NHK sports

特集 パラアスリート湯口英理菜 両足義足で”走る” 前例のない挑戦

パラスポーツ 2023年5月16日(火) 午前10:00

4月30日に行われたパラ陸上の日本選手権に異色のスプリンターが出場しました。日本では初めての、両足のひざから上が義足の陸上選手、湯口英理菜さん22歳です。パラトライアスロンの谷真海さんは片足のひざから下が義足。パラ陸上の山本篤選手は片足のひざから上が義足。湯口選手のように、両足のひざから上が義足の人が競技をする場合は車いすを使うことがほとんどで、義足で陸上競技に取り組む人はこれまで日本には1人もいませんでした。その前例のない挑戦に、同じく義足で戦ってきた谷真海さんが迫ります。(サンデースポーツ 2023年4月30日放送)

 

片足約4キロの義足を両足につけて走る

谷さん:日本選手権の3日前、トレーニングする英理菜さんを訪ねました。英理菜さんが両足につける競技用の義足は日常用のものと異なり、大きな反発を生み出すバネのような構造になっています。

 

 

そのため非常に不安定で、私は片足に装着しただけでも気を抜くとバランスを崩してしまうのですが。

 

 

谷さん「すごいですね。自然に歩いていますけど、両方ですからね。」

 

股関節と上体の筋肉で巧みにバランスをとり、ブレない走りを実現していました。

 

 

谷さん「生で見ると圧倒されるっていうか。絶対できないです。」

 

先天性の足の病気で3歳のときに両足を切断した湯口選手。日常用の義足でなんとか歩けるようにはなったものの、走ることは想像もできませんでした。

 

 

湯口選手「どうしてもやっぱり私は走れないので、周りの子たちが楽しそうに走っている姿を横目に見ているのは、やりたいのにできないっていうもどかしい気持もあり羨ましい気持ちもありました。」

“走れるようになりたい”

谷さん:中学2年の時、英理菜さんに運命的な出会いが訪れます。競技用の義足を作る臼井二美男さんです。私を含め、多くのアスリートがお世話になっているこの分野の第一人者です。

 

 

臼井さん「(英理菜さんは)杖(つえ)を使わないで歩けていたので、まだ日本で誰もいないんだけれども、走ってみるチャレンジをしないかということで。(英理菜さんは)ニコニコしながらやってみようかなみたいな感じで。」

 

 

初めて装着した競技用の義足。最初は歩くことさえ困難でした。いつか走れる日を夢見て、来る日も来る日も練習に明け暮れました。

2年後。生まれて初めて自分の力で50メートルを走りきることができました。

 

 

湯口選手「自分の足がこんなに軽く自由に動くんだ。走っていて体で直に風を感じることができた時は、すごい解放感がありました。今までできなかったことができた瞬間でもあったので、もっといろんなことに挑戦していけるんだっていう気持ちが大きくなりました。」

 

その後競技会にも出場するようになった湯口選手。前例のない挑戦は、同じ境遇の仲間たちにも影響を与え始めています。新たに3人の両足義足のメンバーが陸上に挑戦。競技のすそ野が広がり始めているのです。

 

臼井さん「英理菜が生まれるまでは本当にゼロというか、走るなんてとんでもないという感じでしたからね。それを切り開いた。本人はそんなこと考えてないと思うんですけど、自動的にそういうことになるんですよね。彼女がいるだけ、走るだけで可能性や夢を抱く人が必ず出てきますから。」

日本初の挑戦にかける思い

湯口選手は今、さらなる1歩を踏み出しています。“スプリンターからジャンパーへ”。湯口選手のクラスで唯一、パラリンピックで実施される予定の走り幅跳びに挑むことにしたのです。しかし、そこには両足義足ならではの難しさも。

 

 

谷さん「どうですか、幅跳び。私も幅跳び練習していたんですけど。」

 

湯口選手「すごい難しい。」

 

谷さん「両足で飛んで、着地ってどこでしていますか?」

 

湯口選手「お尻です。」

 

谷さん「お尻ですよね。結構ぐっと体重かかっちゃいますよね。」

 

湯口選手「毎試合、打撲みたいな痛みはするんですけど。去年の6月ごろに、幅跳びの着地をした際に尾てい骨を骨折してしまって。砂場に飛ぶっていうのが結構負担が大きいので。」

 

4月30日に行われたパラ陸上日本選手権。湯口選手は自己ベストを19cmも更新する3m88cmの大ジャンプを決め、また1つ限界を突破しました。

湯口選手は試合後「どんどん自分に勝つ気持ちで記録を更新していきたいと思っています。私自身の跳躍を見て、同じ障がいを持つ方が“陸上をやってみようかな”とか“いろんなことに挑戦してみようかな”という気持ちになってくれたらすごくうれしいと思っています。」と語っていました。

パラ陸上の未来を切り開く

 

谷さん:私も義肢装具士の臼井さんのもとで競技用の義足に出会って、競技だけじゃなく人生の可能性が広がってきたんですね。スポーツの力って本当にそういうところにもありますよね。英理菜さんの挑戦は、次に続く多くの人たちの可能性を押し広げてくれる本当に尊いものですので、これからも限界に向けてチャレンジを続けていてほしいです。

 

 

 

 

関連キーワード

関連特集記事