特集 谷田 雅治「体操の新星」金メダル目指して ~Next Stage 第5回~

体操の個人総合で高校の主要タイトルをすべて獲得し、この春、大学に進学してオリンピックの金メダルを目指す期待の新人がいます。日本伝統の「美しい体操」の後継者とも言われる谷田雅治選手(18)。
これまで指導を受けてきた父親の元を離れ、新たなステージで大きな目標に挑みます。シリーズ”アスリートたちのNext Stage” 5回連載の最終回は、日本のお家芸”体操”の新星です。
遅れてきた新入生
4月4日、東京で行われた順天堂大学の入学式に谷田選手の姿はありませんでした。直前までトルコで開かれていた「世界ジュニア選手権」に日本代表として出場し、帰国が翌日の5日になったからです。
世界ジュニア選手権に出場した谷田選手(右端)
大会では、男子団体で日本の優勝の原動力になった一方、期待されていた個人総合では「あん馬」で落下するミスが出て、まさかの予選敗退。帰国後の取材では、悔しさをあらわにしていました。
谷田選手
金メダルを目指していたので、個人総合で決勝の舞台に立てなかったことがすごく情けなかったし、すごく悔しい思いをしました。改めて、失敗をしないことの重要性を感じたので、ふだんの練習から緊張感を持って、試合で絶対に失敗しない自信を持つための練習を、もう1回考えてやり直したいと思います。
日本伝統の“美しい体操”を継承
谷田選手の最大の持ち味は、ひざやつま先まで一直線に伸びた“美しい体操”です。身長は1メートル54センチと小柄ですが、“美しい体操”によって体を大きく、ダイナミックに見せることで、高得点を出してきました。
去年は「全国高校選抜」「全国高校総体」「全日本ジュニア選手権」の個人総合ですべて優勝し、「高校三冠」を達成。大学や社会人のトップ選手にまじって出場した全日本選手権でも、技の出来栄えを示す「Eスコア」は、ほかの選手たちに引けを取りませんでした。
谷田選手
演技の雄大さという点では、負けていないかなと思います。『実際に会ったら小さいんだね』と言われるのはうれしいです。演技が大きく見えているという証拠だと思うので。
指導者は父 親子ならではの難しさも
谷田選手の父 治樹さん
その谷田選手を小学5年のときから指導してきたのが、父親の治樹さんです。治樹さんは、谷田選手に“美しい体操”を覚え込ませることが将来の成長につながると考え、厳しい指導にあたってきました。
谷田選手の父 治樹さん
親子であっても言いにくいことや、取り組ませにくいこともしっかり言おうと思って指導を始めました。日本の体操というのは、世界でいちばん正確で美しいというものが伝統的なので、その日本の体操を、世代が変わっても受け継いでもらいたいと思っています。
谷田選手
『いずれ大きくなったら筋力がついて難しい技ができるようになるので、それまでに美しさを磨いておけば、ほかの選手よりも一段上に上がれる』と、ずっと言われてきましたね。
治樹さんは今、谷田選手が通っていた栃木県の作新学院で、体操部の監督を務めています。これまで二人三脚で取り組んできた中で、親子ならではの難しさもあったと言います。
谷田選手の父 治樹さん
ほかの選手だと素直にすっと入っていくようなことが、お互いによく知りすぎている面もあるので素直に伝えられなかったり、聞き入れられなかったり、そういうところが非常に難しかったです。
谷田選手
僕の中でコーチと選手、父と子という区別ができてなかった部分もあったので、体育館で怒られたことを家に帰っても引きずってしまうこともありました。“すごく厳しい指導者”というのが第一印象なんですけど、治樹先生に教わって楽しくもあったし、苦しいときもあったので、その両方を一緒に駆け抜けてこられたことは、すごく感謝しています。
自宅では“お父さん”に
体育館では「治樹先生」と呼んできた谷田選手ですが、自宅に帰ると「お父さん」に戻ります。
ことし2月、春からの新生活に向けて、料理の練習をしていたときのことでした。谷田選手が作ったたまご焼きの味見をした治樹さんは・・・。
父親の治樹さん
塩味がない。普通入れるでしょ!
谷田選手
塩!?じゃあ今度はお父さんバージョンで作ってみてよ!
練習のときとはまったく異なる、和やかな空気が流れていました。家族で一緒にいるとき、親子で体操の話をすることはほとんどなかったと言います。
親子をつないだ「体操ノート」
この春、谷田選手は大学進学とともに親元を離れ、新生活を始めました。初めての1人暮らしで不安を感じたとき、心を支えてくれるものがあります。
7年にわたって書きためてきた27冊の「体操ノート」です。小学生から続けてきた毎日の練習内容や反省点などがびっしりと書き連ねてある中、時折、赤い字でメッセージが書かれていました。
去年8月に「高校三冠」を成し遂げたときは、ノートに感謝の気持ちをつづっていました。
治樹さんからの返事です。
ときには「選手と監督」として。
ときには「息子と父親」として。
これまで親子だからこそ言いづらかったことでも、27冊の「体操ノート」を通じて、互いに素直な気持ちを伝えあってきました。
谷田選手
自分ですっきりさせるためにも、そして吐き出す意味でもいっぱい書いて、たまに返事を返してくれたときには、『この考えが間違ってたんだな』とか『この気持ちは正しかったけど、もう少し前向きに捉えなきゃだな』ということを知ることができました。これからはくじけそうなときに、いちばんにこのノートを見ようと思います。
新たなステージで五輪金へ
世界ジュニア選手権から帰国したあと、谷田選手はさっそく大学の練習に参加しました。今後は“美しい体操”に磨きをかけるとともに、技の難度を上げていくことが課題になります。
順天堂大学で練習
順天堂大学には、東京オリンピックの個人総合で金メダルを獲得した橋本大輝選手も所属しています。将来、目指すべき目標が身近にいることから、「盗めるだけ盗んで役に立てたい」と、大きな刺激を受けています。
父親と築いた“美しい体操”を軸に、さらなる飛躍を目指す谷田選手。大きな目標に向かって、新たなステージに進みます。
谷田選手
自分は努力をしてここまで上がってきたと思っていますし、努力をやめたら自分じゃなくなるとも思っています。だから大学では「努力」という言葉を、もう一度心に刻んで頑張りたい。将来はオリンピックにお父さんの思いを背負って、一緒に出たいと思います。そして金メダルを取って、まずいちばんに家族にかけてあげたいです。
この記事を書いた人

長井 ゆめの キャスター
宇都宮放送局
生まれも育ちも栃木県
「とちぎ630」でスポーツコーナーを担当