ストーリー野球

夢の大リーグ 海を渡ったサムライ列伝 スポーツ平成史・野球 第3回

2019-04-11 午後 01:24

まもなく幕を閉じる、「平成」という時代。サンデースポーツ2020では、2月から4週にわたってスポーツの平成史を振り返りました。
3月3日放送回のテーマは「野球」。ゲストは「鉄人」金本知憲さん。そして大リーグでも活躍した松井稼頭央さん。平成の野球を大いに語ります。

第3回は野茂英雄さんの挑戦から始まった日本選手の大リーグ挑戦。その後、平成の時代に海を渡った選手の数は50人以上にのぼります。その名シーンを振り返りつつ、金本さん松井さんが考える大リーグへの挑戦が日本の野球に与えた意義を考えていきます。

歴史を変えた“NOMO”

3月21日。東京ドームで行われた大リーグの開幕第2戦。マリナーズ対アスレチックスの試合で、またひとり日本選手が大リーグの舞台に立ちました。

 

 

平成最後の年に大リーグ挑戦を果たした菊池雄星。

彼の挑戦からさかのぼる事、24年。大リーグへの道を切り開いたのは、野茂英雄でした。

 

 

野茂英雄 大リーグデビュー戦

 

当時、野茂の挑戦には、無謀だという声も上がりました。しかし、トルネード投法で次々と三振を取る姿に、本場アメリカのファンは熱狂します。1年目に新人王と最多奪三振のタイトルを獲得。その後ドジャースとレッドソックスで、2度のノーヒットノーランを達成しました。

 

ア・リーグとナ・リーグ両リーグでのノーヒットノーラン達成の快挙

 

野茂の後を追うように、伊良部秀輝や佐々木主浩など日本選手の大リーグデビューは続きました。しかしそれはすべて投手。パワー全盛の時代に、野手で大リーグに挑戦する選手はいませんでした。

イチローが切り開いた挑戦

野茂のデビューから6年後の平成13年。初めて大リーグに日本の野手が挑戦しました。
イチローです。

 

イチローの代名詞・レーザービームと呼ばれた強肩

 

イチローは日本時代と同様、走攻守揃ったプレーでアメリカの野球ファンの度肝を抜きます。
出塁すれば次々と盗塁を成功。広い守備範囲でファインプレーを連発し、その強肩は「レーザービーム」と称されます。

 

 

そしてバッティングでも、大リーグの歴史にその名を刻みます。不滅の記録と言われたシーズン最多安打記録を、84年ぶりに塗り替えました。その後も、10年連続200安打、大リーグ通算3000安打など、平成の初めには想像もできなかった記録を次々と達成していきました。

 

 

イチローが切り開いた、バッターの大リーグ挑戦。平成15年に巨人からヤンキースに移籍したのは松井秀喜。デビューシーズンから100打点以上をあげるなど、大リーグ屈指の名門チームで中軸として活躍。その勝負強い打撃で、平成21年には日本選手としてはじめてワールドシリーズMVPを獲得しました。

 

松井秀喜はヤンキース世界一の立役者に。

 

そして日本選手はじめての内野手は、平成16年にメッツに移籍した松井稼頭央。デビュー戦でいきなり衝撃的な活躍を見せました。試合前、取材陣からの「1球目どうするの?」という問いに「ヒミツ」と笑っていた数時間後。初打席の初球。

 

 

開幕戦で、初打席初球ホームラン!新人選手の開幕戦初打席初球ホームランは大リーグ史上初の快挙でした。

そして現在では、多くの選手たちが海を渡り大リーグで活躍しています。

 

 

チームのエースとしての活躍が期待されるダルビッシュ有や田中将大。

そして、大谷翔平。ベーブ・ルース以来となる、本格的な投打の二刀流で大リーグの常識を変えました。

 

 

かつて夢の舞台だった大リーグは、日本の野球選手として目標を成し遂げる場となりました。

不安だらけでも挑戦した

大越 まず聞きたいんですけど松井さん、ニューヨーク・メッツでのデビュー戦、初打席初球のホームラン。ホントはどうだったんですか?狙ってたんですか?

 

 

松井 狙ってましたね(笑)。初球を振ろうと思っていました。

 

大越 当時は緊張していたんですか、それともワクワクでしょうか?

 

松井 めちゃくちゃ緊張しましたね。それがいきなりホームランになって、練習でもあんなに飛ばした事ないので驚きました。ユニフォームのポケットが出てるのも気が付かなかったくらい緊張してたんですけどね。

 

その後も松井さんがポケットを外に出してプレー

 

大越 そうなんですか?あれは松井さん流の「おしゃれ」なのかと思ってました。

 

松井 それが違うんですよ(笑)。あとからホームランの時の映像を見て、ポケット出てると気付いて。その後はゲンを担ぐつもりで、出しながらやってました。でも本当に最初は気づかないくらい、僕自身ホームランの場面では興奮してたんですよ。

 

大越 大リーグに挑戦する選手は最初はピッチャー中心で、バッターはまさにイチローさんがその扉をこじ開けたという形でしたが、イチローさんがメジャーで活躍する姿というのは、松井さんにとってもやはりモチベーションになりましたか?

 

松井 日本にいた頃は同じリーグでやらせてもらってましたけど、メジャーに行ってもイチローさんのプレーは「そのまま」じゃないですか。あの肩も日本でも見てましたしね。自分のそのままでプレーされてるっていうか。アメリカの舞台でそれをやるすごさは、改めて感じましたね。やっぱりアメリカに行くと、ストライクゾーンの外が広いとか天然芝とか、いろんな状況の変化があるんですけど、その中で日本と同じようなプレーをされていた。すごいことですよ。

 

大越 同じように自分がやれるという思いは?

 

松井 僕はもう不安だらけでした。でもFA権をとったのが28歳の時だったので、アメリカに挑戦できるのも最後のチャンスだと思って、思い切って挑戦しましたけどね。

金本さんから見た大リーグ挑戦

大越 金本さんに是非伺いたいんですけども、金本さんはFAで広島から阪神に移籍しましたが、当時は選手として本当に脂が乗り切ったときでしたよね。そこで自分もメジャーに挑戦したいという気持ちをお持ちになったことはありましたか。

 

 

金本 僕はあまりその気持ちはなかったんですよね。自分は日本の環境だからこそ活躍できてるんだ、という思いがあったんです。アメリカに行くと食事とか移動距離とか環境面も違いますし、日本での成績は残せないと思ったんでね。今思えばやっぱり自信がなかったもかもしれないですね。

 

大越 ご自身は日本に残る道を選ばれたわけですけれども、アメリカへ渡る選手が増えたことは野球界全体にとって、いろんな意味でプラスになったでしょうか。

 

金本 やっぱり子どもたちが日本の野球だけでなく、もしかしたらアメリカに自分も行けるかもしれない、という夢は広がったと思います。

平成の終わり、イチローは去った

3月21日深夜 引退の記者会見

 

平成31年3月21日。菊池雄星投手が大リーグデビューを果たした同じ日。イチロー選手が現役引退を表明しました。

番組では、プロ野球関係者200人に「平成のスター選手は誰か」と質問していました。その1位は、もちろんイチロー選手。そのすごさは決して彼が打ち立てた実績だけではありません。選手たちの言葉から、「平成のスター・イチロー」が私たちを魅了する理由を、次回はお届けします。


 

(次回へ続く)

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