NHK sports

特集 本橋麻里 母の日だからこそ贈りたい息子たちへのメッセージ

カーリング 2023年5月11日(木) 午後1:00

5月14日の母の日にあわせてNHKスポーツが展開する"お母さん"にスポットをあてた特集記事のシリーズ。

第1回はカーリング女子の本橋麻里選手(36歳)。7歳と3歳の男の子を育てるママアスリートは、今や世界で活躍する「ロコ・ソラーレ」を立ち上げたカーリング界のレジェンドだ。現在は「ロコ・ソラーレ」の代表理事として企業やスポンサーとのやりとり、地域での講演などをしながら「ロコ・ソラーレ」の下部組織で育成チームの「ロコ・ステラ」の選手としても活動。育児にカーリングに仕事に、毎日奮闘する日々だ。

 

そんな本橋選手は、母の日だからこそ、息子たちに伝えたい思いがある。

 

“頑張るってこういうことだよ”

 

⇒放送動画はこちらからNHK北海道へ

子育ては発見の連続

 

オリンピック3大会を経験し、世界の舞台で戦ってきた本橋選手。ピョンチャン大会で銅メダルを獲得した彼女は、8年前に長男を、4年前に次男を出産し、2人の男の子の母親になった。幸せが2倍になった分、大変なことも2倍になった。

 

 

毎朝5時に起き、炊事、洗濯、掃除。元気いっぱいの育ち盛りを相手に学校や保育園に送り出す。思い通りにご飯を食べてくれないときがあれば、着替えをしてくれないときもある。氷の上では日本で屈指のアスリートも、子どもの前ではお手上げ状態だ。

 

本橋選手

毎日毎日、怪獣を相手にしている気分。白旗ですね。もう白旗です。わからないことだらけ。

2人を送り出してからが、ようやく自分の時間のスタート。「ロコ・ソラーレ」の代表理事として、関係者とのメールのやりとりを終えると、スーツ姿に着替えて車へ。

 

 

午前中は講演会の講師をしたり、スポンサーとの打ち合わせに臨むなど、比較的、代表理事の仕事が多い。午後は、アスリートに変身。「ロコ・ステラ」のメンバーとして、氷上でのカーリング練習やトレーニングジムでの体力、筋力の強化に取り組んでいる。

 

 

ひと回りも年下の選手たちと悩み考えながら練習に打ち込んだり、徹底した筋力アップに取り組んだり。体のケアも入念に。そうこうしていると、家族の夕食の準備や子どもたちのお迎えの時間がやってくる。めまぐるしい毎日。体もヘトヘトだ。それでも、育児を理由にカーリングの両立をやめようと思ったことはない。息子たちと接していると、毎日が発見の連続だと言う。

 

本橋選手

自分に“感情”の種類がこんなにあると思わなかった。子育てをしていると、泣いたり笑ったり喜んだりとか、そういうのではなくて、もっと複雑な感情が出てくる。それと向き合わないといけない体力。すごく消耗するんですけど、これは何よりもメンタルトレーニングだなと思って。

 

「人と向き合うっておもしろい」

7歳になった長男は、最近、ミニバスケットに取り組んでいる。好奇心旺盛で、動きたい盛り。本橋選手は、子どもが“やりたい”と言ったときは、他のこととの兼ね合いが大変だと思っても、背中を押すことにしている。いま、自分が一番、その気持ちが分かる。

 

本橋選手

息子が“何かをやりたい”って言ったとき、私は“できるのかな?”って思うこともあるんですけど、息子は私に“カーリングやめて”とは言わない。だからそれはフェアじゃないなって。じゃあ応援しなきゃって。“お互い大変だけど、じゃあ頑張ろうか!”って。

7歳の息子を相手にも、一人前の大人として向き合う。自分の息子で、一番近い人間のはずが、まったく違う個性を持つ“人”。これまで培ってきた常識、思い込み、考えを、子育てが変えてくれた。

本橋選手

相手を変えるな、自分が変われ。これができると、見える世界が変わる。もちろん、ダメなものはダメ。でも自分が変わろうと思うと、変わるためのアイデアが浮かんでくるし、人の話をもっと聞く。アドバイスも受け入れる。しばらくすると、変わることもストレスではなくなってくる。人と向き合うって、結構おもしろい。

 

 

息子たちと接することが、所属する「ロコ・ステラ」での立ち振る舞いのヒントになることもある。他の選手は、ひと回りも年下の選手たち。試行錯誤するなかで、コミュニケーションや指導の方法が、子育てに通じる部分もある。

 

本橋選手

子どもが壁にぶつかったとき、助けていいときとそうではないときがあって。そういうのを見ていると、若いステラの選手たちもそうだなって。教えるっていう感覚ではなくて、なるべく一緒に考えるっていうスタンスで。若い子で一番難しいのは、頭でわかっていても、気持ちの落としどころをどうするか。その子にあわせて長い時間かけて話したり、逆にちょっと時間を空けて考えをまとめさせてから話したり。

 

“大人ってあきらめないんだよ”という姿を見せたい

息子と日々を過ごす中で、地域の子どもたちと接する機会も多くなった。特に、息子のミニバスケットを見学していると、女子カーリング界にどっぷり浸かった自分が感じたことのない、男子ならではの“熱さ”にびっくりすることがあるという。“勝ちたい”“世界で活躍したい”。子どもたちの無限の夢を前に、かつてピョンチャンオリンピックで獲得した銅メダルが、新たな価値を持ち始めたと感じた。

 

本橋選手

子どもたちが私を見つけると、“全国いきたいんです”とか、“世界にいった話を聞かせてください”と話しかけてくる。小学4年生ですよ。熱すぎだろって。目がキラキラしていて、たまらない。だから、そんな子どもたちがつまずくことがあれば、メダルを見せてあげたいなって。そのときに、こう言いたい。“これは私たちが強かったから取ったメダルじゃないよ、あきらめなかったから取れたメダルなんだ”って。勝ちたいと思うだろうけど、勝つ前にするべきことを私たちも大事にしていて、それがすごく難しい。それに早めに気づかせてあげたい。

本橋選手が、育児も仕事もカーリングも続ける理由。それは1つではない。でも、すべてがつながっている。来る日も来る日も笑顔で頑張る理由は、息子に伝えたいメッセージそのものだ。

 

本橋選手

いつか私が息子に“頑張れ!”って言うときが来るんですけど、じゃあ自分は頑張ったのかって。やっぱり“お母さんは頑張ったよ”って。“頑張るってこういうことだよ”っていうのを説明できるようにしたい。息子はもう少し大きくなったらたぶん何かの壁にぶち当たると思うので、そのときに背中を押してあげられる親になりたい。

母の日だからこそ、息子に伝えたいメッセージ。7歳と3歳の子どもには、まだわからないかもしれない。それでも、日々の暮らしの中で、息子たちの幸せを願って、メッセージを贈り続ける。

本橋選手

子どもには、“大人ってあきらめないんだよ”っていうのを見せたい。“ね、私たち、しつこいでしょ?”みたいな。クタクタだけど、洗濯物干してるよ、ママは!とか、クタクタだけど、きょうやるべきことやってるよ、はい、宿題やって!みたいな。そんなレベルですよね。それがどんどん子どもが成長していくにつれ、壁の厚さや数、高さとか、いろいろあると思うんですけど、もしかしたら乗り越えられないかもしれない、というときに、何かヒントになればいいな。

⇒放送動画はこちらからNHK北海道へ

 


【取材後記】

本橋選手と知り合ってから、ことしで9年目。今回の取材でも、カーリング場やスポーツジム、講演会の会場など、行く先々で本橋選手のまわりは人々の笑顔であふれ、そこには活力が満ちていました。本橋選手は「スポーツって、みんなを明るく元気にするもの。スポーツがあって良かったと思われたい」と満面の笑みを浮かべて話していました。自身がカーリングから得た喜びや幸せを源に、目の前の“人”を大事にする姿勢。親と子の関係はもちろん、人と人との結びつきを大切にするその姿や言葉が、多くの人たちの共感を呼ぶのだとあらためて気づかされました。

 

これまで本橋選手にはオリンピックを含め数々のインタビューをしましたが、5年前、練習の終わりに、私にこう声をかけてくれたことを今でも覚えています。

 

「きょう、誕生日らしいじゃないですか?」

 

私は答えました。
「もう33歳ですし、何も感じませんよ」

そのときの本橋選手の返事は、私にとって意外なものでした。


「誕生日は、おなかを痛めて産んでくれたお母さんに“ありがとう”と感謝を伝える日。この日に、“産んでくれてありがとう”と伝えるのが、お母さんは一番うれしいはず。このあと、きちんと連絡してくださいね」

 

私にそう話しかけてくれた顔は、母親の表情そのものでした。あれから5年。当時と変わらず、子どもや仲間、まわりの1人1人を大事にする本橋選手に、あらためて魅了されました。

この記事を書いた人

田谷 亮平 記者

田谷 亮平 記者

旭川放送局 記者

平成22年入局 スポーツニュース部では夏と冬両方のオリンピック取材を担当

記者駆け出しの北海道時代から始めたカーリングやスケートなど冬の競技の取材は専門分野のひとつ

関連キーワード

関連特集記事