ストーリー柔道

世界最大の"柔道大国"ブラジル 監督は日本人女性!

2019-07-19 午後 10:26

柔道人口が200万人を超えるというブラジル。世界最大の“柔道大国”のナショナルチームを率いているのは、なんと日本人の女性だ。柔道男子ブラジル代表監督の藤井裕子さんにブラジルの柔道事情を聞いた。

 

ブラジル選手を指導する藤井さん(2016年 講道館)

 

学生時代、全国トップレベルの柔道家としてその名を知られた藤井裕子さんは、2007年、24歳で引退した後、語学を学ぶためイギリスに渡った。留学先のバース大学で、アルバイトとして柔道部員を指導していたところ、その指導力をかわれて、2009年イギリス代表チームのコーチに就任。2012年のロンドンオリンピックでは、イギリスチームのメダル獲得に貢献した。2013年にはブラジル代表チームのコーチに就任。リオデジャネイロオリンピック女子57kg級で金メダルに輝いたハファエラ・シルバ選手や男子81kg級のビクトル・ペナルベル選手らを指導。そして、2018年5月に男子の代表監督に抜擢された。

 

 

男子選手を指導する藤井さん(左) 写真提供/藤井裕子

 

 

日本人を教える場合との違いはありますか?

藤井裕子さん

日本では、先生に「打ち込みを100本やりなさい」と言われたらみんな黙って従いますよね。でも海外では「なんで?」と聞き返されてしまいます。精神論は通用しないので、練習の必要性を論理的に諭さなければなりません。「試合形式の練習では、投げ技はせいぜい2~3回しか出せない。だから投げ技が上手くなりたければ、それだけを繰り返し練習する“打ち込み”が必要なんだよ」とね。するとみんな納得して熱心に練習してくれます。

 

 

選手からは、日本語で呼ばれているそうですね

藤井裕子さん

ポルトガル語は日本語と語順が逆なので「センセイユウコ」ですね。ブラジルでは、「柔道やっている人に悪い人はいないよね」という雰囲気があって、教育の手段としても高く評価されています。時間にはルーズな国ですが、子どもたちも練習にだけは遅れずに来るし、遅れたとしてもきちんと謝りにくる。柔道を習わせたいと考える親も多いですよ。

 

 

2018柔道グランドスラム大阪での藤井監督

 

 

ブラジルで指導をしたことで、柔道観は変わりましたか?

藤井裕子さん

変わりましたね。一番大きかったのは、柔道の人間教育的な側面を再認識したことです。裕福な日本では、柔道は人生の選択肢の一つに過ぎません。柔道以外のスポーツを選んでもいいし、そもそもスポーツなんかしなくたって、きちんとした公教育が受けられて、進学して就職もできます。しかし、ブラジルは貧富の差がすごく大きい。大都市にはファベーラと呼ばれるスラム街があちこちにあるのですが、そこで生まれた子たちがファベーラから出て生きていくのはとても難しいんです。でも、ファベーラにも道場があって、子ども達が来て柔道の練習をしているわけです。

 

 

ファベーラ地区

 

 

ファベーラといえば、凶悪犯罪も多いエリアですよね

藤井裕子さん

ドラッグの売買や銃撃戦が日常茶飯事の本当に危険な地域です。実は、シルバ選手やファベーラ生まれではありませんがペナルベル選手もファベーラにある「ヘアッソン」というリオで一番強い道場に所属していまして、私はそこでも教えています。わずかの間だけでも子どもたちを貧困や犯罪から引き離し、ファベーラとは違う世界があることを見せる。そしてあり余るエネルギーを発散させて、相手とぶつかり合うことで痛みを学び、社会で真っ当に生きていけるよう導いていく。柔道にはそういう力があるんです。

 

ヘアッソン道場で若手選手達と

 

 

スラム街の子どもたちの家庭に、柔道を習わせる経済的余裕はあるのですか?

藤井裕子さん

ヘアッソンでは無料で習えるんです。寄付でいただいた古い柔道着なんかを使ってね。雨漏りで畳がべたべたになったりしますし、練習環境は決して恵まれているとは言えませんが、子ども達は目を輝かせて熱心に取り組んでいます。とにかく道場に来る子どもたちの目が輝いているんです。あした銃撃戦に巻き込まれて死ぬかもしれない、そういう世界で生きている子たちにとって、柔道は未来を切り開くための希望なんです。金メダルを取ったシルバもヘアッソン出身ですから、彼女はブラジルでは本当に偉大な英雄なんです。

 

 

ラファエラ・ロペス・シルバ選手

 

 

―20185月からは男子のナショナルチームを率いていらっしゃいますね。女性が男子のナショナルチームの監督を務めるのは世界的にも極めて珍しいです。どのように向き合っていらっしゃいますか?

 

藤井裕子さん

ナショナルチームは精鋭の集まりです。一人ひとりが光を放っている存在ですが、それをチームとして、より大きな光を放てる集団にまとめていくことが私の使命。簡単な仕事ではありませんが、選手が互いに刺激し合ってさらなる高みを目指すことができるいいチームに恵まれて、やりがいを感じています。東京オリンピックでは、選手たちが心身ともに充実した状態で畳に立てるよう、今できる最良の準備をしていきます。闘う準備ではなく、勝つ準備のできたチームに仕上げたいと思っています。

 

 

藤井さんが男子の代表監督に抜てきされたのは、藤井さんがブラジル柔道界に深く溶け込み、選手と信頼関係を築いているからに他ならない。柔道男子ブラジル代表、日本人の女性監督からも目が離せない。

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