをリードしてひとつの方向に持っていったものを、全員で同じ方向を向いてやっていこうとしているんじゃないかなと思います。
ラグビーでつながることの大切さ、おもしろさ
(五郎丸)
ラグビーの一番おもしろいところは、ピッチにいる選手の意思が1つになった瞬間に得点が取れるということ。トライもそうだし、相手がペナルティーするのもそうです。得点したシチュエーションをひもとくと、そういう意思があったんだなというものがあります。奇跡的にトライが取れるというのは絶対にない。ピッチに立っている15人の意思がひとつになった瞬間に生まれるトライだからこそ美しいものだと思っています。だから得点するときは自然とつながっていると思います。
(田村)
15年は南アフリカ戦での五郎丸さんのトライですかね。あれはつながりましたね。確か初成功ですよね?
2015年大会南アフリカ戦 五郎丸選手のトライ
(五郎丸)
そうですね。バックスのメンバーでサインプレーいろんなことやっても1回もうまくいかずに、あの土壇場で初めて成功しました。あれはかなり記憶に残っていますね。
(田村)
僕、ベンチから見ていたんですけど、めちゃくちゃびっくりしました。それまであんまり良いイメージはなかったじゃないですか。大丈夫かなと思っている中で成功したので、あれはまさに「つながり」でしたね。
(五郎丸)
あの南アフリカ相手に誰一人触られることなく、トライを決めた。
(田村)
そうですね。ラグビーの理想ですよね。
(五郎丸)
今の時代ではなかなか考えられないようなトライで、あれが「つながる」という象徴じゃないかと思いますね。
(五郎丸)
19年だとスコットランド戦のオフロードパスのトライは、19年のメンバーを象徴するトライだったなと思いますね。
パスをつないで最後は稲垣選手のトライ
(田村)
そうですね。フェーズも多く重ねましたしね。土台・ベースがしっかりしていたので、結局そんな特別なことはしていないんです。きちっとしたチームのルールをみんなで守りながら、その中で一人一人が自分の持っているスキルを使って相手を攻略していった結果でしたね。
土台があって、つながりがあって、判断があって、あれが一番良いトライだったかもしれないですね。
(五郎丸)
アイルランド戦の福岡堅樹選手のトライはどうですか?
(田村)
なるほど。でも関わっている人の多さで言ったらスコットランド戦ですね。ほぼ全員がボールを触ってフェーズを重ねている。ボールを触っている人が多ければ多いほどミスが出る可能性が高いじゃないですか。なのでやっぱりスコットランド戦のトライですかね。
ワールドカップの楽しみ方は?
(五郎丸)
ラグビーの一番面白いところは、なぜトライをとったかが巻き戻せば必ず分かるという部分。トライとれた時のライブで見ている爽快感とか喜びはトライにしかないし、そのすごいと思ったトライを巻き戻していけばいくほど、ラグビーの魅力を感じてもらえると思います。
2019年大会スコットランド戦での福岡選手 トライにつながるプレー
是非ライブで見るとともに、録画して巻き戻してほしいなって思いますね。そうするとトライをとった人たちが派手に喜ばない理由がわかると思います。いろんなところでやっぱり1人1人が仕事して初めてトライをとる人間がいるので。
2015年大会南アフリカ戦 ヘスケス選手の決勝トライ
トライをとった人たちだけが称賛されるスポーツではないということが理解できるんじゃないかなと思いますね。
(田村)
同じ試合を2回見ると、また見え方が変わるかもしれないですね。華やかなシーンはライブで見られるので、そうじゃないところをもう1回注目して見てみると、この人ってこんなことしているんだっていうのがわかると思います。
この記事を書いた人

小林 達記 記者
平成26年NHK入局。神戸局、大阪局を経て、スポーツニュース部。