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特集 馬瓜エブリン 休養宣言から8ヶ月「笑顔でバスケットボールを」

バスケットボール 2023年4月2日(日) 午後9:50

3月下旬、Wリーグ(バスケットボール女子日本リーグ)がプレーオフ直前というシーズンの大詰めを迎える中、馬瓜エブリンさん(27)は、母校の体育館で一人、もくもくと汗を流していました。銀メダルを獲得した東京オリンピックよく年の2022年、突如として日本代表での活動を辞退したエブリンさん。さらにその年のシーズン終了後には、所属していたチームと契約を結ばず、7月に自身のSNSで、「自分には休みが必要」「これって誰の人生?」と選手生活の“休養”を宣言しました。 それから8ヶ月余がたったいま、エブリンさんは自分自身と向き合う中で、どんなことを感じているのか。バスケットボールへの思い、そして代名詞でもある“笑顔”に秘められた思いを聞きました。

復帰を目指し練習を再開!

馬瓜エブリンさん

本当に休んで正解だったと思います。Wリーグに入ってから同じリズムで7年、8年…とやってきていたので、1回休むことによって、バチバチのバスケットボールの勝負をもう1回やりたいなという気持ちになりました。

現在、無所属のエブリンさんは、練習は母校・桜花学園高校(愛知)の生徒と一緒に行ったり、体育館を借りたり、という日々を過ごしています。練習を再開したのは去年の冬から。復帰を目指し、現在は1日3~4時間の練習を週3~4回の頻度で行っています。

馬瓜エブリンさん

もちろん1年近く休んだので、そこは甘くないですね。休んだ分のサビはつく。そこを取り戻すという意味では、今のところはうまくいっているんじゃないかと思います。とにかく復帰に向けて、早くバスケットをしたい、選手生活の刺激をバチバチに感じたいと思うようになりましたね。

自分は人と違う…悩んだ幼少期

「これまでの自身をねぎらうために」休養をとりたいとしたエブリンさん。駆け抜けてきたそのバスケットボール人生の歩みは、エリートそのものです。

2013年 桜花学園で高校三冠・U-17日本代表選出・世界選手権ベスト4

2014年 「アイシン・エィ・ダブリュ ウィングス」加入・日本代表選出

2017年 「トヨタ自動車 アンテロープス」移籍

2021年 Wリーグ2020-21優勝 “リバウンド王”

2021年 東京オリンピック準優勝

2022年 Wリーグ2021-22優勝(2連覇)

華やかな経歴を支えるのは、恵まれた体格や身体能力を生かしたプレーと、笑顔でチームメートを鼓舞し観客を盛り上げるリーダーシップ。しかし高校入学前は、それらはエブリンさんにとって悩みの種の一つでした。ガーナ出身の両親の間に生まれたエブリンさんは、周囲とは異なる性格や身体的特徴を同世代の子どもたちにからかわれ、ふさぎこむことも多い日々を過ごしていたといいます。

馬瓜エブリンさん

たしかにみんなと違うところがたくさんあると思っていたけど、それについてパっと嫌なことを言われてしまうのは、結構あったと思います。自分も子どもなので、今みたいに笑顔でいられれば良かったけど、やっぱりそうもいかなかったし。なんというか…それで落ち込むことはよくあったなと思います。

「母の言葉とバスケットボールがエブリンを形成した」

そんなエブリンさんを解きほぐしてくれたのが、母の言葉でした。中学1年生の時に書いた作文には、その言葉によって、自身の特徴を前向きに捉えられるようになっていった様子が書かれています。

『あなたはガーナ人、みんなは日本人。これは絶対に違うこと。でも世界にはみんなと同じ人はいない』

『人と違う所を「悲しむ」のではなく、「喜び」をもって活かしなさい』

エブリンさんの作文は、「第28回全国中学生人権作文コンテスト(法務省人権擁護局・全国人権擁護委員連合会主催)」で入賞した

この母の言葉を受けて身につけたのは、どんなに「悪口を言われても、認めて、おもしろいことにしてしまおう」という技。作文は、「思いやりの第一歩は、笑顔だと思っています」と結ばれています。

馬瓜エブリンさん

思いやりっていうのは表現するのがすごく難しい。やりすぎても過多になると思う。どう伝えるかなというので、一つは笑顔があると思います。笑顔は自分でコントロールしやすい感情だと思っています。もちろん誰にでも苦しいときはあると思うけど、少しでも笑顔でいることで乗り越えられることっていっぱいあると思うし、それを周りは見ている。笑顔の人に近づきたくないって人はいないと思うんですよね。そういう意味で、笑顔をしっかり見てもらえるというのは大事なこと。なので、“自分の機嫌は自分でとる”っていう言葉がありますけど、できるかぎりそうしたいなと思っています。

そして、エブリンさん自身に、人と違う部分こそが自分の魅力だと気づかせてくれたのが、バスケットボールでした。

馬瓜エブリンさん

バスケをしている中で、みんなと一緒でなくてもいい、違うことがあってもいいんだとすごく勇気づけられた。そこで母の言葉が納得というか、腑に落ちたと思います。なかなか私生活のところでは、あまり子どもながらに自分を表現するというのは、葛藤があったりいろいろ悩んだりすることもありました。でもバスケでは、例えば、身体的には日本人ではないので、生まれ持ったスピードだったり体格だったりというのは、“発揮しないといけない”ところじゃないですか。そこを隠しても仕方がない。そういった意味で、“自分の何か”にとらわれなくていいっていう気持ちで、バスケで自分を表現するというのは楽しかったです。

 

やっぱり最終的には、自分が自分のことをどれだけ大事にできるか。自分のことを否定しないで、周りと比べないで、自分のできることにフォーカスすればいいと思います。つらい経験はあったんですけど、それ以上に母親の言葉とバスケが、エブリンを形成してくれたと思うので、人生において、大きな意味があったんだろうなと思います。

「選手のあり方はひとつじゃない」

人と違う部分=自分自身を大事にして、表現する。幼少期に培ったこの思いが、現在のエブリンさんにもつながっています。今回選択した「休養」もその一つ。東京五輪の年まで走り続けた心身を休めるためでもありますが、それ以上に、「休んではいけない」「選手は競技だけに集中しないといけない」といった固定観念や雰囲気を、疑問に思ったことが大きかったそうです。

馬瓜エブリンさん

選手のあり方って全然一つじゃないと思っていて。やっぱりバスケだけやっていなさいというのは、これからはあまり通用しないかなっていうように思うんですよね。選手にとって、バスケは表現できる場だけど、それ以上にできることもある。そういう意味で、選手の魅力というのが試合だけじゃなくて、それ以外のところでもみなさんにお伝えすることができるんだよっていうことを伝えたかったです。

 

スポーツ選手ってみんな、スポーツ選手としてプレーができているというところで、まわりとは違って自分の努力というのがきちんと実を結んでいると思うんですよね。そこまでの努力ができている、そこから先は「じゃあどう見せるの?」「そこより上を目指そうよ」っていうところは、自分の中ではスポーツ業界全体で、抱えている問題、感じて欲しいところだなと思います。

プレー以外での自分の価値を高め、発信したい。エブリンさんは実際に今回の休養中、様々なスキルアップにチャレンジしました。自身が立ち上げたスポーツビジネスのスタートアップ企業の経営のほか、バラエティー番組や情報番組などへのメディア出演、小学生など様々な世代との交流など、多様な仕事に携わりました。

馬瓜エブリンさん

選手生活ではできないことをやりたいと思っていたので、自分の中では様々な面でアップデートできたなと思っています。自分の持っているスキルをもう少し増やしたいというのがすごくあったので、そこはどんどんチャレンジしたというところですね。いろいろ迷うのであれば自分は新しいこと、経験したいことにしっかり飛び込んでいくというのが、常に選択肢にあります。

動画投稿サイトやSNSでの発信もおこなう

新たなアスリート像を目指して再びコートへ

様々な仕事に加え、最近は復帰に向けてバスケットボールの練習も質・量ともに増やしているエブリンさん。「休養する前より忙しいかも」と笑い、充実感が漂っています。心身ともにリフレッシュし、自分だけの新たなアスリート像を体現すべく、コートに戻る決意を新たにしていました。

馬瓜エブリンさん

選手が一番楽しく、笑顔でプレーしているところというのが、お客さん、ファンの皆さんが一番見たいところだと思うんです。休養する前から、私自身の特徴としては、会場で一番自分を鼓舞して、盛り上げて、会場の皆さんも盛り上げるという選手だと自負している。そこは継続して復帰した後もやりたいなと思っています。

 

その一方で、自分のミッションとして、この期間に私自身が関わりを持った人も、持っていない人も含めて、スポーツの業界にいろいろなビジネスパーソンを連れてきたい。例えばアメリカは、“スポーツ×ビジネス”として、選手を商品として「どういうふうに見せたら、より良くその選手の良さをみんなに届けられるか」というのをめちゃめちゃ考える。そうすると、選手もたくさんファンがついて、そのファンが試合で満足して、そこでマネタイズされて、まわりまわって育成にしっかりとお金がちゃんと落ちてくるから、またいい選手が生まれてくるっていう、いいサイクルが生まれるじゃないですか。でも日本の場合だと、そこにお金をかけるなんて、ってなってしまうので、そこを変えたいなと思いますね。

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